第15話 気づき

 光る足跡を追いかけて、二人で歩いて行く。

 その道中、クラウスがふと疑問を口にした。


「どうして不死鳥は、お前の作ったものを食べにきていたんだろうな」


「さあ?」


 しかし、考えてみれば不思議だった。

 森の中に食べ物はいくらでもあるのに、わざわざ危険をおかしてまで家にやってくる意味はないように思える。

 果実も小動物も、不死鳥ならば簡単に手に入れることができただろうし。


「なんでだろうね……? 普通のご飯なのになぁ」


「いや、普通ではないだろ。ポーションを混ぜてんだから……って……」


 私とクラウスの目があう。

 たぶん、同じことを考えている。


「……そういえば、あの不死鳥……動きが少しおかしくなかったか?」


 クラウスがそう言った。

 私も思い返してみる。

 鳥なのに、飛ばずに地面を走っていた。

 ──そうだ、考えてみれば妙だ。

 クラウスに追いかけられても、飛んで逃げれば良いだけだろうに。そしたら人間は追ってはいけないのだから。


「……もしかして、どこか怪我しているのか?」


 クラウスの言葉に、私はうなずいた。


「その可能性はあるね。……ポーションが入っていると気づいて食べてたのかも」


 不死鳥は老年になると治癒力も薄れ、最後には寿命で燃え尽きてしまうのだという。そして再び炎の中から再生するのだ。

 ──もしかしたら、己の治癒力で傷を治せないほど、今は年老いているのかもしれない。


 時折、真っ黒な枝葉の隙間から満月が現れ、私達を照らした。

 枯れ葉の上にぽつぽつと残った輝く足跡を無言で追っていくと、しばらくして、大きな木の下にたどり着いた。


「わぁ……っ」


 もしかしたら、この魔の森で一番大きい木かもしれない。

 周囲の地面は根がうねって広がり、月下で真っ白な花が咲き乱れている。

 こんなに森に深く入ったことはなかったから、こんな場所があるなんて知らなかった。


 足跡は木の根本にあるうろに続いている。

 私がそっと虚を覗き込むと、枯れ葉が敷き詰められたベッドの上で、不死鳥がうずくまっていた。

 私に気づいたのか、不死鳥が頭を持ち上げ、真っ黒な瞳で私を見つめてくる。

 その穏やかで老成した表情に、私の方が戸惑ってしまった。

 こんなに近づいてしまったから、てっきり怯えて逃げると思っていたのに……。


「……さっきは驚かせて、ごめんね」


 そう私が頭を下げると、不死鳥は金色の長い尾をふわりと揺らす。

 その体は真っ赤に燃えていて、洞穴の中を明るく照らしていた。

 不死鳥は身を起こし、こちらにくちばしを近づけてくる。

 炎が燃え移らないか怖かったけれど、私は『信頼が大事!』と自分に言い聞かせて、自ら手を伸ばした。

 ──不死鳥に触れた木々は燃えてなかったから、彼が燃やす意思を持たなければ大丈夫のはずだ。

 くちばしで指先をチョンチョンとつつかれたが、かたい感触がするだけで熱は感じない。

 それにホッとしていると、不死鳥は小さな頭を私の手に擦りつけてきた。


 ……かわいい。


 予想外のことに、ときめいてしまう。

 ようやくクラウスの存在を思い出し、私は背後に顔を向けた。

 だが、クラウスは少し離れた場所で、訝しげな表情を浮かべて地面を見つめている。

 ──何をしているんだろう?


「クラウス、おいでよ!」


 私がそう声をかけると、クラウスはハッとした表情になる。


「あ、あぁ……」


 クラウスはおずおずと近づいてくると、不死鳥から数歩離れた場所で両膝をついた。


「……不死鳥様! さっきは、すみませんでしたァ……!」


 何だか謝り方が変な気がしたが、クラウスの表情は真剣だ。

 不死鳥は小首をかしげるような仕草をした後、クラウスの元まで歩いていくと、クラウスの額をくちばしで勢いよく突いた。


「いでッ」


 クラウスは額を手で押さえる。少し赤くなっていた。

 その後、二度三度と、くちばしで突かれる。


「え? なんで? これって、オレ嫌われてるのか?」


 戸惑っているクラウスに、私は笑った。


「いや。不死鳥は相手を敵と見なしたら、その炎で燃やすと言われてるから……たぶん、許してくれたんだと思うよ」


「……そうなの? そのわりに、当たりが強い気がするけど」


 どこか釈然としない様子のクラウスに、不死鳥は後ろ足で枯れ葉をかけた。


「ほらぁっ! やっぱり嫌われてるから!」


 その必死なクラウスの表情に、私は噴き出してしまう。そのうちクラウスも笑い始めて、皆で枯れ葉のベッドの上に転がりまわった。

 満天の星空。地には不死鳥の足跡がキラキラと光り、燐光が舞う。

 幻想的なその光景に見惚れ、しばしの間、私は深く息を吐いた。


「あっ、そうだ!」


 私は枯れ葉の上に腰を落としている不死鳥へ近づき、その体を観察した。

 確かに怪我をしているらしく、羽の一部が血で汚れている。


「怪我してるよね? 見ても良い?」


 そう声をかけると、『かまわないよ』という風に不死鳥が翼を広げた。

 そこには、まるで弓矢にでも射られたかのような傷跡がある。

 その瞬間、クラウスが私の手をつかんだ。


「フィー、ここに誰かきたことあるか? たとえば、お前の父親とか……」


 その切羽詰まった彼の表情に、私は困惑する。


「ううん。お父さんは来たことないはずだよ。だって不死鳥に会ったことないって言ってたもの……」


 なぜ突然、クラウスがそんな質問をしてきたのか分からない。

 クラウスは警戒したように、急に周囲を見まわす。


「さっき、真新しい大人の靴跡を見つけたんだ。てっきり、お前の父親かと思ったけど……でも、もし、そうじゃないなら……」


 そうじゃないなら……?

 嫌な予感が胸をよぎる。


「──伏せろッ!!」


 クラウスが突如、大声をあげた。

 私は身をすくませる。

 その直後、何かが重く突き刺さるような音が響いた。




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