第7話サイドACE:大統領役、これまでを振り返る

紙の上をボールペンが滑っている。

 「チッ、間違えた」

文字が何行に渡ってもびっしりと書かれた紙をぐしゃぐしゃに丸めて床に捨てた。

 私は今、報告書を作成をしている。せっかく昇格したにも関わらず、初めてこの部屋を案内された時は驚いた。天井には電球1つ裸でぶら下がっているだけの部屋で、何度も部長に机を置くようお願いしたところやっと小学生の頃使っていたような低い机とくるくる回る椅子が用意された。この扱いには満足がいかないが、給料も高くなり出世コースのACEの地位にまで上り詰めたのだから大人しく上の指示に従い悪目立ちをしない方がいいだろう。

 「また間違えた」

 待遇以外に実験報告書に対しても不満がある。いまだに報告書を手書きで作成しないといけないため、どれほど集中しても書き上げるのに大変苦労する。秘匿性の高い情報を扱っているため容易にデータの持ち歩きをしていけないのは分かるのだが、この2040年にパソコンを使っていけないのはさすがに時代遅れも度が過ぎている。今、何度も書き損じている最近実験をした少年の報告書も大変手間がかかって終わりが見えない。

    被験者の名前は夢野こもり。

 彼に対して我が社が行っている実験は予知夢をみる能力を持つことで、人間の性格がどのように変わるかを確かめる実験だ。

 これまで76回も人が死ぬ予知夢を見せた。その結果、夢に出てきた人の死の阻止を試みたが命をこと守ることは出来なかった。そして今回の77回目の実験では幼馴染の死が告げられている。初めて予知夢を見た頃は信じられなかったようだったが、隣の家に住む幼馴染の母親が予知夢通り死んだことから信じるようになった。しかしどれほど抵抗しようとも人は予知通りに亡くなっていった。なぜなら人の死は我々が起こしていたからだ。ある時は食事に毒となる物質を混入させ、ある時は偶然に見せかけ交通事故を起こした。苦しさ歪んだ顔や悲鳴、死ぬ数秒前の笑顔を見聞きして心が痛む瞬間はあったが、これは必要だったものと考える。なぜならばこれから作る社会『万能社会』に向けて必要な実験といえるからだ。

 この実験によってわかったことは人は予知夢を見ることができても心を痛める可能性があるということだ。

 というのも、人間は人の死というセンセーショナルな出来事に対しては予め知っていてもなかなか受け止められないのだ。ましてやそれが不定期に予知夢として一方的に知らされることは耐え難いようで、予知夢を予知夢として認識できてから被験者の体重は現在までで15㎏減少した。またそれまで通学していた中学校で人と関わりを持たないようになり、その後進学した高校にも数日しか通っていない。

 ところが人間とは適応能力が高いためかいつしか予知夢をみることに慣れてしまい、又幾度もの助けられなかった経験から自己否定感が強くなり人命を助けることを諦めるようになった。

しかし最後の実験である77回目の実験において再び抗う姿勢をみせている。その理由は予知夢で死を宣告された人間が幼馴染であるからと考えられる。幼馴染の少女は毎朝被験者の家に来て接触を図ろうとしているし、被験者は幼少期から好意を抱いていると考えられる。そのため今回の予知夢は被験者にとってこれまでの予知夢の中で最も阻もうとしているのだろう。

 今回の予知夢では『被験者のような人』が命を狙うとヒントを出し、被験者たちは特別な能力を持つものという答えにまで至った。しかしこれまで77回の実験を行い、我々が与えた能力に適応していると認められる者を刺客として送るため今回も人命を守ることは出来ないと推測される。

続いて詳しく観察する。

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