プロレスの日


 ~ 二月十九日(金) プロレスの日 ~

 ※おおかみころも

  意味:外面優しく内面悪人




 三時間目。

 先生が教室に入って来たタイミングで。

 ようやく目覚めた王子くん。


 二時間ぶっ通しで寝てたんだけど。

 さすがに心配だ。


「お疲れみてえだな」

「うわ……。そういうのは見てても声をかけないのがデリカシーだよ?」


 仰る通り。

 耳の痛いことを言いながら、鏡で寝起き顔をチェックする王子くんを。


 後ろの席から。

 姫くんがフォローする。


「今日の放課後、演劇部の定期公演があるんだが」

「おお、見に行こうと思ってた」

「卒業間近の三年生と歴代卒業生が見に来る年度最後の公演だからさ。先輩たち気合入ってて」

「なるほど。でも卒業しちまった先輩なんて顔もわからねえだろ」

「大好きな先輩たちが大切に思ってるみなさんだからね! 僕にとっても大切な人たちさ!」


 そんな王子くんの笑顔を見て。

 自分も心底嬉しそうにするのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のストレートヘアをくるりと翻して。

 端正な顔立ちをくしゃっと歪めるほどの笑顔で振り向いてきたんだが。


 ふと、なにかに気が付くと。

 再び姫くんに振り返り。


 何かを聞きたそうなオーラを発散しながら。

 そわそわもじもじ。

 右へ左へ身をよじる。


 そんな様子に。

 俺は姫くんと顔を見合わせて肩をすくめたんだが。


 さすがは女子同士。

 王子くんが、秋乃の気持ちを察してくれた。


「あっは! こんちゃん先輩かい?」

「う、うんうん!」

「なんだそんな事かよ。来ねえって」


 そっけない返事に秋乃は肩を落としてるが。


 東京で役者を目指す今野さん。

 姫くんの彼女さんだって、中退だけど演劇部の元先輩だ。


 べつに見に来たってかまわないだろ。


 それに、姫くんも。

 随分ドライだな。


 ……なんて思ってたら。


「あっは! 姫路嬢は、こんちゃん先輩に来て欲しがってたんだけどあいたあ!」

「誰が姫路城だ!」

「言ってないよ姫路城なんて!」

「言ったじゃねえか!」

「お城の方じゃないもん! お嬢さんの方あいたあああ! 本気で痛いよ今の!」

「うるさいぞそこ!」


 授業前。

 宿題を提出する連中がまだ歩き回っていたせいで。


 少しは騒めいてた教室内だったんだが。

 さすがにちょっと騒ぎ過ぎたか。


「貴様のせいで騒がしいのが周りに伝染しているんだ。ちょっとは気を付けろ」

「何をどう気を付けたら伝染しないのか説明してみろ」

「距離を置けばよかろう」

「どれくらい」

「廊下あたりが適当なんじゃないのか?」

「ふざけんな」


 文句を言ったところで完全スルーの先生が。

 ノートをぼふぼふ叩きながら声を張り上げる。


「出し忘れはいないか。昨日言っておいた通り、提出し忘れた者は放課後、畑の整備を手伝ってもらう」


 そんな声に。

 慌てて席を立つ女が一人。


「お前、話に夢中になってるから……」

「い、行って来るね?」


 ノートを掴んで、教卓へ駆けていく秋乃が。


「舞浜。これは物理のノートじゃないか」

「こ、これじゃないと頑張れなかった……」

「……まあいい」


 なんとか宿題を提出して。

 席へ戻ってきたところで。


 ぴたっと停止。


 秋乃が見つめるその相手は。

 頬を引きつらせている王子くん。


「に……、西野さん、まさか……」

「あ、あはは……。宿題忘れてた……」

「ちょっと待てお前! どうする気だ!? 主役が代役とかシャレにならんぞ!」

「なんだ、西野は未提出か。どんな事情があろうとも、約束通り、畑仕事は手伝ってもらう」


 石頭が冷たい沙汰を下す中。

 何を思ったか、教卓へ戻っていく秋乃。


 自分のノートを手に取って。

 名前をマジックで塗りつぶす。


「せ、先生……。間違えました。これ、西野さんのノート……」

「ええっ!? いやいや違うよ! 先生、それは秋乃ちゃんのノートです!」


 そして教卓前で。

 女子二人がかばい合い。


 こういった話が好きな先生は。

 即座に返事が出来なくなって。


 腕を組んで悩みだす。


「バカだなあんたは」

「なんだと貴様。お前まで出て来るな。席に戻れ」

「この世に英語の宿題を物理のノートで出す奴なんか秋乃以外にいるわけねえだろ」

「ふむ。では、西野。約束通り……」

「いや? 西野さんのノートなら提出されてる」


 俺はノートの山から自分のノートを取って。

 秋乃から取り上げたペンで名前を消して。

 西野と書いて、山の上に放った。


 すると。

 クラス中の皆が立ち上がって。

 俺が俺がの大騒ぎ。


「……バカなクラスだな」

「そういうお前が騒ぎの元凶だろうが」


 先生は、こめかみを押さえながらため息をつくと。

 うるさい黙れと一喝して騒ぎを止める。


 そして秋乃の隣にならんだ俺と。

 その向こうに立つ王子くんをにらみつけながら。


 妙な沙汰を下した。


「では、当事者三人。お前らで勝負をして、負けたもの一人が畑整備だ」

「勝負? なんの」

「プロレスだ」

「バカじゃねえの!?」


 プロレスってなんだよ!


 いや、例え他の勝負だったとしても。

 みんなが負けを宣言するに決まってる!


 美しいかばい合いに対してなんて馬鹿げた提案。


 俺は呆れているであろう二人の方を向くと。



 ……片目に一人ずつの。

 ヒールレスラー的ニヤニヤ顔。


「お、面白そう……、ね?」

「あっは! 一度やってみたかったんだよね!」

「ま、負けない……」

「僕だって負けないさ!」

「うはははははははははははは!!! バカなクラスの中でこいつらが一番バカ!」


 大笑いする俺に。

 鷲爪にした両手を顔の横に構えた二人がにじり寄る。


「おい先生。俺の負けでいいからこの茶番を終わらせろ」

「不戦敗は認めん。ハンデとして、男子は女子へのおさわり禁止」

「そりゃ触れるわけねえけど……、って! いてててて! こらやめろてめえら!」



 こうして。

 俺は王子くんによるパロスペシャルで動けなくなったところを。

 教卓最上段からの、アキノ式冥王星プレスなる空中殺法を食らってノックダウン。


 希望通り。

 奉仕作業の権利をゲットした。




「……おい。これじゃいつもと変わらんぞ」

「黙ってその棒を持ったまま立っとれ。……よし、五・五メートル四方だな」


 今、お前がロープを張った四角。

 女子プロレスのリングと同じサイズだからな?


 ……あとで秋乃と王子くんを連れてこよう。




 いや。

 決して見たいからという訳ではない。


 そこのところを勘違いしないように。




 でもレフリーは必要だよな?

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