第2話

「あきら、ごめんね」


 友達の夕美ゆみ奈々ななは放課後の教室で、口を揃えてわたしに謝った。


 あれ、わたし、なにか謝られるようなことしたかな? 必死になって記憶の糸を手繰ってみるも、やっぱり原因には思い至らない。


「ごめん? あれ? ……こっちこそ、ごめん?」


 とりあえず謝り返しておけばいいのかと思い、とんちんかんな態度をとるわたし。

 わたしたち以外誰もいない教室に、校庭からクラブ活動の声が届く。夕美が教壇の近くに歩むと、ギシリギシリと床がきしめいた。


「違うのよ。あきらは悪くないよ。わたしたち、あきらにお願いがあってさ」

「お願い? なに?」

「うーん」


 夕美が表情を翳らせる。すると奈々が「あのさ」と、とり繕った声で言った。


岡本おかもとくんのことなんだけど」

 岡本、というのは進の苗字だ。

「進のこと? あいつ、奈々になんかした?」

「いや、なにもされていないんだけどね。あきらと岡本くん、仲良いなーって思ってさ」

「え? うん。普通に」


 どういうことだろう。話が見えてこない。

 奈々は自分の胸をトントンと二回、軽く叩く。


「あきら、岡本くんと仲良くするの、まずいよ」

「……ん?」

「岡本くん、ちょっと暗いじゃない。あきらはかわいいしさ。もっといい男子がいるよ」


 背中がぞわっとあわ立ち、心が虚脱きょだつの中に落ちていく。教室に差しこむ光には、淡いオレンジ色が混じり始めている。


「暗いかなぁ? ……ていうか、暗かったらだめなの?」

 わたしは劣勢に挑む騎士のように、必死に言葉を紡ぎ出した。

「そうじゃなくて、その……」


 言い淀む奈々。その時、パーン! と。

 教壇から、弾けた音が響いた。


 その音を叩き出したのは、夕美の手のひらだった。


「わたしから言うわ。岡本くんは暗いし、変な瞼だよね。みんな言ってるよね。それで岡本くんって、女子から人気ないよね。知ってた? 男子からもいじめられてんだよ。あきら、岡本くんとつきあうと絶対苦労するよ。わたしらさ、苦労するあきらを見たくないんだよ。あきらはかわいいよ。目も大きいしさ。澄んだ感じだし。あきらのこと好きだっていう男子、わたし何人か知ってるよ」


 夕美は、一気に言いきった。

 だけどどこかばつが悪そうだった。少し息が切れている。瞳にも、水分が多い。


「わたし……」


 そう返そうと思った瞬間、ギクリとした。


 わたしの視線を探り、夕美と奈々も固まる。

 すすむが廊下から窓越しにこちらを見ていて、すぐに背中を向けて去っていった。


 追えない。

 情けないけれど、足が震えて、動けない。


「ま、考えておいてよ! わたしら、あきらの味方だから!」

 夕美は声を張り、荷物を持つやいなや教室を出ていった。その後に奈々が続く。


 わたしは歯と歯をガチガチと合わせ、ただ茫洋ぼうようとした日差しを短い髪に溶かすことしかできなかったんだ。

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