第12話 謎の相手
楽しい食事の時間は過ぎ、ディオラルドさんがご飯のお礼に洗い物をしてくれるというので任せることになった。
私はわざと鍋に少し残しておいた煮込み料理を小さな平皿に入れて、台所の窓の外におく。
外はすっかり暗くなっており、森の方からふくろうの鳴き声が聞こえてきた。
私の行動を不審に思ったのか、クラウスがそばに寄ってくる。
「お前、何してるんだ? そんなことしたら虫が寄ってくるだろう」
「お前じゃなくてフィオナね。フィーでも良いけど……」
さすがに、お前呼ばわりはムッとする。
私の言葉にクラウスは、なぜか少し顔を赤らめて言う。
「じ、じゃあフィーって呼ぶ!」
「え? う、うん……? それで良いよ。えっとね、家の周りは虫除けしてあるから害虫は寄ってこないよ」
私がそう言うと、クラウスは困惑した様子だった。
「なんで、そんなことをしてるんだ?」
それで私が最近、見知らぬ相手と食べ物の交換をしていることを伝えると、クラウスが頭を抱えてしまった。
「なんで、クッソあやしい相手と、そんなことを……危ない奴だったら、どうするんだよ!」
「え、大丈夫だよ。この家には害意のある者は近づけないようになってるし……」
さきほどクラウスが食べたパンにも【謎の相手】からもらった木の実が混ざっていたのだ。
この様子では彼に言わない方が良さそうだが……。
クラウスは銀髪をかき回す。
「だからって……」
「お裾分けのお礼なのかな? 市場でも、なかなか買えない木の実をくれるし。たぶん、悪い相手じゃないと思うよ」
それどころか、この一週間の交流の間に、私はその相手に親近感を抱くようになっていた。
クラウスは顔をしかめる。
「いや、童話にもあるだろう。優しいふりをした狼が女の子をペロッと食べちゃう話が……きっとお前が油断したところを狙ってるんだ。隙あらば家に入ろうと狙っているのかも……」
「う〜ん……そんなに悪い相手じゃないと思うけどなぁ……」
私はそう言ったのだが、クラウスはまだ相手に疑いを持っている表情だ。
まぁ、私があまり不安を感じていないのは、お父さんが警戒するそぶりを見せなかったから、というのも大きいけれど。危険な相手なら、お父さんは絶対に私を護ろうとしてくれたはずだから。
ーーそれに、私の勘も安全だ、と言っている。これは根拠はないから言えないけど……。
それからディオラルドさんに促され、お風呂に順番に入った。
そして、いざ就寝──ということになったのだけど、うちにはベッドが二つしかない。父と私の分だけだ。
だけど父は人嫌いで、他人にベッドを使われるのは好まないのだ。
「私のベッドだと、三人で寝るには狭いからなぁ……」
私は頭を悩ませた。
頑張っても二人が限度だろう。
ディオラルドさんは笑顔で言う。
「じゃあ、フィー。俺と一緒に寝るか?」
なぜか、ディオラルドさんがクラウスに蹴られた。
「おい、なぜ蹴る!? じゃあ、お前がフィーと寝るか?」
ディオラルドさんがニヤニヤして言った言葉に、クラウスは顔を上気させて狼狽する。
「え、いやッ……それは、もっと無理ッ!!」
ということで、ディオラルドさんは二階の空いた部屋のソファーで、クラウスは居間のソファーを使うことになった。
私だけベッドで、なんだか申し訳ない気持ちになる。いや、私の家なのだから良いのかもしれないけど……。
私が自室に戻ろうと階段を登っていた時、クラウスが台所の窓をじっと睨みつけてきたのが気になった。
私はベッドに入って灯りを消してからも、なかなか眠れず、布団の中でモゾモゾしていた。
──もしかしたら、【謎の相手】も今晩は、やってこないかもしれない。
警戒心が強いと、父も言っていたし。
台所にクラウスの気配があれば、近づいてこないかも……。
でも、相手がうっかりきてしまったら?
クラウスを見て、ビックリして逃げてしまうかもしれない。
私は落ち着かない気持ちになり、ベッドから身を起こした。
カーテンを開けると、満月にうっすらと雲がかかり始めている。
虫の声がしないせいか、いつも以上に夜が深い気がした。
夜泣き鳥の声も聞こえない。
無性に不安にかられて、私は枕元においてあったランプに火をつけた。
ランプを手で持ち、そっと足音を忍ばせて階段を降りていく。
真っ暗な居間をそっと、うかがい見る。
ソファーがある場所に人らしき膨らみはない。
「クラウス……?」
そう小声で呼びかけると、予想外の場所から「こっち」と声がかかった。
窓のそばだ。クラウスは頭から毛布をかぶり、こちらに手招きしている。
私はそちらに歩いて行くと、うずくまっているクラウスに合わせて身をかがめた。
「何してるの?」
「しっ。静かに。食べ物泥棒を待ってるんだ」
口に人差し指を当てて、クラウスはそう言った。
──やっぱり。クラウスは【謎の相手】の正体を突き止めようとしているんだ。
「そんなことしなくて良いよ。それに交換してるから泥棒じゃないし。相手も正体を隠したいから現れないのかもしれないし……あんまり、そういうのは……」
私はちいさな声で、そう言った。
だが、クラウスは異を唱える。
「いや、安心できない。フィーが危険な目に合うかもしれないんだぞ? オレがいるうちに、そいつの正体を暴いてやる」
「う、うん。その気持ちはうれしいんだけど……」
私がどうすれば良いのか迷っていると、クラウスが私の手首をつかんで引っ張ってきた。
「ここにいるなら、頭からこれをかぶっていろ。ランプの光も隠せ」
そう言って、クラウスは有無を言わせず自分の毛布を私の頭にもかぶせた。
私はランプを毛布の中にしまい込む。うっすら毛布越しに灯りは透けているが、辺りはほとんど闇に包まれた。
二人して毛布にくるまり、ごくりと唾を飲み込んで、窓をじっと見つめる。
はたして本当に、来訪者がやってくるのだろうか。
私だって本音では相手が何者なのか気になっている。
──でも、こんなことをして良いのか、分からない。
相手が夜にきていたのは、何か事情があったからなんじゃないか?
そんな思いもある。
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