天使の囁き記念日
~ 二月十七日(水) 天使の囁き記念日 ~
※
意味:相手が好意的に接してくれたら
こっちも好意的になる。
「……うんうん! じゃあ、大成功を祝して乾杯!!!」
佐倉さんの号令で。
掲げられた四つのカップ。
ジュースを一口飲んだところで。
そのうち三人は、早速とばかりに立ち上がる。
「適当に取って来るわね!」
「保坂は留守番してろ」
「はいはい」
その大成功を祝して、今日は打ち上げパーティー。
学校そばで。
そんなパーティーを開くとすれば。
「このお店、大好き……。楽しみ、ね?」
「そりゃお前はな」
俺の返事に首をひねりつつも。
嬉しそうに食べ放題の列に並ぶのは。
飴色の長い髪を、シャツの中に格納しているのは。
チーズの香りが移らないための配慮。
つまりここは、何度も足を運んだ駅前のピザ屋なんだが。
呪いによって、俺はここで一口たりともピザを食べたことがない。
一体、どんな呪いがかけられているかというと。
「さあさ、保坂君! あたしのリサーチ力にひれ伏すがいい! なんとこの店、ピザの美味しさもさることながら、知る人ぞ知る名物があって……」
「どいつもこいつもっ!!!」
ピザを配るカウンターから離れた所にあるサービス屋台。
紙ナプキンや取り皿。
調味料が並んだこのコーナーに。
巨大なバットで提供される食べ放題のハッシュドポテト。
この店で同席したやつは。
どういうわけか必ずポテトを大皿に山盛りにして持ってくる。
そんな連中の共通点。
歴代それをやりやがったパラガスと甲斐ときけ子と。
そして五分後のお前!
必ずお前ら揃って、一個食い終えたところで右手をひらがなの『つ』にして俺に皿ごと押し付けてくるんだから食いたい分だけ持って来い!
呆然と天を仰ぐ俺の代わりに。
ポテトにツッコミを入れたのは。
秋乃が付いていった意味もなく。
ピザ皿を肘にも乗せて同時に三枚持って帰って来たトラ男。
「なんだその山盛りポテト?」
「よくぞ聞いてくれました! ここ、ピザはもちろん美味しいんだけど……」
「いやいや、ピザ屋なんだからピザ食おうぜ?」
トラ男の言葉に。
ちょっと機嫌を悪くした佐倉さん。
ここで、俺の中の天使と悪魔が。
耳にささやいてきた。
『正直に話した方がいいよ? 持って来た責任とって、たくさん食べなさいって』
『この流れ、うまい感じに話をもってけばトラ男に押し付けられるんじゃね?』
…………ふむふむ。
なるほど、了解した。
二人の意見、どっちも採用だ。
「さすがは佐倉さん。実はここのポテト、あまりにも有名で噂が拡散しないように規制までされてるのに。よく情報を掴んだね」
そう言いながら、真っ先にポテトを手にすると。
つられて佐倉さんも手を伸ばす。
「え? じゃあ夏木さんから聞き出したあたし、凄い?」
「店の情報を聞く相手のセレクトも完璧だったって訳だ。……うん、うめえ」
これだけ褒められたら、佐倉さんも悪い気はしないだろう。
「じゃあ早速食べてみよー! ……うん! ほんと、美味しい!」
よし釣れた。
さらに。
佐倉さんのことが好きなトラ男も。
こうして引っかかる。
「そ、そんなに美味いのか」
「うんうん! 栃尾君も食べて食べて!」
「……うん、なるほど。まあ、確かに……?」
そう。
お前が小首を傾げた反応は正しい。
美味いことは美味いが。
言う程絶品ってものじゃねえ。
でも。
「すっごい美味しいよね! もう一個食べちゃお!」
「お、おお。それじゃ、俺ももう一個……」
佐倉さんがこんななのに。
トラ男が否定できるはずはねえ。
作戦大成功。
今日は心おきなくピザを食えそうだ。
ジュースを一口。
そして右手をピザへ伸ばしたところで。
秋乃が、ぽつりと話し始める。
「……佐倉さん。次のステージは、予定決まってるの?」
「そうね、次は年度明けかな? アイドル研究会の部活勧誘で歌いたいかな!」
「おお、それは困ったな」
「なんで保坂君が困るの?」
俺は、椅子から乗り出した姿勢を一旦戻して。
佐倉さんの視線を受けたまま。
秋乃に目を向けた。
「わ、私達も、自分の部活に勧誘したいから……」
「あ、そうか! そりゃそうだよねー! じゃあ次はソロで歌うかな?」
「ご、ごめんね?」
「全然! 謝らないでよ!」
「……ソロ用に、曲かいてやろうか?」
「栃尾君! ほんと!? すごいすごい!」
大はしゃぎする佐倉さんに。
照れて俯いて、ポテトをかじるトラ男。
なんだかいい感じ。
佐倉さん。
アイドル活動してる間は彼氏作らないって言ってたけど。
人の心は変化するからな。
そのお相手が。
トラ男なら一番だが。
正直パラガス以外だったら誰でもいい。
ブロッコリーだったとしても俺は応援する。
さて、今度こそ心おきなく。
ピザをいただこう。
俺は、ピザを乗せた大皿に右手を伸ばして。
左手で取り皿を持ち上げようとしたんだが……。
今度は、取り皿が。
耳。
すごく。
耳。
「このやろう……」
そうだった。
敵はポテトだけじゃなかった。
秋乃は、ピザの耳を綺麗にちぎって残す。
そして、それを俺の皿に乗せる。
妙なところで几帳面なその仕事は。
チーズのひとかけらも渡さぬ徹底ぶり。
今。
俺の耳元で。
再び天使と悪魔がささやいた。
『いつも耳を押しつけるなって怒れよ! そして今日こそピザを!』
『秋乃ちゃんが手でちぎった耳!? やば……。ドキドキするね……』
ふむふむ。
なるほど。
俺はさっきみたいに両方の意見を汲んだ解決いやまて天使ちょっとこっち来い。
…………なにその極めてマニアックなご意見。
お前、大丈夫か?
「ど……、どうしたの?」
「いや、俺は大丈夫」
問題があるとしたらこの変態天使。
「ピザの耳……、冷めちゃうよ?」
「そんなすすめ方、ある?」
「はい、あーん」
「むぐ」
…………むぐ?
今、俺。
あーん?
「美味しい?」
正直。
味なんてまるで分からん。
でも。
『耳を美味いって言えば、こいつも食うようになるんじゃねえか?』
『耳を美味いって言えば、もう一度あーんってしてもらえるかもよ?』
満場一致じゃしょうがねえ。
「……う、美味い」
「じゃあ、後は自分で食べて? お代わりたくさん作らないと……」
「だよなー!」
天を仰いだ俺の肩に。
二つの手が乗せられる。
『惚れた弱みだ。こればっかりは諦めろよ』
『こ、この仕打ち、ご褒美だね……』
どうにも納得はいかねえが。
それよりも大きな問題が。
この変態天使。
ほんと大丈夫か?
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