第35話 始動

 作戦の最終会議から2日後、魔王ベルゼとグリオスの隊長達、そして悠貴とリースの部下であるシュリが魔王城、玉座の間に集っていた。悠貴とバルバ、シュリ以外、魔法で姿を変えた状態であるが。


「ユキ殿、貴殿は姿を変えなくても良いのか?」

「俺の姿はあいつ等に割れてるから姿を変える必要が無い。それに、わざわざ相手に変装した姿を見せるメリットが皆無だからな。というか、お前も同じだろ?」

「そ、それもそうであるな」

「邪神に変えてもらった姿は、今から始める茶番が終わった後に見せてやる」

「了解だ」


 バルバと話している悠貴へ魔王が近づき、周りに聞こえない声量で尋ねる。


「ユキよ、今になって思うが、本当に今回の作戦は大丈夫なのだろうな…」

「今になってそんな事言うんじゃねぇぞ魔王」

「フハハハハ、直前になっていきなり不安が出てきてしまったからな」

「……万が一の時は俺が何とかしてやるから安心しろ」

「それはもちろん、自爆の魔法以外であろうなユキ殿?」

「………もちろんだ」

「「(今回の作戦を絶対に成功させねば!!)」」


 魔王とバルバが悠貴を死なせないために、気を引き締めた時、外からファニスの声が届く。


「魔王様!!例の者を連れて参りました!!」

「中へ入れ」

「はっ!!」


 これから、悠貴達による茶番が始まる。


 ◇


 魔王の合図でファニスと共に、今回の作戦で使う零条美紗が現れた。もちろん、抵抗させないように手に枷をはめている。

 前に見た時より少し瘦せてはいるが、まぁ問題は無いだろう。使えればそれでいい。


「よう、ここでの暮らしぶりはどうだ?」


 久しぶりに会ったコイツに挨拶すると、恨みの籠ったような目で俺を睨んできた。


「何がここでの暮らしぶりですか!?囚人のように牢屋へ入れられている苦しみが貴方に解りますか!?それに、クラスメイトを殺すなんて……ほんと信じられないですわ!!」

「お前の苦しみなんぞ知らん。で、お前は、俺がクラスメイトを殺したのが気に食わないと……お前等が間接的にだが、俺を殺そうとしたくせにか?」

「当たり前でしょう!貴方は死ぬべき存在なのだから!ひっ!?」

「やめろファニス」

「す、すみません」


 零条が俺に死ぬべき存在と言った時、ファニスが凄まじい殺気を零条へぶつけ、腰に携えている剣を抜こうとした。が、零条をここで殺させるわけにはいかないため、ファニスを窘める。


「ユキよ、雑談はそのくらいにして話を進めようぞ」

「そうだな」

「は、話って何ですのよ…」

「簡単に言うと、お前にスパイ活動をしてもらう」

「スパイ活動?」

「無論、お前に拒否権は無い。拒否した場合はそうだな……バルバ、歓楽街に娼館があるよな?」

「……なるほど。つまり、この者を性奴隷として娼館で働かせるということか」

「そういう事だ。まぁ、娼館以外に屯所でも働いてもらうけどな」

「っ!!」


 自身が凌辱される風景を想像したのか、身体をブルりと震わせた。


「で、どうする?スパイをやるか、凌辱されるか。好きな方を選べ」

「…………スパイになれば、わ、私に何もしないですのよね?」

「そうだな、何もしない」

「わ、分かったのですわ。スパイになりますわよ………」

「そうか…なら、コレをお前に渡しておく」


 懐から小さな赤い玉を取り出し、零条の左手に握らす。


「コレは何ですの?」

「通信用の魔道具だ。ソレを使ってスパイ活動で得た情報をこちらに話してもらう。で、スパイ活動の内容の説明だが…魔王、任せた」

「任された。では人間よ。貴様に与える仕事について話してやろう」


 威厳を見せるためか魔王が玉座から立ち上がり、傍に置いてあったのであろう槍を持ち、零条へ説明し始めた。


「貴様がスパイとして潜入するのはロゼ王国、首都ロゼである。ロゼ王国の情報と勇者一行の情報を集め、こちらへ流すのだ。そして、こちらが指示した日にロゼ王国の兵士と勇者達を特定の場所へ誘き出すことが貴様の仕事だ。理解したか?」

「………何故誘き出す必要があるんですの?」

「無論、勇者達を殺すためである」

「そんな!嘉音様達を殺すだなんて………」

「カノン?それが勇者の名前か?」

「ち、違いますわ!!」

「そうか。では、そのカノンとやらは勇者に関係ある者の名であるのか?」

「そ、それも違いますわ」

「……まぁ、良い。さっさと準備を進めなければな。バルバよ、例のモノを」

「かしこまりました、魔王様」


 バルバは零条の元へ行くと、異空間収納ボックスを唱え、中から小さな黒い丸石が3つ付いている腕輪を取り出す。そして零条の右腕に嵌めた。


「これは……何?」

「口で説明するより実際に見せた方が早い。アレを見ろ」


 バルバが指し示した方には、零条に嵌めた腕輪と同じものを嵌めているシュリの姿があった。


「ユキ殿」

「了解」

「キャアアアア!!!」


 バルバの合図で指を鳴らすと、シュリの身体全体から稲妻がほとばしった。

 そのまま5秒ほど経つと稲妻は収まり、プスプスと黒い煙が立ち上がると同時にシュリはうつ伏せに倒れた。


「っ!?」

「あの魔法が発生する条件は3つ。1つ目は我等が唱えた時。2つ目はその腕輪を無理に外そうとした時。そして3つ目は嘘を吐いた時である」

「う、嘘を吐いた時ですって!?」

「そうだ。その腕輪には細工が施してあって、腕輪を付けた者が嘘を吐いているかどうか判るのである」

「つまり、ああなりたくなかったら完全に俺達に従うしかないわけだ」


 俺がそう言うと、キッと俺を睨みつけてくる。

 あぁ、そうそう。ネタバレをしておくと、零条に嵌めた腕輪、こいつはただの腕輪だ。噓発見器の機能は無いし、無理に外そうとしても何も起こらない。


「この悪魔!!外道!!祟り神!!!貴方なんかあの時死んでれば良かったのですわ!!かはっ………」


 再び俺に暴言を吐いた零条にファニスが腹パンをした。


「おいファニス…」

「すみませんユキさん。我慢の限界です…」

「まぁいい…魔王」

「そうだな。リン、その人間を牢まで連れていけ。その人間への用は済んだ」

「かしこまりました。魔王様」


 変装したリースリンが零条を玉座の間から連れ出したことで茶番が終わった。


「ふぅ………これで終わりか?」

「そうみたいだぜルーチ」

「そうじゃのって、シュリは大丈夫なのか?」

「はい、ウチは問題ありませんデモン様」


 シュリはうつ伏せに倒れていた状態から、何事も無かったかのように立ち上がり、デモンへ無事を伝えた。


「ほう、あの電撃で顔まで無傷とはな」

「参謀殿の指示で、全身を魔力で厚く覆っていたからですフォール様」

「なるほど………」

「参謀殿、これから私達はどのように動けばいい?」

「ベルフ達は指示があるまで魔王領にて待機。来る日に備えて準備を進めておいてくれ。シュリは予定通り、リースと事を進めてくれ」

「了解した」

「了解しました」

「そんじゃ、もう解散だな。何かあったら伝えて下さい魔王様」

「うむ、グリオスの隊長達、そしてシュリよ、ご苦労であった」


 ルーチが玉座の間を出て行った後、ヴァイ、デモンと続いていき、残ったのは魔王と俺、バルバ、ファニスの4人だ。


「ファニス、お前はもう少し我慢というものを覚えろ……」

「ですが隊長!あの女、ユキさんの事を死ねば良かったとかほざいてたんですよ!!そんな事を言われて手を出さないわけないでしょう!!」

「もしあの時、お前が殴ったことであの人間が死んでいたとしたらどうなっていたと思う?」

「それは………」

「想像通り、折角の作戦が台無しになっていたであろうな。お前がユキ殿の事を大切に思っているのは解っている。手を出すなとも言わない。だが、時と場合を選んで行動しろ」

「すみませんでした隊長、魔王様………そしてユキさん」

「フハハハハ!先程の行動は許す!ファニス、お前はまだ若い。多くの失敗をして学び、次に生かせば良いのだ」

「魔王の言う通りだな」


 と言っても、あの時零条が死んだところで、俺は特に気にしなかったけどな。ただ、情報を集める俺達の負担が増えるだけだし。


「ありがとうございます魔王様、ユキさん。次からは気を付けます」

「そうしてくれ」

「ところでユキよ。お前は何時ロゼ王国へ行くのだ?」

「予定としては明日、シュリ達がここを出発した後だ。本当はもう少し魔王領ここに居て、色々と知識を身に着けたかったが、ガルラ帝国の動向が気になるからな」

「前にベルフが報告していた見た事が無い乗り物か…」

「そう。それが何なのか突きとめるためにも、ロゼ王国での仕事をさっさと終らせないとな」

「私もアルゴも精一杯お手伝いしますからねユキさん」

「あぁ、よろしく頼む」

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