第35.5話 舞台裏

 玉座の間にて悠貴達が談笑をしている頃、グリオス隊隊長の1人であるリースリンは、零条美紗を地下牢に連れて行っていた。



「お疲れ様ですリン様!」

「アナタもお疲れ様。アタシが暫くこの娘を見ておくから休憩にでも行って来なさい」

「はっ!了解致しました!」


 リースは看守の魔人族が出ていったのを確認すると、時空属性魔法、音遮断シャットサウンドを唱え周りに音が漏れるのを防ぐ結界を張った。

 結界がきちんと機能していることを確認すると、零条美紗へ話しかける。


「これでアナタと心置きなく話せるわね」

「何をしたんですの?」

「そう警戒しないで。周りに声が聞こえないように魔法で結界を張っただけだから」

「周りに声が聞こえないように………拷問でもするんですの?」

「違うわよ…さっき言った通り、アナタと話したいだけよ。ただ、周りに聞こえると厄介なことになるから、周りに結界を張ったのよ」

「な、なるほど……それで、話とは一体……」

「さっき、玉座の間で魔王達に言われた事についてよ」

「魔王達………もしかしてロゼ王国でスパイ活動をする事についてですの?」

「えぇ、その事についてよ。けど、その前に………その腕輪外しましょ」

「えっ!?ちょっと貴女!?」


 リースは零条美紗の右腕を掴み、腕輪を取り外した。

 いきなり腕輪を外されたことに驚き、彼女は数秒程固まっていたが、腕輪を外す際に自身の身体を電撃が襲ってきていないことに気付いた。


「どういう事ですの?」

「あら?もしかして腕輪を外す時に何も起こらなかった事に疑問を感じているの?」

「そ、そうですわ」

「実はね、あの腕輪には何の効力も無いの。あの場でバルバが腕輪について言っていた事は全て噓ってわけ」

「じゃあ、あの女性の方はなんで……」

「それはあの子が自身に向けて魔法を放ったからよ。つまりは演技よ演技。シュリ出てきなさい」

「はっ!」


 リースがシュリの名を呼ぶと、シュリがどこからともなく現れた。


「っ!?」

「おや?どうしたんっすか?そんな豆鉄砲をくらったかのような顔をして…」

「何処からともなく、いきなり人が現れたら驚くでしょう!?」

「アハハハ、それは失礼したっすね」

「さて、関係者が全員揃った訳だし、本題へと入りましょ。さっき、魔王達からロゼ王国でスパイ活動をやれって言われてたけど、やらなくていいわよ」

「やらなくていいとは、どういう事ですの?」

「言葉通りの意味よ。いや、正確に言うと、スパイのフリをしてほしいのよ。つまり2重スパイをしてくれってことよ。そして、この城ここに攻め込んで魔王と幹部であるバルバ達を、貴方を含む勇者達に討ってほしいの」


 リースの言葉に驚き少し固まっていたが、発言の意を理解した零条は怪訝そうな表情をし、リースへ尋ねた。


「貴女、本気で言ってますの?」

「えぇ、もちろん本気よ。本気じゃなきゃ、こんな事言わないわよ」

「理由を伺ってもいいですの?」

「そうね……言わないと信じてもらえないわよね…」

「リン様…」

「そ、そんなに辛い事なら無理に言わなくてもいいですわよ」


 いきなり顔を暗くしたリースを見て、零条は慌てて自身の発言を撤回しようとした。


「大丈夫よ、今はもうきちんと割り切れてるから。………今から10年前、魔王に恋人を目の前で殺されたの」

「えっ!?」

「魔王にとってアタシの能力は非常に魅力的だったようでね、ずっとスカウトを受けていたの。ただアタシは争い事が嫌いだったから全部断っていたんだけど、ある日恋人が魔王達に拉致されたの」



 そう…今から10年前のあの日、将来を誓い合っていたアタシの恋人であるトムが魔王達に拉致された。一緒に住んでいた家に置手紙が置いてあったのよ。『男が殺されたくなければ魔王城へ来い。そして、魔王ベルゼ様の命令に従え』ってね。


 置手紙を見た瞬間、急いで魔王城へ向かったの。そして、魔王達の元へ辿り着いたのだけど、そこで目に入ったのは不気味な笑みを浮かべている魔王とバルバ達グリオスの隊長達と、身体中痣だらけにされて、半裸の状態で縛られている恋人の姿だった。


「よくぞ来たなリン。どうだ、この恋人の憐れな姿は?此処に連れて来た後、目的を話したらこの男が何をしたと思う?土下座しながら貴様を魔王軍に入れないでくれと懇願したのだ。実に不愉快だったため少しばかり痛めつけてやった」


 そう言った魔王は声を上げて笑った。この時の魔王の笑い声は今でも覚えている。


「……これ以上彼に何かしてみなさい。今すぐここで死んでやるわよ」

「無論、貴様が我輩の命令を完璧にこなせば、何もしないと約束しよう。はな」

「信じるわよその言葉。それで、アタシに何をさせようってのかしら?」

「それはだな………」


 今思えば、魔王の言葉を鵜呑みにして信じてしまったのが間違いだったのよね………


 それから、数日かけて魔王からの命令を完璧に終わらせ、アタシは魔王とバルバ達の前で命令の完了の報告をしに玉座の間を訪れた。


「……以上が報告よ。アンタからの命令は完璧に終わらせたわよ。さっさと彼を開放しなさい」

「フハハハハハ!!実に見事だぞリン。良かろう、約束は約束である。奴を連れてこい」

「了解致しました、魔王様!」


 数日ぶりに会ったトムは少しばかり瘦せ細っており、顔色もあまり良くなかった。

 でも、しっかりとした足取りで歩いていたため、深刻な状態でないは判った。

 そして、縛られていた紐が解かれ、自由になった彼はアタシの元へ来た。


「リン、嫌な思いをさせて済まなかった」

「何言ってるのよ…元々はアタシが魔王達からのスカウトを断っていたからでしょ。けど、これでもう大丈夫。アタシ達の家に帰りましょう」

「そうだね。あぁ、そうそう。家に帰ったら伝えたい事があるんだ」

「伝えたい事?」

「それはn」

「えっ?」


 この時、目の前で何が起こったのか、全く解らなかった。いきなりトムの首が飛び、大量の血を吹き出しながら倒れた。

 けど、数秒程動かなくなったトムを見て、トムは殺されたのだと認識せざるを得なかった。


「ああああああ!!!!なんで!!どうして!!」

「わりぃな、ああいった感動的なシーンを見せられちまうと、ついぶっ壊したくなるんだ」


 声のした方を向くと、血に濡れた剣を持った男が魔王の隣に居た。


「魔王!!彼にはもう何もしないって約束したじゃない!!どうしてよ!!」

「そうだな。確かに、我輩は約束したな。何もしない、と」

「っ!?」

「つまり、オレサマ達が何もしないとは言ってないんだよなあ。それで、この女をどうします魔王様?」

「後々どこかで使える場面があるだろう。地下牢に閉じ込めておけ。もし我が軍に入ると言ったら、その時は歓迎してやれ」

「はっ!承知いたしました」


 それから、茫然としている状態のままアタシは地下牢へ幽閉された。

 20日程、トムが死んだことに嘆き哀しんでいたけど、どうにか抑え込んで魔王達へ復讐する決意を固めたわ。

 復讐を決めた後は、魔王達に従順しているフリをしながら仕事をこなしていき、今の地位まで上り詰めたわ。



「…というわけよ」

「………ぐすっ」

「ちょっと、泣かないでよ」

「こんな悲しいお話を聴いて泣かないなんて出来ないですわ!」

「ふふっ、アナタはシュリと同じで優しいのね」


 リースは優し気な笑みを浮かべて零条の頭を撫でる。


「それで、今の話を聴いてアタシが本気なの理解してくれた?」

「もちろんですわ!必ず魔王達を倒しましょう!!」

「ありがとう。これからはミサって呼んでもいいかしら?」

「構わないですわ。では私も貴女のことをリンと呼ばせていただきますね」

「ちょっと、ウチの事を忘れないで下さいっすよ~」

「ごめんねシュリ」

「す、すみませんシュリ」

「それじゃ、これからの事を少し話すわよ」


 リンは異空間収納ボックスを唱え、異空間から15枚程の羊皮紙の束を取り出す。


「リン、それは一体……」

「これはユキ・ヤガミと言ったかしら?あの男が書いた、今回の作戦の内容が書かれているものよ」

「祟り神が?」

「祟り神ってどういう事なのミサっち?」

「ミ、ミサっちって……まぁいいですわ。あの男が祟り神と呼ばれている理由はですね…」


 元の世界で、悠貴が関わった事で起きた出来事をリースとシュリの2人に詳しく説明する。


「な、なんて男なの…」

「道理で、最近色々変な事が起きているわけっすね」

「やはり貴女達のところでも何かしら起きているのですね…」

「今その話は置いておきましょ。で、明日の明朝、ミサが魔王領ここを発つようになっているわ。シュリを連れてね」

「えっ?シュリを?」

「私達の誰か1人をミサに付けるって話が出た時に、シュリを付けさせるように予め根回ししてたのよ」

「ありがとうございますリン」

「お礼なんていいわよミサ。アタシの復讐のためにアナタを利用しているようなものなんだし」

「ふふ、そういう事にしておくのですわ」


「そして、ロゼ王国の領地に入るまで他の部隊の連中がアナタを監視しているから注意しておいてね」

「了解ですわ」

「シュリ、アナタもよ」

「もちろん、解っていますよリン様」

「ならいいわ。さてと、今日はこれにてお終い。明日に備えて休みましょ」


 そう言ったリースは立ち上がり、シュリと共に牢から出ようとした。が、忘れ事でもあったのか、零条の前で屈みこむと、赤い玉のようなモノを零条へ手渡した。


「リン、これは何ですの?」

「それは通信用の魔道具よ。渡すのをすっかり忘れていたわ。それじゃ、また明日会いましょミサ」

「また明日っす」

「はい、また明日ですね」


 張っていた結界を解き、リースとシュリは牢を後にした。








 魔王城内で、リースの部隊に割り当てられている部屋へ戻ったリースとシュリは、先程リースが話していた嘘で盛り上がっていた。


「しかしリース様、あの嘘はなんだったんですか。途中で吹きかけてしまいましたっす」

「悪かったわねシュリ。けど、あんな感じの話じゃないとアタシ達の事を信用してくれ無さそうだったから、仕方ないじゃない」

「それで、魔王様達に準備完了の報告をしに行くのですか?」

「後で行くわよ。でもアタシだけでいいから、今日はアナタも休みなさい」

「了解しましたっす!」


 元気よく敬礼をしたシュリは慌ただしく部屋を後にした。そんなシュリを見送ったリースは小さな声で呟いた。


「ホントは実話なのよね………先代魔王の時の話だけど………」


ーーーーーーーーーー


お待たせ致しました。

本当ならもう少し早めに投稿したかったのですが、今月は仕事がかなり忙しかったため遅くなってしまいました………

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