油は譲っていただけますか?

『まぁまぁまぁまぁ、皆様おそろいで。あら、お客様?』


 バーンクリット家にお泊まりが決定したそのすぐ後、銀色の髪を腰まで垂らし、紫色のローブを着た華麗なご婦人が居間にやって来た。


『ブレンナ、今頃お出ましか』


 お父様が少し不機嫌そうにそう言うと、


『そうは言いましても工房の大掃除は大変ですのよ! …ん?』


 華麗なご婦人は大掃除をしていたようだ。そのご婦人は、かおるを見つめ、


『どこかでお会いしませんでした?』


 そう言うのであった。


『お母様、お久しぶりです。エリアリアーナでございます』


 一瞬ご婦人が固まる。


『エ、エ、エ、本当にエリアリアーナなの?』


『シンロブモントおじさまに確認を取っていただきました』


『本当に、本当なのね?』


『はい』


 そう言うと、お母様は、かおるに抱きつき、


『よく無事で。よく無事で戻って来ました。母は嬉しいですよ!』


 かおるも抱きしめた。


『ただ今戻りました』



 かおるは、先ほどと同じように、文化も言葉も分らない、異世界日本に飛ばされ、孤児として苦労したこと、あちらではかおるという名で過ごしていたこと、俺と結婚して2児のママになったこと、今回勇者に選ばれた俺に引っ張られる形でこちらに戻って来たこと、勇者のパーティーとしてカーライルたちを付けられたこと、あまりにも辛い過去で、こちらで暮らしていたことを、つい最近思い出したことを簡素に、しかし要点は掴つかんで語った。



『まぁ、それは大変だったわね』



 お母様はそう言うと、かおるが飛ばされた後の話をしだした。


『エリアリアーナが飛ばされた後、転移魔法が使われたことは感知していましたから、アヴァリンに問い詰めましたが、アヴァリンも、意図してやったことではなく、言っていることの要領を得ませんでした。リチャードは、捜索に出ようと言い出しましたが、そもそもどこに探しに行って良いやら分らず、捜索願をあちこちに出すだけにとどまり、議論だけで月日は流れ、結局捜索には出なかったのです。まさか、異世界に飛ばされていたとは…。』


 お母様は、「お触れを出して、探しても見つからないはずだわ」。そうこぼすのであった。


 それで、捜索願を出したことによって、エリアリアーナの行方不明だけは世間に広がり、「私、あなたの娘なんです!」と、見ず知らずの娘が時々、何不自由ない暮らしに目がくらみ、やって来ては魔道具で確認して、追い払うということがあり、いつの間にかそれに慣れた。


『もう見つからないものと、一生会えないものとあきらめていたのですよ』



 話が一区切りついたのを見計らって、二郎が発言をする。


『あの、ご紹介いただいてよろしいでしょうか?』


『あら、まぁ、そういえば、まだだったわね』



 お父様はリチャード、お母様はブレンナ、お兄様はチャールズ、妹はもう紹介済みだがアヴァリンと言うらしい。


『そちらのご家族も紹介していただいてよろしいですか?』


 旦那の二郎、妻のかおる、長女の花菜香はなか、長男の風雅ふうがと順に紹介し、


『そして』


 剣士のジョルダン・カーライル、魔術師のカトリーナ・アンリエッタ、治癒魔術師のメリーア・メンドローサ、メイドのマヤ・ステインと、順に紹介するのであった。



『積もる話しもありますが、お時間ですし、お食事に致しましょう』



 俺たちは食堂に招かれ、


『さぁ、遠慮なく召し上がれ』


 出されたのは料理のフルコース。メインはお魚のフライであった。


「これで油はもらえるわね」


 かおるは嬉しそうにそう言うのであった。



 この家庭の味付けは城のものより味が濃かった。俺は「あぁ、馴染なじみの塩加減だ」と、顔をほころばせながら、美味しくいただいた。


 食事が終わると、風雅ふうがが、リチャードお義父様のところへトコトコトコと走って行き、袖も持って、


「じいじ、じいじ」


 と、言い出した。すると、部屋の空気が一瞬凍る。かおるは、


風雅ふうが!いけません!」


 と、かおる風雅ふうがを引き離す。


「おじいさまに年齢のことは言ってはなりません!リチャード様とお呼びなさい!」


 どうやらこの家庭では、年齢に関することはタブーらしい。


『なぁエリアリアーナ、外国語で分らなかったが、今、何やらイヤな呼ばれ方をしたような気がするのだが』


『聞き間違いではございませんか?何もありませんでしたわよ』


 「ホホホホホ」と言って、外国語であって、意味を取れないことをいいことに、かおるは必至に誤魔化ごまかそうとするのであった。




『…それでですね、お姉様にキャンピングカーに乗せてもらう約束をしたのですわよ』


『ほぉ。そんな珍しい乗り物ごと転移してきたのか』


 他愛のない話をしていると、話題はキャンピングカーに移った。


『何でも、燃料?に、調理場から出た油が必要とのことで、それでお姉様方は我が家にお戻りになったのですわ』


『まぁ、燃料は、馬にとってはエサみたいなものです』


『でも、車は生き物ではありませんのよ』



 バーンクリット家の面々は、キャンピングカーに興味を持ち、明日、みなを乗せてドライブに行くことに決まった。




 あくる日、二郎はいつもの通り、家族で一番に目が覚め、身支度を調えつつ、セバテベスさんに油を用意してもらい、キャンピングカーのもとへ行って、まず、後ろのタンクの燃料を車に入れ、空になったタンクに、今もらった油をこしながら入れていくのであった。


「大勢で食べるとてんぷら油も大量だな。タンクがいっぱいになった」


 客室に戻ると、かおるがちょうど起きた頃だった。


「あなた、いつも早いわね」


「ちょっとキャンピングカーに油を入れてきた。後ろのタンク、いっぱいになったよ」


「あらそうなの。置いておいてもらえば、結構油の心配ってそれほど気にするものじゃないかもね」


 そう話していると、


「ママ、パパ、おはよう」


 子供たちも起き出すのであった。



 朝食の席で、リチャードお義父様は執事のセバテベスさんに、


『今日の登城は昼からにする。そう、城には伝えてくれ』


『かしこましました』



 朝食が終わり、キャンピングカーを玄関に回してきた。しかし、全員は乗れない。そこで乗るのは麻宗家一家と、バーンクリット家一家に、念のため、カーライルに乗ってもらい、アンリエッタ、メンドローサ、ステインには家で留守番をしてもらうことにした。


 全員を乗せ、


『さぁ、出発!』


 俺の運転で、かおるを助手席に乗せて、キャンピングカーは出発したのであった。


 城下町の徐行区間を抜け、東門から出てしばし。人気のない街道が続く。


『わぁ、速いしあまりねないですわね』


『椅子がふかふかだな。どんな構造になっているのだろう?』


 バーンクリット家の面々は、初めての車に年も性別もなくはしゃいでいた。


 俺は調子に乗って、アクセルをべた踏みし、全速力を出してみる。


『おぉ、速い速い!』


 バーンクリット家に面々には好評のようだ。


 そしてしばらくして、かおるは、


「チッ、邪魔ね」


 と、言い、


『大気を潤す大いなる風の神よ、我に大いなる力を分け与えたまえ』


 かおるさん、何か唱え始めちゃったんですけど、


『スペシャル・ブラスト!』


 すると、道の先の先のずーっと先で、で砂埃すなぼこりが舞う。


「なぁかおる、何したんだい?」


「ちょっとゴミ掃除を」


 …深く聞くのはめておこう。何だか怖い。


 しばらくすると、あまり身なりの良くないゴロツキが、道を空けるように、道の両端に倒れ伏しているのが一瞬見えた。


「あれ、かおるがやったのか?」


「まぁね♪」


 そこ、あまり機嫌を良くするところじゃないと思うんですけど!


「ちょっと速度を落として!」


 ふいにかおるがそんなことを言う。


 俺は速度を落とし、かおるの言うように運転する。


「そこの洞窟に入ってね」


『ほぉ。ドルゴネルの洞窟か』


 そこはトンネルのような洞窟であった。


 俺は、電動モードに切り替えて、ライトを付けて、さらに速度を落として進む。


「もうそろそろかしら。止まってライトを消してね」


 俺は言われたとおりにする。


『ほぉ』


『これはまた』


 洞窟をしばらく走り、もう全く光が入ってこないはずであった。しかし、壁がほんのり緑の光を放ち、幻想的な風景になっていた。


『こんなに奥へ入ったのなんて初めて』


『ほぉ。奥はこんなにもバトクリフ苔がいっぱいなのか』


 綺麗な光景に、全員、しばらく見とれていた。




「さぁ、もう少し走ると開けた場所に出るわ。そこでUターンしましょう」


 言われるがままに走ると本当に開けた場所へ出た。そこで車をUターンさせ、来た道を戻る。


『エリアリアーナ、お前の誘導ゆうどうだろ?腕を上げたな』


『いいえ、魔法の練習なんて、長いことしていませんでしたから、あの頃のままですわ』




 そして、王都のバーンクリット邸へと戻り、ちょっとした家族小旅行が終わった。


『あんなに速く走るのに揺れが少なかったな』


『水飲みや休ませる手間がかからなくていいわね』


 バーンクリット家の面々は様々な感想を言い合っていたが、


『車って便利ですわね』


 その一言に、尽きると思った。

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