第7話 真実

「なになに……」


 最初の方は何年も前の記録らしい。魔法の研究のことや、仕事のこと、天気のことなどが毎日一、ニ行だけ書かれている。数字だけの日もある。

 私は顔をしかめた。

 めくってもめくっても、代わり映えのしない毎日だ。何が楽しいのだろう?

 仕方なく、パラパラとページを進めていく。


「あ……」


 私と出会った日にまで、たどり着いた。

 その日だけはこれまでと違い、何行も詳細に書かれている。


『森の中に変な気配を感じたので、家に招いてみた。俺がジェーンに授けた魔法の気配がしたのだ。玄関にやってきたのは、ものすごく、ちみっちゃいガキだった』


「ちみっちゃくないもんっ!」


 思わず憤慨して声を上げてしまった。

 慌てて周りを見回すと、通行人の好奇な瞳がいくつも私に向けられている。私はごまかすように笑って、日記に視線を戻した。


『ジェーンは死んだらしい。気づいてやれなかったことに後悔が残る。──いや、あれは一人で何でもしようとする勝気な女だったから、俺の助けなんていらないと突っぱねたかもしれないが……。もっと違う未来もあったんじゃないか? と思えてならない。自分の研究ばかりで、何年も会いに行けなかったのが悔やまれる。今更そんなこと言っても仕方ないが……』


「…………」


 私は深呼吸して目を閉じる。

 そして、またページをめくった。


『俺に弟子入りしたいと、ちいさいのは言った。炊事や掃除はするから家に置いてほしいと。俺としては、その申し出は不服だった』


「……っ」


 堪えていた涙が耐えきれず、頬にこぼれ落ちる。


 ──やっぱり、お父さんは私のこと邪魔に思ってたんだ……。


 すでに分かっていたことでも、父の言葉で言われると傷つく。

 私はきっと色んな迷惑を彼にかけてしまっていたんだ。

 手の甲でグイッと涙をぬぐう。


 ──続きを読もう。


 心が痛かったが、私には知る責任があると感じた。

 翌日以降の記録に目を向ける。


『俺のためにご飯を作ってくれた。なんて良い子なんだろう。しかも美味しい。なんでも服を買ってあげたくなった。特に町に用はなかったが、荷物持ちで同行することにした。すると町の者達が娘の可愛さにメロメロになっている。たくさん近づこうとする者がいたが、俺が睨みつけたら恐れをなして逃げて行った。虫が寄ってくるのが早すぎるんじゃないか? そういうのはせめて、年頃になってからにしてくれ。まぁ仕方がない。この可愛さだ。一人で町に出たら誘拐されかねない。今後もしっかり目を光らせよう』


「???」


 あれ?

 突然、文章がおかしくなった。

 思わず目をこすって、もう一度確認してみる。

 間違いなく、そう書かれていた。同じ人が書いた文章なのだろうか?


「えっ?」


 本当に?

 未だに信じられない気持ちで、続きを読む。

 ページをめくるたびに、日記の文字数が増えていく。


『フィオナは血の繋がりがない義理の家族に冷遇されて育ったそうだ。あげく王太子から婚約破棄され、魔力を暴走させた罪で処刑されてしまうのだと。……彼女は母親を亡くしてから、あまりに辛い経験ばかりしている。幸せにしてやりたい。ジェーンの忘れ形見でもある。でも、俺は今までずっと独りで暮らしてきた。子供への接し方なんて分からない。いや……子供に限らず、人とどうやって関係を築いていけば良いか、分からないんだ。情けない。こんなの、父親失格だろうに。フィオナに俺は何を教えられる?』


「……おとうさん」


 胸にじんわり熱が広がる。


『最初から不満だったが、最近はフィオナに呼ばれるたびに不愉快な気持ちになる。アガルトさんって……もっと他に呼び方があるだろう。他人行儀すぎる』


「えっ……」


『だいたい、最初に出会った時からアイツはそうだ。弟子入りを申し出るなんて……気にくわない。望むなら魔力の制御方法だって喜んで教える。でも魔力がなくても、料理や掃除ができなくても、ただの無力な子供でも良かった。俺は得意じゃない炊事や片付けも苦労しながら……四苦八苦しながら、やっただろう。俺は父親なんだから。一緒に住むのに、それ以上の理由はいらない』


 一番最後の日記は、書きなぐられたような文字だった。


『……フィオナに怒鳴ってしまった。心にもないことを言った。最悪だ。最低な父親だ。ディオラルドに嫉妬してしまうなんて……。明日、謝ろう。勇気を出すんだ』


 泣き続ける私を見かねてか、優しそうなおばさんが声をかけてきてくれた。


「お嬢ちゃん、大丈夫? 迷子になっちゃったのかな? ご両親は? おうちの場所は分かる?」


 私は涙を手でぬぐい、ベンチから立ち上がった。


「だいじょうぶ。一人で帰れます。ありがとう」


 ──帰ろう。

 そう決意した時、女性の怒鳴る声が響いた。




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