第14話 始祖王の道
じりじりと、現れた魔狼が私達へ距離を詰めてくる。
自然と、私とクラウスと背中合わせになった。
「魔狼か……倒したことある?」
私は嫌な汗が浮かぶのを感じながら、クラウスに問いかけた。
「冗談だろ? オレたち、子供だぜ」
年よりも大人びていて、一人で仕事をこなしているクラウスでも、魔物を狩ったことはないのだ。
もちろん、私もない。
だが、私は王立学園の魔法科で、魔法の戦闘訓練は受けていた。かつてクラウスと二人組になって戦ったこともある。
けれど、今のクラウスはまだ子供だ。恐怖で身動きができなくなってもおかしくない。
最悪一人で戦うことを覚悟して、私はクラウスに尋ねた。
「……戦える?」
しかし、クラウスは私の問いに、口の端をあげる。
「──戦うしかないだろ。やってやるよ! このままじゃ、魔狼の餌になるだけだッ」
空元気かもしれなかったが、そう言うクラウスが頼もしく感じた。
魔狼の目の焦点はあわない。鋭い牙の隙間からよだれが垂れている。
私達を喰らおうと、一斉に駆け出してくる。
私は指先に神経を集中させて、魔狼に向かって、魔法を唱えた。
「──【爆ぜろ】!」
大きな爆発音がして、魔狼が吹き飛び、後ろの木にぶつかった。
通常は何時間もかかる呪文も、あらかじめ作っておいた簡易詠唱で一、二言に省略できる。
ただ、簡易詠唱は事前に準備が必要なものだ。
私が使えるのは、父が万が一のために、と用意させた【爆発魔法】と【防護魔法】、そして、かつて自身で作った体重を軽くする【飛翔魔法】くらいだ。
「──【光の槍よ】ッ!」
クラウスの魔法が、彼に襲いかかろうとしていた魔狼の体をつらぬく。
威力は大きくないが、転がった魔狼に二度と三度と攻撃魔法を加えれば、倒すことはできそうだ。
──あと四匹。
クラウスが一匹の魔狼を倒した瞬間、もう一匹が彼の脇腹に襲いかかろうとした。
「──【防護】ッ!」
私はクラウスに【防護魔法】をかけて、背後に嫌な気配を感じ、上に飛びのく。
【飛翔】の魔法がかかっているから、狼達の上空を宙返りする。
その瞬間、先ほどまで私の立っていた位置に、魔狼が飛び込んできた。
すんでのところで鋭い牙をかわしたのだ。背中がヒヤリとする。
クラウスが呪文を唱え、向かい合っていた一匹を倒した。
──あと二匹。
私は重力に従って落ちていくとき、真正面にいる魔狼に【爆発魔法】をかける。
その背後に別の魔狼もいる。その瞬間を見逃さない。
「──【爆ぜろ】!」
激しい衝撃音がして、二匹の魔狼がぶつかり、木にぶつかって地面に倒れ伏した。
私とクラウスは呆然とした表情で、お互いを見つめる。
肩で息を繰り返していた。
「た、たおした……?」
まだ、クラウスは自分達が魔物をやっつけたこと実感しきれていないようだ。
「よかったぁ〜〜……」
私は地面に崩れ落ちる。
一人でも戦うと心中で息巻いていたが、本当は怖くて仕方がなかった。
勝手に涙がこぼれる。緊張が解けたおかげだろう。
ぽろぽろ頬をつたって流れる涙を、手の甲でぬぐう。
子供の体は不便だ。感情が制御できなくて、止まらなくなるから。
地面に仰向けになって息を切らしていたクラウスがむくりと起き上がり、私の方に近寄ってくる。
「泣くなよ。オレが悪かったから……」
「う、うん……」
クラウスが困り果てたような表情で、私の顔をのぞき込んでくる。
私は深呼吸して、どうにか気持ちを落ち着かせた。
辺りは狼の死骸が転がり、地面の草も乱れて、ひどい有様だ。
いつの間にか満月が雲から顔を見せていた。
ランプは家においてきてしまったが、これなら真っ暗じゃない。足元も見えるから家に帰れそうだ。
なんとなく不死鳥が去った方向に目をやると、地面のところどころがキラキラと光り、鳥の足跡のような道ができていた。
「あれは……もしかして……、『始祖王の道』?」
たしか始祖王の伝記にも『満月の夜に、神鳥への道が現れる』と書いてあった。
隠れていた満月が姿を見せたことで、道が開かれたのだろう。
これは誰の前にでも現れるわけではなく、不死鳥に認められた者だけが導かれるという。
「……お前の目には、何か見えているのか?」
クラウスは苦しげな表情で、私に向き直った。
「……え? クラウスには見えてないの?」
戸惑いながら私が尋ねると、クラウスはうなずいた。
「……不死鳥を傷つけようとしたオレが『王の道』に招かれるはずがない。お前だけが選ばれたんだ」
私はなんとも言えない気持ちになる。
押し黙っていたクラウスが、後悔にまみれた顔つきで、ぽつりとつぶやく。
「……フィーの言った通りだ。オレが間違ってた。……オレが罪をおかして母さんを生き永らえさせたって、母さんが喜ぶとは思えないのに……それでも、母さんに生きていてほしかったんだ……オレは、馬鹿だな」
そうつぶやき、クラウスはうつむく。
その真摯な思いに胸が打たれる。
私はクラウスの肩に手をおいた。
「馬鹿なんかじゃないよ。そう思うのは、当然だから……」
じわりとにじんだ涙を、乱暴に手の甲でぬぐう。
「家に帰ったら、一緒にお母さんの病気を治す方法を探そうね」
私はそう言った。
もしかしたから、父の助けを借りることになるかもしれない。
私にできることなら、何でもしてやりたかった。
──まさか、こんなふうにクラウスに対して思うようになるなんて、自分でも驚く。
クラウスは青い顔で、震えていた。
「オレは本当に、なんてことをしようとしたんだろう……このままだと災いが起こるかもしれない」
ようやく、自分が犯したことに実感が湧いてきたのだろう。
神鳥に嫌われてしまえば、あらゆる生き物を敵にまわすことになる。
不死鳥は全ての生き物の王なのだ。
クラウスは自分や家族に不幸が訪れるのではないか、と恐れている。
もちろん、災いうんぬんは、ただの言い伝えで、本当かどうかも分からないが……子供を恐怖に陥れるには十分すぎる話だ。
私は彼と『始祖王の道』を交互に見つめてから、クラウスの手を握りしめる。
「──行こう、クラウス。私が導くから」
「フィー?」
このままだと、あの不死鳥は怯えて家にはもう近づいてこないかもしれない。私もそれは嫌だ。
「始祖王の伝記で読んだの。不死鳥は恵みを与えてくれる賢い鳥だから、真心を持って接すれば、同じように返してくれる、と。……誠心誠意伝えれば、不死鳥にも気持ちが届くかもしれない。だから、いっしょに行って謝ろうよ」
私がそう言うと、クラウスはかすかに微笑み、私の手を強く握りかえす。
「……うん、そうだな。……フィー、手を貸してくれるか?」
「うん!」
私は笑みを深める。
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