第九夜:バス停のちょっと切ない百合

『バスストップラブソング』




 朝のバス停でよく会うお姉さんがいる。高校に向かう私と隣町方面に向かうお姉さんは別々のバスに乗るから、一緒に居られる時間は数分だ。お姉さんはいつも動きやすそうな服を着ていて、でかめのバッグを持っている。その行き先を私は知らない。


 そんな距離感だから、会話するようになったのは存在を認知してから三か月経った頃だった。私が読んでいた本のタイトルを尋ねてきたお姉さんは、お返しとばかりにイヤホンの片割れを私にくれた。流れてきたのは知らないジェイポップで、ちょっとひねくれたメロディラインが好きだった。それ以来、私はお姉さんと一曲聞いてからバスに乗り込むようになる。私自身のプレイリストもすっかり模様替えされてしまった。


 けれど、お姉さんはある日突然バス停に来なくなった。私は相変わらずベンチの上で曲を聴く。イヤホンを両耳に着けると孤独で、けど片側だけ外すともっと孤独だった。朝の喧騒と好きな音楽、そしてその音をくれた彼女が隣に居なければ、私の朝は不完全なのだ。でも私は、彼女の名前すら知らない。


 そして今、朝の情報番組ではある作曲家の訃報が流れている。その人が住んでいたのは隣町らしく、毎日身の回りの世話をしに通っていた女性が、遺体を発見したそうだ。インタビューを受ける「Aさん」の、モザイクの下を知っている。私はテレビを消してバス停に向かう。目的地の消えた彼女は、きっと今日も来ないだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る