第六夜:最高の映画を作る百合

『エンドロールをとめてくれ』



 最高の映画を作ると言い出した監督に付き添い、私は世界中を旅する。ロードスターで砂漠を爆走し、仙人に秘伝の武術を習い、摩天楼の中心でバンジーをする。紛争地帯に潜りこみ、銃弾の雨の中を突っ走ったこともある。沢山の映画祭で賞を獲ってきた監督だけど、その映画の内容さえ敵わないスペクタクルを体験していく。


 けれど奇妙なことに、監督はいつになってもカメラを回そうとしなかった。理由を問いてみたことはあるけど、「まあまだロケハンみたいなものだし」と流された。なんて勿体ない! ただ国連で首脳たちとマイムマイムを始めた監督はとても楽しそうで、ろくに文句も言えなかった。この光景を他の誰かに見せるのも勿体ないし。


 そんな旅にも終わりはくる。持病を悪化させた監督は、帰国して自宅のベッドで寝込む。私は看病を続けながら、二人きりの旅の感想を話し合った。監督の病は快復することなく、ある穏やかな朝に事切れた。私にクランクアップを言い渡して。


 幸福そうな死に顔を見て、私はようやく悟った。監督が作っていたのは自分の走馬灯だったのだ。最後の零秒間に観る映画のために、監督は私と共に最後の旅に出た。彼女が撮る映画の全てで、主演をしていた私と共に。


 私もいずれ、監督と同じような映画を観ることになるだろう。けれど公開はまだまだ先だ。鑑賞直後の感想を言い合うことができなくて、それだけが少し寂しい。


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