第13話 正しいこと
まんじりともせず待ち続け、月が少し傾き始めた頃──。
カサリと、外から草むらを踏むような音が聞こえた。
私はクラウスと目を合わせる。クラウスの緊張した面持ちで、青い瞳を窓辺に向けた。
カサ、カサ、カサと、耳をよく澄ませていなければ聞こえないほどの音だ。
私達がじっと窓を見つめていると、ひょいっと何かが窓の外に現れた。
その異様な姿に、私は息を飲む。
──そこにいたのは、炎を身にまとった
「え……?」
間抜けな声が私の口から漏れる。
その鳥は燃えさかる火に包まれていた。
早く火を消さないと、と思うのに、その鳥はまったく動じていない。まるで炎などないかのように振る舞っていた。
その瞬間、その鳥の目がこちらに向く。思いっきり、私と視線が合ってしまった。
木の実がたくさんついた枝が、ポトリと鳥のくちばしから落ちる。
「火の鳥……? まさか……、あれが不死鳥か……?」
クラウスは、そう呆然とつぶやいた。
──不死鳥。
それでようやく、私も相手の正体が分かった。
国旗にもなっている神鳥だ。
このグランディア王国には不死鳥が始まりの王を選んだ、という伝説がある。不死鳥の涙が王冠になり、祝福として始祖王に与えられたとも。
──その伝説の存在が目の前にいる。
突如、不死鳥は慌てた様子で翼をばたつかせ、その場から立ち去ろうとした。
「あっ、待って……!」
私は不死鳥にそう呼びかける。
鳥なのに飛ばず、不死鳥は地面を走って一目散に逃げていく。
──やっぱり、驚かせてしまった。
焦りと後悔が胸の奥に生まれる。
その瞬間、クラウスが窓を開けて、地面に飛び降りた。そして不死鳥を追いかけ始める。
「えぇ!? 追うのッ!?」
私は困惑しながら、クラウスの後を追う。
「クラウス、戻って!! 森の奥に入ると危ないから……ッ」
私は大声を出したが、クラウスの耳には入っていないようだった。
ここは魔の森だ。家の周囲には魔物が立ち入れないように結界が張られているが、家から離れれば安全は保障できない。しかも夜は昼間より危険が増す。
私はいちど家の方を振り返り、ディオラルドさんを呼んでくるべきか迷った。
だが、私はクラウスを追いかける。立ち止まったら、クラウスを見失ってしまう。
「待って……ッ! ──【飛翔】」
私は己の足に重力抵抗を減らす魔法をかける。
最初は離れていた距離だったが、魔法のおかげでどんどん詰めていく。
このままなら、なんとか追いつけそうだ。それに、森は私の方が慣れている。
クラウスの前方を走る不死鳥は、真っ暗な森の中でも炎に包まれていて一際目立っていた。
燃える翼が低い草木にぶつかっても、周囲には燃え移っていない。
──伝説にある通り、不死鳥の炎は敵を燃やすだけなんだ。
それを実感する。
数歩前を走っていたクラウスが切らしていた息を整えながら、呪文を口にし始めた。
それが攻撃魔法だと気づいて、全身に鳥肌が立つ。
「なにをするの!?」
私は勢いをつけて、クラウスに飛びかかった。
「……っ!!」
幸い、呪文は中断されたようだ。
二人で枯れ葉の上に転がり、痛みにうめく。
私は急いで半身を起こし、倒れたクラウスの肩をつかみ怒鳴る。
「なんてことをするの……っ! クラウス、あれは不死鳥なのよ!?」
この国の神鳥だ。
その身を捕えることも傷つけることも許されない。それは大罪なのだ。
発覚すれば、間違いなくクラウスは断頭台行きになってしまうだろう。
不死鳥は死ぬたびに何度でも生まれ変わる鳥だが、それでも傷つかないわけじゃない。
神鳥に害なせば災厄が訪れる、という言い伝えもある。
クラウスは人が変わったような恐ろしい形相で、こちらを睨みつけてきた。
「そっちこそ、何するんだ! あれが手に入れば、母さんが……母さんが! 助かるんだ……ッ!!」
私は息が止まる思いがした。
──不死鳥の肉を食べると、あらゆる病が治る。
それは昔から言われていることだ。
ポーションで治癒できないような怪我や病気でも、不死鳥になら治せると。
近い将来、クラウスの母親は病で亡くなってしまう。
私は拳を握りしめた。
クラウス自身もきっと、母親の病状が日に日に悪くなっていることを感じているのだろう。
もし私がクラウスと同じ状況に置かれたら、同じことをしたかもしれない。それでお父さんが助かるなら、と……。
──それでも。
私は彼の前に立ちふさがる。
火の鳥を追いかけるために立ち上がったクラウスの行く手をさえぎり、私は両腕を広げた。
「邪魔をするのかッ!?」
クラウスの怒声。
「──ええ。あなたは友達だから」
私はハッキリと、そう言った。
クラウスの目が大きく見開かれる。
仲良くなった不死鳥を傷つけたくないという思いもあるが──何より、クラウスに罪人になってほしくなかった。
断頭台の上に立った自分の姿を思い出す。人々の冷たい目が、後悔が、あの瞬間私の胸を焼いた。
「あの鳥を傷つけないで……! 他に、お母さんを救う方法を探そうよ。私も手伝うから……ッ」
私がそう言った。
クラウスは泣き崩れるのを堪えているように歯を食いしばり、顔を歪める。
「他に、どんな方法があるって言うんだよッ!!」
その時、狼の遠吠えが響きわたる。
──近い。
私は周囲を見まわす。
クラウスが「クソッ、見失った……」と不死鳥が去った方角を悔しげに見つめる。
その刹那、ざわり、と肌が総毛だった。
何者かが森の暗い草むらから、こちらを見つめているのだ。闇の中でも光る野生の瞳。黒い毛並みの狼より大きな獣。
その尋常ではない気配から、魔物だと察した。
私の額に脂汗が浮かんだ。
「……六匹はいるな。完全に囲まれた」
クラウスは苦しげにつぶやく。
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