あの瞼、けっこう気に入っているんだ

木野かなめ

第1話

「ういーす」


 と軽く言って、わたしはすすむの方へと身体を180度入れ換える。


 昼休みを告げるチャイムが鳴った直後の教室。わたしは鞄から、流れるような動きでお弁当の包みを取り出した。窓から見える桜の花びらも喜んでいるみたい。わたしは珊瑚色さんごいろの唇を数度開閉させて、「それではいただきましょう」と呟いた。

 進も、うん、と一つうなずいてお弁当袋を机に出す。今日の進のお弁当はオムライスなのね。なかなかおいしそうだね。意味もなくニヒヒと笑うと、進もエヘヘと不器用な微笑み返しをくれた。


「昨日貸した小説読んだ?」


 わたしが、ミートボールを箸でつまんで訊く。


「読んだよ。あきらには珍しく、ミステリーだったね」

「うん。ああいう田舎が舞台のミステリー、好きだから」

「まだ最後まで読んでないんだけど……犯人、なかなかわかんないね」

「あ、そうなの? じゃあ言っちゃだめだね」


 そこでわたしは話題を、最近のオンラインゲームへと切り替えた。

 教室の雑然が心地よい。誰かが後ろの方でダーツを始めた。キャハハー、ってどこかの女子が騒いでる。おや、あそこの男子はなぜか窓から教室に侵入してきたぞ。なにやってんだかねぇ。

 そんな中で、わたしと進はマニアックな話で盛り上がる。


 それがいい。

 そういうのが、落ち着く。


「ごみ、ついてるよ」

 進がわたしのブレザーの袖口から、消しゴムのかすを取ってくれた。

「ほんとだ。ありがとね」

 ちょっといたずら。上目遣いで見てやる。

 肩口をピクリとさせる進は、とってもかわいい男子だなぁと思った。


 だけどそんないつもの日常に小さなひびが入ったのは、その日の放課後のことだった。

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