冥王星の日
~ 二月十八日(木) 冥王星の日 ~
※得手に帆を揚げる
意味:得意な技を調子に乗って披露
「授業のペースがお前らだけ遅いからな、宿題を出す。今から書き出す単語で例文を作ってこい。忘れた者は、明日の放課後、畑の整備を手伝ってもらう」
多少は文句も上がったが。
こいつに逆らうと面倒だからな。
クラスの連中は。
英語の時間だけはあまり無駄話をしない。
……もちろん。
俺たちを除く。
「だから、惑星じゃないって」
「お父様から聞いたのに……」
「ちょうど俺たちが生まれた頃、準惑星になったんだよ」
「準惑星? じゃあ、惑星だよ……、ね?」
「いやだからそうじゃなくて……」
親父さんから教わったことだから。
ムキになってるようだが。
冥王星は惑星じゃないと。
いくら説明しても納得してくれない。
飴色のストレートヘアを。
窓からそよぐ風に揺らしながら。
先生の話も聞かずに。
ずっと俺の方を向きっぱなし。
いや、時たま手元を見て。
こどもの落書きみたいなの書いてるけど。
何やってんだよお前。
そんなに畑仕事したいのか?
……これまでは授業を聞けと。
口を尖らせていたはずの俺だが。
今はそんなことも言えずに。
少しだけ顔を背けて。
意識していつも通りの会話を心がけることしかできやしない。
教室の一番後ろ。
窓際という主人公ポジションに座る俺なのに。
なんという脇役体質。
なんというモブメンタル。
そんな俺には。
今日中に完遂せねばならない。
二つの使命が課せられていた。
昨日、お袋から電話があって。
命令された二つのミッション。
春休みの家族旅行。
その行き先を決めることと。
もうひとつ。
「あ、あ、あ、秋乃。春休みなんだけど……」
「うん。アルバイトに部活勧誘の準備に……。大忙し、ね?」
「お、おお。そうだな」
旅行に、舞浜家を誘っておけと。
気軽に頼まれたんだが。
いままでは何も気にせず誘えたのに。
どうしよう、ものすごく恥ずかしい。
「今日はずっと……、考え事?」
「そういうわけじゃなく……」
う。
鋭いな
ここのところ。
こいつに心の中を読まれまくってる気がしてならない。
「言いにくいこと?」
「いや、言いにくくは無いんだけど」
「じゃあ、相談に乗るよ?」
「相談……。まあ、そうなんだが……」
「南がいい? 北がいい?」
「……は?」
「春休みの旅行でしょ? 春姫が、凜々花ちゃんから誘われたって。行き先は決めておいてって」
がっくし脱力。
肩の荷が盛大な溜息になって口から零れ落ちる。
でも。
こいつ。
知っててやりやがったな?
ニヤニヤしてんじゃねえぞ。
「なんで聞きにくかったの?」
「いや、別に……」
「なんで照れくさそうにしてたの?」
ええい、くそう。
ニヤニヤやめろ。
このままマウント取られたままって訳にはいかねえぞ、俺。
「お、お前は、見たいものとかある?」
「空飛ぶ車」
「ぶふっ!」
あぶねえ!
危うく吹き出すとこだった。
「春休みまでに見れるもの!」
「せ、世界各国で試作機が作られてる……」
「そういうこっちゃなく」
「じゃあ……、赤壁の戦い?」
「ライブで見たかったの?」
「うん」
「タイムマシンも春休みには間に合わん。そもそもどこで見学する気だよ」
「船酔いいやだから、鎖とかで繋がってる船で……」
「すぐ逃げろ」
まったくもう。
天然なのか分かっててやってるのか。
相変わらずわからんやつだ。
「もう面倒だ。くじでも作れ」
「そんなこともあろうかと……」
秋乃は、先生が板書しているのを確認してから。
さっきから書いていた落書きを後ろの壁に貼り付ける。
「……凄いね。お前の日本地図」
「ダーツで決めよう?」
不細工な日本の周りに。
小さな丸がいくつも描かれて。
「東北のちょっと右の丸は何て書いてあるんだ?」
「ハワイ」
「九州の真ん中の丸は?」
「パリ」
ボーナスエリアがいくつもいくつも。
海外なんて無理に決まってるだろうに。
……しかし、ほんとめちゃくちゃだな、その日本。
北海道、でかすぎるし。
能登半島と房総半島と伊豆半島が無いし。
紀伊半島から四国に上陸可能だし。
さらに四国から九州も繋がっちゃってるし。
「琵琶湖を超えた日本最大の湖が生まれとる」
「あ、琵琶湖、書かないと……」
「そこは山梨あたりだ。返してやれよ滋賀県に」
「それと、富士山……」
「琵琶湖に浮かべるな」
「じゃあ、富士山も別枠」
ハワイの隣に丸書いて。
中に富士山て字を書き足してるけど。
……そこ狙うかな?
富士登山、春姫ちゃんの夢だし。
あ、でも春は登れないか。
「できた……。はい、ダーツの矢」
「何でも出て来るね、お前の鞄」
しかし、ダーツね。
これはいい。
秋乃には黙ってたけど。
実は俺、めちゃくちゃ得意なんだ。
妙な体制で投げることになるが。
これだけ近けりゃ。
どれほど小さな的だって外さない。
「……お前、行きたいところはあるのか?」
「一番行きたいのは……。瀬戸内湖の中に浮いてるちっちゃな丸」
「瀬戸内湖って言っちゃったよ」
言われてみれば。
やたら小さく文字が書いてあるけど。
小豆島だよな、あの位置。
「行きたいの?」
「うん……」
そうかそうか。
まるで点みてえな的だが。
奇跡を見せてやる。
ここは。
アピールチャンスだよな。
「よし……。俺が、連れてってやるぜ」
「ほんと?」
「もちろんだ。そしてお前は次に、凄いと俺を褒め称えることになるだろう」
大きく見開かれた秋乃の目。
俺に向けられた長いまつげが。
ストン!
矢が的に刺さったその瞬間。
さらに一回り。
大きく開かれた。
「す、すご……! 的中……!」
「ふっ……。当然」
俺は前髪を指で弾きながら。
きざったらしくポーズを決めて。
指をびしっと突き付けた。
「そして、俺には! お前が次に口にするセリフも分かってるぜ!」
「…………立っとれ」
俺に指をさされた先生が。
予想通りの言葉を口にした。
「そうだな。そのダーツの矢が刺さってるところで立ってろ」
「おいおい、往復でどれだけかかると思ってんだ?」
そんな文句を言いつつも。
予め見学しておくのも悪くはないかなと思いながら。
俺は廊下へ行く前に。
矢の刺さった島の名前を確認してみれば……。
冥王星
「うははははははははははははははは!!! icoca使えっかな?」
「なんだ? 瀬戸内海あたりじゃないか。車で行ってこい」
「うはははははははははははは!!! 空飛ぶ車じゃないと行けねえ!」
こうして俺は。
春休みの旅行先をお袋に伝えて。
具合と頭、どっちが悪いのかと。
凄く心配された。
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