第6話 日記

 朝食を終えると、早々に部屋に戻る。

 昨日のことがあったせいで、父は決まり悪げな表情で口を閉ざしていたし、私も必要以上は喋らなかった。

 ──けれど、それで良かったのかもしれない。未練たらしい言葉が口から出てきてしまいそうだったから。

 すでにリュックに荷物を詰め終えてある。父へのお礼の手紙を机の上に残していく。


 自室の窓から片足を出したところで、ふと、昨日ディオラルドさんに言われた言葉を思い出す。

 ──日記か……。

 家を出たら、簡単に確認できなくなるだろう。もしやるなら今しかない。

 ──でも、勝手に見たらダメだし……。

 しかし、父がどういうことを書いているか興味はあるのだ。

『生意気な子供だ』とか、『さっさといなくなってほしい』と書いてあったら、どうしよう……。

 でも、そうだったら逆に踏ん切りがついて良いのかもしれない。


 私は覚悟を決めて、そうっと父の書斎に忍び込むことにした。

 父はまだ一階にいるはずだ。けれど、いつ階段を上がってくるか分からない。急がなければ。


 ──たしかディオラルドさんは、机の中って言ってたよね……。


 幸い、鍵はかかってないようだった。分厚い革の冊子の、手のひらくらいの大きさの本だ。

 ドキドキしながらページをめくろうとしたら、階段がミシミシ音をたてた。

 ──ヤバい。見つかる!

 私は急いで窓へ向かった。

 鍵を開けて窓の外に足を出すと、少し足場になりそうな部分が下にあったので、そこに体重を乗せて外に身を出す。窓を閉めるのと同時に父が書斎に入ってきた。

 私は頭をひっこめる。【飛翔】の魔法をブーツの裏にかけて、二階から地面に飛び降りる。

 枯れ葉がカサリと音をたてたけれど、魔法のおかげで衝撃は最小限になったはずだ。


 私は手の中の日記を見おろして、うっかり持ってきてしまったことにようやく気づいた。

 ──少し見るだけのつもりだったのに……。

 父の書斎の窓を見上げて、どうしようか迷った後、一緒に持っていくことに決めた。

 ここにずっと立っていたら父に見つかってしまう。

 内容も気になるし、とりあえず持っていって、後で返しにくるか決めよう。

 私は駆け足で、魔の森を抜けていった。


 王都の区域内に入り、石畳を歩いていく。

 どこに行こうかな……。

 目的地も何も決めていなかった。

 せっかくなので、いつもは危ないからと、一人では行かせてもらえない猥雑な市場の通りを歩いていく。

 間もなく、果物屋の露店から声がかけられた。


「おや、フィー。今日は一人かい? お父さんは?」


 エプロンをつけた顔見知りのふくよかな女将さんが、こちらに手を振っていた。


「こんにちは。……え、えーと、そう、今日はおつかいなんですっ」


 慌てて、そう言い訳する。

 女将さんはちょっと不審げに首を傾げた後、「ちっちゃいのに、えらいねぇ」と、笑顔でりんごを一個サービスしてくれた。

 私はお礼を言って、それを受け取る。

 広場に向かって歩いていると、露店の金髪のおじさんが「フィー、今日もめちゃんこ可愛いな! どれ、サービスだぞぉ!」と、焼いたお肉を串に刺したものを一個くれた。


 ──あれ? 何だか、みんな、いつもより優しい……?


 首を傾げつつ、串焼きを受け取る。

 いつもは父に恐れをなして遠巻きにしていた人達が、目をギラつかせて、わらわらと私の周りに集まってくる。 


「いつもアガルトが怖い目で睨んでくるから、お嬢ちゃんに近づけなかったんだよぉ……っ!」


「大賢者で父親だからって、こんな可愛い子を独り占めするなんて……! ずるいじゃないかっ」


「きゃわいぃ! きゃわいぃよう!」


「うちの息子と友達にならないか? そして将来は息子と結婚して、うちの娘に……いや、でもアガルトに殺されそうだな……」


 ほっぺをモミモミされ、頭をなでなでされ、色んなお菓子が私の両手に集まる。

 しばらくして、どうにかその集団から脱した。


「……っ???」


 色んな人に揉まれながら広場へ向かう。

 ベンチに座ってから、ようやく人心地ついた。

 たくさんもらったお菓子をリュックにしまい、串焼きをモシャモシャ食べる。

 いつもは父がいるためか、できるだけこちらに目を合わせないようにしていく通行人達が、私を見て破顔する。


「みてみて、あの子。お人形さんみた〜い」


「足が地面に届いてないよ。かわいいっ」


 足が短いことを指摘され、かぁっと顔が熱くなった。

 ──ダメだ。あまり周りの音に聞き耳をたてないようにしよう。

 私はそう頭を振って雑念を追い払い、父の日記を取り出した。

 表紙をそっと撫でて、こわごわとページを開く。




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