第36話 出立

 零条にスパイをしろと命令した翌日の早朝、まだ朝日が出ていない程早いが、俺とバルバと魔王。そして、リースとシュリ、零条はバベルの外にある森の入り口に集まっていた。


「そんじゃ、スパイ活動よろしくな。報告は前に渡した通信用の魔道具でしてもらう。絶対に無くすなよ?それと、俺達を裏切る真似はするなよ。まぁ、勇者やお前の大切な奴等がどうなっても構わないってなら、好きにすればいいけどな。後、お前自身もな」

「もちろん解っていますわよ………」

「ならいい。魔王達は何か言っとく事あるか?」

「フハハハハハ!我輩は特に無いぞ」

「我も特に無いな」

「ならアタシは少しだけ」


 リースは零条へ近づくと、零条の耳元に口を近づけ、何か耳打ちしている。何をしている?

 30秒程でこちらに戻ってきた。先程何を言っていたか訊き出さないとな。


「言い忘れていたが、ロゼ王国に入るまでは、同行させるシュリの他にも、監視用で何人か付けるからな。下手な動きはするんじゃねぇぞ」

「それも解っていますわ。シュリお願いします」

「もちろんです」


 昨日に比べると聞き分けが良すぎないか?玉座の間を出た後に何かあったな?

 ……なんてな。リースとシュリに頼んでいた事、予想以上の効き目が出たようだな。シュリとの仲もかなり良くなっているようだしな。これならば、作戦の第一段階をある程度楽に進められそうだ。


「では、さっさといけ零条。可及的速やかにロゼ王国のスパイ活動を始めろ」

「ちっ!貴方に命令されなくても行きますわよ祟り神!それと、貴方にされた仕打ちの数々、絶対に忘れませんわ!これが終わった後、絶対に貴方を殺しますわ!」

「あっそ、殺したければ殺せば?まぁ、お前に人殺しなんて出来ないと思うけどな」

「………」


 零条は俺の煽りを無視してロゼ王国へと出発した。


「ふっ……スパイ活動が終わる頃にはお前も勇者も終わるけどなって顔をしてるね悠貴」

「居たのか邪神」

「君の作戦が開始される瞬間だからね。見逃すわけにはいけないよ」

「そうか…」


 いつの間にか、俺の背後にズワルトが居た。マジでいつ来たし……


「これはこれは邪神様、おはようございます」

「「おはようございます」」

「うん、おはよ。それより、作戦の第一段階、上手くいきそうで良かったね」

「そうですね。我輩もどうなることやらと思っていましたが、リースとシュリが上手くやってくれたようです」

「うんうん。優秀な部下ばかりで頼もしいね」

「「お褒めの言葉、ありがとうございます」」

「そういやリース、さっき零条に何か耳打ちしていたが、何を言っていたんだ?」

「アレね。アナタが作った偽の作戦書はシュリに渡してあるって言ったのよ」

「了解、リースご苦労だった。後でシュリにもご苦労だったと伝えておいてくれ。アンタのことだから通信用の魔道具を零条とシュリの2人に渡しているんだろ?」

「あら、知ってたの?」

「いや、憶測だ」


 というか、この程度誰でも判ると思うのだが………


「さて、出発する準備を終わらせるから俺は帰るぞ」

「ユキ殿、やっぱりロゼ王国へ行くのを止めた方が良いと思うのだが………貴殿に万が一の事があると…」

「今更言うのかバルバ………何度言われても俺の意思は変わらんぞ」

「しかし……」

「くどいぞバルバ。魔王、お前からも何か言ってくれ」

「う~む…正直我輩もバルバと同じ意見なのだが………」

「お前もか………」


 前から思っていたが、何故こいつらは俺なんぞに価値を見出している?俺ほど価値の無い命を持つ人間はいないと思うのだが…


「あらあら、愛されているわね参謀ちゃん」

「いや、単純にレイリスが悲しむ姿を見たくないからだろ」

「それだけじゃないのだがユキ殿…」

「あっそ。んじゃ、30分後にここへまた来てくれバルバ。ファニスとアルゴ、スパーダ、メガロの4人を連れてな」

「りょ、了解した」


 バルバへそう言い残して俺は転移トランスを唱え家へ帰った。


「………ユキ殿は相変わらずであるな」

「…そうであるな」



 家へと帰るとシエスとレイリスが俺を出迎えた。抜け出したこと、気付かれていたか…


「ユッキーお帰り」

「お帰りユキ」

「ただいま。お前等起きてたのか」

「まぁね。あたし達が起きないように気を遣ってくれたようだけど、居なくなったら気付くわよ。くっ付いて寝てるわけなんだし」

「そうなのか?」


 にしては、いつも俺が起きてから1時間は確実に寝ている気がするんだが…


「で、起きたところ悪いが、飯の準備はまだ終わっていない。とりあえずあと2時間は寝てろ」

「嫌よ。だって、あたしが次に起きた時にはもうユッキーはここから居なくなってるから」

「そんなわけあるか。いいからさっさともう1回寝とけ」

「いやっ!!」

「シエスお前もか?」

「うん」

「なら仕方ない『催眠スリーブ』」


 催眠スリーブで2人を眠らせた後、レイリスをソファへ運び、大きいタオルを掛けた。

 …見た感じ、ちゃんと寝てるな。さっさと準備を済ませて家を出るか…




 約束していた時間になったため集合場所へ行く。

 寝ているシエスを負ぶって集合場所へ着くと、そこには俺が指定した4人とバルバ、魔王、ズワルトそして何故かディアナが居た。

 何故ディアナがいる?


「おい、なんでお前が居る?ディアナ」

「なんでって…もちろん貴方をお見送りしに来たのですよ」

「………で、バルバ、これで全員だな」

「あぁん、そんなぶっきらぼうな貴方も素敵…」


 ディアナを無視してバルバに話しかけると、ディアナが恍惚とした表情をしながらくねくねし始めた。コイツはいつからかこんな変態のような行動をし始めた。いつからだっけか?

 いや、今はこんなどうでもいいことは置いておこう。


「(この精霊、以前会った時と比べ別人過ぎはしないか……)あ、あぁ…ファニスとアルゴ。そしてメガロとスパーダ、ロゼ王国へ行くメンバーは全員揃っているぞ。ところでユキ殿、レイリス様は?」

「あいつなら催眠スリーブで眠らせて家に置いてきたぞ」

「それは良かった」

「そうであるな。我が娘なら無理やりにでも付いて行こうとするからな………」

「だから置いてきた。目が覚めたらロゼ王国に来ないようどうにかしておいてくれ魔王」

「フハハハハハ!任せておくがよい」


 取り合えず、これでレイリスの件は問題無さそうだな。シエスの様子を見る限り、まだ眠っているだろうから、レイリスが来ることは無いだろう。


「お前等、行くぞ」

「はーい!」

「おう!」

「「バルバ様、魔王様行って参ります」」

「気を付けてな」

「ユキ殿、皆を頼んだぞ」

「全員生きて帰させてやるから安心しとけ」


 そして俺達はロゼ王国へ出発した。



「ユキ殿、本当に死ぬんじゃないぞ………」

「我輩は我が娘をどう留まらせるか策を考えるとしよう。バルバよ手伝えるか?」

「もちろんです。………あの精霊はどういたしましょうか?」


 未だにくねくねしているディアナを見ながら言うバルバ。


「………放っておくとするか…」

「………そうですね。って…ん?」


 溜息を吐きながら話す2人の耳に、誰かが自分達の方向に走ってきている音が入ってきた。

 後ろへ振り返り、数秒程門を眺めていると、上空から誰かが降ってきた。


「あたしを置いていくなーーー!!ユッキーーー!!!」

「なっ!?レイリス様!?」

「我が娘よ、何処へ行くのだ!」

「もちろんユッキーの所よ!止めたって無駄だからね!あたしは絶対にユッキーに付いて行くんだから!」


 そう言ったレイリスは足に身体強化の魔法を掛けると、目にもとまらぬ速さでバルバと魔王の間を通り過ぎてしまった。


「「あっ……レイリス(様)!!」」







「………ん、ここはどこ?」

「起きたかシエス。ここはバベルから程近い森の中だ」


 シエスが起きた為、背中からシエスを下ろす。


「そう……あれ?レイリスは?」

「アイツなら家に置いてk」

「つっかまえた!!」


 レイリスの事を話そうとした時、突然俺の背中に誰かが抱き着いてきた。

 傍にいるファニス達が酷く驚いた顔をしている。まさかな………


「お前か……」


 抱き着いてきた人物の正体はレイリスであった。やっぱり付いて来たか………


「ちょっ!?レイリス様、貴女はお留守番ではなかったのですか!?」

「そんなのユッキー達が勝手に決めただけでしょ。あたしには関係無いわ」

「お、おう…流石レイリス様………」

「…ここまで来てしまったんなら意地でも一緒に行くつもりなんだな?」

「もちろんよ!!」

「なら俺達の傍を絶対に離れるなよレイリス」

「解ってるわよ。無理やり付いて来たからには絶対に迷惑になるような事はしないわ」


 さて、結局レイリスも一緒にロゼ王国へ行くことになってしまったか………

 まぁ、結果的にはこれで良かったのかもしれない。ぶっちゃけ、今いるメンバーだと、俺の意見に対してイエスマンになりそうな奴ばかりだしな。

 さてと、改めてロゼ王国へ出発するとしよう。

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