秋乃は立哉を笑わせたい 第10笑
如月 仁成
春一番
秋乃は立哉を笑わせたい 第10笑
=気になるあの子と、
学校生活を過ごしてみよう!=
~ 二月十五日(月) 春一番 ~
※
意味:べたぼれ
雪を割る
つくし見えども
霜は鳴る
漠然と。
ただ漠然と。
春を想像した十数時間。
でも。
バレンタインデーに、奇跡的に訪れた幸福は。
結局のところ。
ただ、俺を寝不足にさせたに過ぎなかった。
だって。
チョコを貰ったと言っても。
こいつの気持ちは分からないままだし。
まさか。
どういうつもりで渡したのかなんて。
聞くこともできないし。
関係は何も変わっていない。
それなのに、俺の気持ちだけが一方的に変化して。
「今日……、無口……、だね」
「そ、そう?」
「あ……。あれ、かわいい」
昨日、少しだけ積もった雪から顔を出したつくしに駆け寄るこいつ。
こいつが好きだってことに気付いたせいで。
どうやって接したらいいかまるで分からなくなっちまった。
秋乃の背中を追って畔を歩くと。
ローファーが鳴らす霜柱の音。
つくしには悪いけど。
春はまだ、随分先だと思う。
……それが俺のせいだとしたら。
ひょっとしたら。
春は永遠に来ないのかもしれない。
「これ……、食べれるの?」
「ん? ああ、そう聞くけど」
俺がどんどんネガティブになってく理由。
それは、こいつがいつもとまったく変わらないせい。
昨日、ステージで歌って。
大歓声を浴びたくせに。
俺にチョコ押しつけて。
逃げてったくせに。
あれだけのことがあって。
どうして何も変わらない。
「じゃあ……、はい。食べて?」
「もいじゃったの!? 生で食えるわけあるか!」
「え? ……おいしいよ?」
秋乃が手渡してきたのがつくしだと思って慌てた俺に。
こいつは、してやったりのニヤリ顔。
……よく見れば。
短めに切ったアスパラガスだった。
「ああ騙されたって、うはははははははははははは!!! どっちにしたって生で食えるか!?」
「…………うそ?」
「お前のもの知らず率は三番バッター向き」
「野球のルール、もひとつ分からない……」
やれやれ。
それもわざとなのか天然なのかまるで分からん。
でも、今までの重たい心地から逃げるように。
俺は、打順と戦術の話をしながら。
学校へ向かった。
…………いやはや。
俺、これからまともに学園生活送れるんだろうか。
それと。
春は訪れるんだろうか。
そんなことを、ふと考えた時。
急に風が吹いて。
秋乃のスカートをめくりあげた。
「ひあっ!?」
「うわわっ!?」
「み……、見え……」
「見えてない!」
春の訪れを告げる風は。
俺に、春と冬を同時に運ぶ。
「…………見えてない?」
「あ」
そうだよ、見てないって言わなきゃダメだろ俺!
見えてないかどうかわかるってことは。
じっくり確認してたって白状してるのと変らない!
「いや、あれだ! 咄嗟に、その、偶然、つい……」
「ほんとは?」
「せめてこの生物学的本能を俺に授けた親父のせいにさせてはくれまいか?」
「……色は?」
「見えてないのはホント!」
うわ。
口はへの字に結んだまま。
目が返事してきた。
信じてくれよほんとだよ。
下駄箱を抜けて。
教室に入って。
昨日のステージがあったせいで、クラスの連中に囲まれた秋乃。
結局、こいつとは。
それきり口をきくことなく授業が始まったんだが。
……今までは何とも思わなかったのに。
どう取り繕ったらいいんだろうとか。
こいつの人気が不安になったりとか。
いやはや。
何も手につかねえ。
…………ほんと。
俺はこれから。
まともに学園生活が送れるのか?
~´∀`~´∀`~´∀`~
「……まだ怒ってるのかよ。ほんと見えてねえから」
「授業中……。私語は慎みましょう……」
ちきしょう。
まるで立場がいつもと逆。
でも、なんとか誤解を解かねえと。
このままじゃ、気まずくていられねえ。
「あれ……」
そんな時。
渡りに船。
秋乃のシャーペンが。
どうやら故障したようだ。
「芯が……。引っ込んじゃう……」
「しょうがねえな、貸してやるよ。ピンクと黒、どっちがいい?」
俺が二本のシャーペンを秋乃の前に差し出すと。
こいつはペンを取るために伸ばした手をぴたりと止める。
「……立哉君は、どっちがいい?」
「ん? ピンクの方が好みだけど?」
こっちの方が手に馴染んでる。
俺は、秋乃の質問に、正直に答えただけだったんだが。
「せ、先生……」
「ん? どうした舞浜」
「立哉君が、意地悪してきます……」
「はあ!? 何もしてねえだろ!?」
俺は椅子を跳ね飛ばして立ち上がって。
いつも通りに文句を言ったんだが。
でも。
こいつがぶんむくれてるのにはきっとわけがある。
「いや、ちょっとタンマ! ひょっとしたら意地悪したかもしれねえからシンキングタイム!」
俺は、何か言いたげな先生を右手で制しながら。
左手をこめかみに当てて考える。
シャーペン。
二本。
どっちが好み。
ピンク。
…………ピンク?
「いや待てほんと見てねえからな!?」
「先生……」
「ああもうごめんなさいでした! 俺が悪かったから勘弁してくれ!」
「なら……」
「もちろん反省のために廊下へ行きます!」
これ以上もめたら根掘り葉掘り聞かれてまずいことになる!
『捲れそうになったスカートを見たことがクラスメイトにバレた。エロ男コースにコマを進める』
そんなマスに止まりたくねえ!
慌てて廊下に出て。
俺は大きく息をつく。
ここの方が落ち着くと思う日が来るとは。
人生何があるか分からん。
そして改めて思う。
俺は、これからも秋乃の隣にいる事なんかできるのだろうか?
そんな疑問に対する。
意外な形の答え。
どういう訳か。
秋乃が廊下に出て来て。
そのまま。
俺の隣に、いつものように立った。
「……間違えた」
今まで通りでいいって事だろうか。
それと。
間違えたって何のことだろう。
いくら首をひねっても分からない。
そんな俺の耳に届いた一言。
「今日は……、白だった」
「うはははははははははははは!!!」
……そして。
立たされてるのに騒がしくした罪により。
俺は、立たされたまま。
ピンクの鉄アレイを口に咥えさせられた。
「……そんなにピンク、好き?」
「うるふぁい」
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