寒天の日
~ 二月十六日(火) 寒天の日 ~
※一おし二かね三おとこ
意味:女の落とし方
昼休みの教室というものは。
何チャンネルものテレビを同時に眺めるようなもの。
一番興味のある話題が耳目を奪い。
不思議と、他の番組は気にならなくなる。
スコン
「そこは押せ押せよん、滝ちゃん! 女は押されりゃそのうち落ちるものよ!」
「あっは! 夏木ちゃんの言う通りだと僕も思うよ!」
「お前ら適当なこと言いやがって……。ルックス弱者の気持ちってものを分かってねえ」
きけ子の一つ前に座る滝君は。
文化祭の時、憧れの先輩と結構いい雰囲気にまでなったリア充候補生。
それが悪の権化、パラガス大魔王に邪魔されたせいで雰囲気を台無しにされて。
以来、未だに足踏み状態らしい。
「いい? 滝ちゃん! 女子を落とすには一おし二かね三おとこ、よ!」
「なんだそりゃ?」
「ルックスよりお金より、押しの強さが大事ってことよん!」
今までも。
クラスでこんな話してるやつはいたんだろうか。
全く興味なかったから。
聞こえてなかっただけなのか。
人間、ちょっとしたきっかけで。
溢れる情報からの取捨選択が。
ガラッと変わるもんなんだな。
スコン
「じゃあ聞くけどさ。お前ら、俺が強引に迫ったら落ちるのか?」
「無い無い。滝ちゃんに迫られても」
「あっは! こっちに来ないでくれよ!」
「ほらやっぱそうじゃねえか! あと、西野は携帯の銃口こっちに向けて威嚇射撃しないでくれ」
「証拠取っておかないと! あと一センチでも近づいたら110番さ!」
うん。
言ってることとやってることが違うのは良くねえ。
俺も滝君に共感していたんだが。
「強引なのと押されるのとは違うのよん!」
「そうなのか?」
そうなのか?
「その加減が分からないうちは子供ってこと!」
「そうそう! 強引すぎないギリギリでアプローチされ続けたら、好みの男子じゃなくてもそのうちオーケーしちゃうって子、かなりいると思うよ?」
「マジか。じゃあ、その加減が分からない俺はどうすればいいんだ?」
「さっきの順番通りじゃない?」
「二番は……、金か? バイト増やすかな……」
スコン
一おし二かね三おとこ。
金は無くても、ルックスは悪くても。
一途に押し続けることで女性は落ちる。
三大イケメン(笑)といじられ続けるようなルックス弱者な俺にも。
希望が湧いて来る素晴らしい言葉だ。
「……夏木さんたちの話、気になる?」
「ひょわっ? き、気になんかなんねえよ!?」
「そう……、なの? ほんと?」
俺が聞き耳を立てていたのがどの会話なのか。
ぴたりと言い当てたこいつは。
飴色の長い髪を、邪魔にならないように後ろで結わえて。
俺のことを、ニヤニヤ見上げて来る。
「……ほんとに気にならねえ」
「そうなんだ。一おし二かね三おとこって言ってた?」
「だから、気にならねえっての」
「ふーん」
「でも、その話がほんとかどうか、聞いてやってもいい」
「じゃあ……、大将、もう一丁」
「へい毎度」
スコン
昨日、浮足立ってたせいで。
昼飯に満漢全席なんて作ったもんだから。
明日はローカロリー&量少なめと釘を刺されていたんだが。
秋乃のことだから、これは面白がって。
何杯でもお代わりし続けるだろうと予測して。
見事に正解。
「ところてん……、楽しい、ね?」
「だろ? にょろにょろ出てくる感じがいいか? それとも音が気に入ったか?」
「のど越し」
「じゃあ、俺の意味」
「大将、もう一丁」
「へい」
スコン
天突きまで持ってきて。
楽しい俺をアピールしようと思ったのに。
こっちには興味ないですかそうですか。
「まあいいや。それよりさ、話したいだろ? 聞いてやるよ」
「口説かれ順?」
「そう」
他の食べ物と違って。
ところてんはあっという間に飲み込めるから。
口の中に何か入ってると喋れない秋乃とも。
今日はスムースに会話が進む。
……その、子供のウソを聞いてる時みてえなニヤニヤ顔だけ気になるけどな。
でも、正直に聞きたいとは絶対言わない。
「立哉君が聞きたいんじゃなくて」
「うん」
「私が話したいから聞いてくれる?」
「そう」
「…………私が分かる範囲で、あれを和訳すると」
「おお、待ってました」
「女の子は誰だって、お金持ちのイケメンにぐいぐい迫られたい」
「最低だ!」
こいつ。
なんだよ楽しそうに笑いやがって。
分かった、わかりましたよ。
「正直に言うからちゃんと教えてくれ」
「何を?」
「……あの順番がほんとかどうか知りてえって話」
ちきしょう、ご満悦だなお前。
へーとか、ほーとか言った後。
空の器、指差してんじゃねえ。
スコン
「あの格言、金もルックスも無い男でも、押せば必ず落ちるって意味だろ?」
「私は分からないけど……、みんなの意見から推測すると……」
「うんうん」
「ホントは二位と圧倒的大差をつけて一位がルックスなんだけど、そんなこと言ったらがっついてるみたいだから、男子の顔色をうかがったあたりで三番目に置いてみた」
「うはははははははははははは!!! 最低だ!」
なんという方便。
結局は見た目。
そんな結論に肩を落とした俺に。
秋乃は、急に笑顔を向けると。
「大丈夫……。立哉君なら」
「俺の存在に意味があると?」
「だって、こんなに楽しい……」
おお。
楽しんでくれたか。
やっぱおもしれえだろ俺。
天突き持ってきて正解だった。
「じゃあ、秋乃の中で順位付けすると?」
楽しいって言ってくれたわけだが。
それがお前の中で何番目の要素か知りたい。
俺の質問に。
こいつは、ちょっと首をひねると。
「一くろみつ、二きなこ、三酢醤油もなかなか」
「…………やっぱり俺の意味」
「大将、もう一丁」
「へい」
スコン
そして、ところてん屋の大将は。
信じがたいことに五時間目になってもすこんすこんさせられ。
今、こうして。
廊下に立たされているわけなんだが。
……なあ。
さすがに恐怖すら感じ始めて来たんだけど。
「……大将」
スコン
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