第16話 不死鳥の涙

「クラウス……?」


 私と不死鳥の盾になるように、クラウスが両腕を広げていた。

 そのお腹から背中にかけて、弓矢が突き出ている。


「クラウスッ!! いやぁ!!」


 彼が後ろに倒れ込む。

 私はその体をどうにか受け止めた。

 傷口からあふれた血が、どんどん上着を赤く染め上げていく。


「あ~ぁ、せっかくのチャンスだったのによぅ」


 ニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべながら、中年の男が木の裏から出てきた。

 猟師のような格好をしている。その手には今は放ったばかりらしい弓があった。


「あなた、何をッ……!!」


 私が怒鳴りつけると、狩人はペロリと舌で唇を舐めた。


「不死鳥を欲しい奴はいっぱいいるんだ。これは、闇市にあるようなバッタモンとは訳が違う。ホンモノの不死鳥だ。これで俺は億万長者だよ。ヒッヒッヒィ〜……」


 そう言うと男は弓を引いて、不死鳥に狙いをすませる。

 私が不死鳥をかばうために身を乗り出した瞬間──。


「その展開は頂けないな」


 朗々とした男性の声が響き、猟師の男の体が輝く縄で縛られた。

 男はうめき声をあげ、その場でうずくまる。

 そして、近くの木の上から飛び降りてきたのは──。


「ディオラルドさんっ!?」


 私は声をあげてしまった。

 ディオラルドさんは赤銅色の髪をなびかせて、ふらりと地面に降りたつ。

 クラウスは嫌そうな顔で悪態を吐いた。


「……いるんならさっさと出てこいよッ、師匠ッ!」


「いやぁ、ごめんごめん。けっこう前から追ってきてたんだけどね。無事に帰ってくるなら、遠くから見守るだけにしておこうと思ってたんだよ。でも……さすがに、弟子達を傷つけられたら黙っていられないからね」


 そう言って、ディオラルドさんはクラウスの元まで近づいていくと、傷口を確かめて顔をしかめる。


「まずいな……ただの怪我じゃない。毒矢のようだ」


 ディオラルドさんは、そううなる。


「えっ!? どっ、どうしたら……」


 私は目の前が真っ暗になった。

 治癒魔法を使える者は少ない。私もディオラルドさんも使えないから、いったん家に帰ってポーションと毒消しを持ってくるしかないかも。


「とりあえず、矢を抜こう」


 ディオラルドさんはクラウスの口にハンカチをかませて、矢を引き抜いた。

 クラウスがうめき声をあげる。

 傷口まわりの皮膚が紫色に変色していた。

 クラウスの脂汗がすごい。彼の顔色が徐々に土気色になっていく。


「毒のまわりが早いな……」


 ディオラルドさんがそう言う。


「ディオラルドさん! 私、家からポーションと毒消し持ってくるっ!」


 私が叫ぶように言って身を起こした時──。

 不死鳥がクラウスの元へ駆け寄ってきた。

 その黒い瞳から涙をこぼしながら、不死鳥はクラウスに寄り添う。


「不死鳥さん……」


 私は喉の奥が苦しくなった。

 きっと、不死鳥にもクラウスが己をかばって怪我を負ったことが伝わったのだろう。

 ──その時、不思議なことが起こった。

 不死鳥の目からこぼれたしずくがクラウスの傷口にかかると、そこがみるみる間に癒えていく。


「ディオラルドさん、これ!」


「あ、ああ……不死鳥の奇跡だ。すごいな……。まさかこの目で、見ることになるとは」


 ディオラルドさんも瞠目どうもくしていた。

 ほんの数滴の涙で、クラウスの傷口は完全に治癒されてしまった。

 余った涙がクラウスの腹の上で結晶化し、宝石のようにきらめいている。

 私はそれをすべて拾い上げ、手のひらに広げて眺めた。


「これって、まさか……」


「始祖王の王冠……の一部だな。万病に効くと言われている、伝説のアレだ」


 ディオラルドさんが言った。

 不死鳥は最後の力を使い果たしたのか、その身が燃え落ち、灰の山になってしまった。

 その様子を呆然と私は見つめる。


「最後の力を振りしぼって、クラウスを助けたんだろう。……いや、もう、ほんと信じられない。不死鳥に会うだけでも奇跡のような出来事なのに、弟子の命まで救っていくとは……」


 ディオラルドさんはそう言うと、深く息を吐いた。

 しばらくして、クラウスが目を覚ます。

 うめき声をあげて身を起こし、手で自身のお腹を触る。


「あれ? オレ……」


「クラウス! 良かった、目が覚めたのね……」


「オレ、怪我してたはずなのに、どうして……?」


 戸惑う彼に、私は説明する。


「不死鳥が治してくれたんだよ」


 私は燃え尽きてしまった不死鳥の灰を彼に示した。

 クラウスは「そんな……不死鳥が……」と呟き、放心している。

 私はクラウスの顔を覗き込む。

 顔色も良い。いつものクラウスだ。

 私は彼の手に不死鳥が最後に残した宝石を、そっと握らせる。


「これは、不死鳥があなたの傷を癒やした時にできたの。……あなたの物よ」


「え、良いのか? オレがもらって……」


 戸惑うクラウスに、私は微笑む。


「この結晶を神鳥から与えられたのは、クラウスだから……。クラウスは不死鳥と私をかばってくれたもの。それには万病を癒やす力があるらしいから……クラウスが好きに使って」


 クラウスは自身の手のひらを見つめて、ぎゅっと大切そうに結晶を握りしめた。

 不死鳥の妙薬となれば、大枚を叩いても買う人がいるだろう。それを売れば大金持ちにもなれるかもしれない。

 ──けれど、きっとクラウスは病気のお母さんにそれを飲ませるだろう。そう、私は確信していた。


 その時、不死鳥の灰の山が揺らぎ、中から小さな赤い小鳥が出てきた。


「え……」


 私の喉から頓狂な声が漏れる。

 その小鳥は片手に乗るくらいの大きさだ。

 頭からかぶっていた灰を、体を震わせて落とす。

 まんまるい体に、産毛のようなぽわぽわした赤い羽。長い尾羽の先だけ小さな火が燃えている。


「おお〜……不死鳥の再生だな。まさか、一生のうちに目にする機会に恵まれるとは……」


 ディオラルドさんが感心したように言う。

 その小鳥は「ピィ」と鳴くと、私と目が合った。

 テコテコと歩いてくると、小鳥が私の膝に飛び乗った。


「わっ! え……?」


 じっと、その黒い瞳が私を見つめる。

 ──可愛いな。

 手のひらを近づけると、己の身を擦りつけるようにしてくる。

 その様子を見ていたディオラルドさんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「も、もしかして、俺も触れられるかな……?」


 そう言いながら、ディオラルドさんは小鳥に手を近づける。だが、思いっきり避けられていた。


「やっぱりダメかぁ……」


 ディオラルドさんは苦笑いする。

 ちなみにクラウスが手を近づけてきた時は、小鳥はくちばしでクラウスの指を突き刺していた。ディオラルドさんみたいに逃げられていないから、まだ態度は優しい……のかもしれない。




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