第20話 魔王からの仕事

 魔王との謁見、レイリスと結婚…いや婚約をしてから1週間。俺達はレイリスの転移トランスで魔王からの仕事を受けるため、魔王城の玉座の間を訪れていた。


「よくぞ来た人間ユキ!我輩からの仕事を怖気ず受けに来たことを褒めてやろうぞ!」

「前置きはいい。さっさとどんな仕事をしたらいいか教えてくれ」

「む、むう……そうだな。今回貴様にしてもらう仕事は、ここから南へ数キロ行ったところに小さな湖があるんだが、その湖を調査してくることだ」

「その湖に何かあるのか?」

「そうだ。その湖は最近いきなり出現したもので、地殻変動によって出来たものなのか。それとも他の理由で出来たものなのかを調べてくるのだ!」


 地殻変動以外の理由がよく判らんが、まぁ、調べてくるとしよう。


「分かった。で、調査に行くのは俺とシエスとレイリスだけか?それと、バベルにいる知り合いで連れていきたいやつがいるんだが、そいつの同行を許可してもらえるか?」

「その知り合いが良いと言うなら、同行させても構わん。だが、我が娘の同行はダメだ」

「なんでよお父様!」

「無論、危険だからだ」

「でも!」

「分かった。だが、この仕事は俺を信用出来るか確かめるためなんだろ?監視要員がいなくてもいいのか?」

「ユッキー……」


 今回の仕事にレイリスは関係無いからな。万が一レイリスに怪我でもさせたら、書斎の書物を読めなくなってしまうリスクを考えると、レイリスを同行させないで済むのはいいことだ。


「その事なら心配ない。監視要員としてバルバを連れていってもらう」

「バルバか……いいのか?重役の部下なんだろ?」

「そんな事は気にするでない。今は切羽詰まっている状況でもないからな」


 そういうもんなのか…


「では、準備が出来次第出発するのだ」





 バベルへ戻り、アルフを説得した後、バベルに初めて入ったときに使った扉の前にいたバルバと合流した。


「ユキ殿。そしてシエス殿、アルフ殿、今回はよろしく頼む」

「よろしくバルバ」

「儂は半ば無理やり連れてこられたんじゃがのう」

「その割には随分と楽しそうにしてるじゃないか」

「未知のモノを解き明かすのは学者の浪漫じゃからな」

「お前、学者じゃないだろ」

「ふぉっふぉっふぉっ、そんな小さな事、気にするでないわ」

「小さな事なの?」


 小さな事なのか?


「ハハハハ、ユキ殿達は面白いな。では出発するとしよう」

「道案内は頼んだぞ」

「任せておけ」






 バルバに付いて行き、南下すること約4時間くらいか?

 道中、特に何もなく目的の湖に着いた。


「ここか。件の湖は」

「見た感じ普通の綺麗な湖だね」

「そうじゃのう…」

「魔王様が仰った通り、地殻変動で出来たのであればそんなに問題が無いのだが、他の理由だと少々厄介だな…」


 魔王も言っていたが、他の理由とは何だ?


「バルバ、魔王も言っていたが、地殻変動以外で湖が出来るのか?」

「それは儂が説明しよう。この世界では森や湖といった自然が突然現れることがあるのじゃ。理由は先程から言っている通り地殻変動がある。そして、他の理由は…じゃ」


 精霊だと?


「この世界には精霊がいるのか」

「なんじゃユキ、精霊を知っておるのか」

「前の世界に居た時、本で読んだことがあるだけだ」

「なら精霊の説明をした方が良さそうじゃの。シエスちゃんも聞くかの?」

「うん。わたしも聞く」

「我はその間辺りを見回っておこう」


「では説明を始めるするかの。精霊とは簡単に言うと自然じゃ。とは言っても1匹1匹の影響力は無いのじゃがの。その分沢山集えば辺り一面に自然が出来るほどの存在、大精霊となるのじゃ」

「なるほどな。で、精霊によって出来た森や湖等と普通の森や湖等とで、何か違いとかあるのか?」

「あるぞ。広大な土地であれば良い作物が育ちやすい、森であれば頑丈な木が育つ、湖であれば飲むだけで疲れが取れる程の質の良い水が手に入る等じゃ」

「何で精霊によって出来た自然の方が良いの?」

「詳しいことはよく判ってないらしいのじゃが、精霊が持っている魔力が影響しているらしいのじゃ」

「ふ~ん…」


 だとすると、何故精霊によって作られたものだと厄介になるんだ?


「アルフ、精霊についてはある程度解った。だとすると、この湖が精霊によって作られたものだとなぜ厄介な事になるんだ?」

「それはじゃの、精霊は自身の興味を持つ存在しか近寄らせないからじゃよ」


 自身の興味の持つ存在しか近寄らせない…

 つまり……


「気に入る存在には恩恵をもたらし、気に入らない存在には災いをもたらすってことだな」

「災いと言うほど強烈な事はされぬのじゃが……まぁ、概ねその通りじゃ」


 ここで、静かに聞いていたシエスが手を上げアルフに質問する。


「アルフお爺ちゃん、力尽くで精霊が作ったところを抑えようとしたらどうなるの?」


 それは俺も気になったことだな。その結果は大体予想がつくが……


「力尽くでやった場合はな、恩恵を受けられなくなってしまうんじゃ」

「そうなんだ」


 予想通りの回答だな。だが、もう1つのやり方ではどうなるのかアルフに訊いてみるか……


「他に質問はあるかのう?」

「ある。精霊と対話してみた場合はどうなるんだ?」

「精霊と対話じゃと!?」


 ん?アルフが驚いている……まさか、精霊とは対話するのが不可能とかじゃないだろうな。


「その反応を見るに、精霊とは対話するのが不可能なのか?」

「……そうじゃ。精霊は特殊な言葉を使うらしくてな、この世界の誰であれ対話することが不可能なのじゃ。儂も若い時に30年程、精霊と話せないかどうか挑戦してみたが無理じゃったわい……」


 そう悲観するアルフ。だが、俺にはあの能力がある。精霊相手にも発動するか判らんが、やってみる価値はありそうだな。


「アルフ、俺なら対話をすることが出来るかもしれんぞ」

「なに!?それは本当か!?」

「ユキ、もしかして……」

「そういう事だシエス。さて、辺りを見回っているバルバと合流するか」

「2人で納得しておらんで儂にも教えてくれい!」





 その後バルバと合流し、2時間程、湖の周辺を調べてみたが特にこれといったものは無かった。


「ふむ、これだけ調べて何も無いとなると、地殻変動で出来たものと見て良さそうじゃな」

「まだ湖の水は調査していないが、おそらくそうであろうなアルフ殿」

「それじゃ、わたしが水を汲んでくる」


 異空間収納ボックスを唱え、異空間からコップを2つ取り出し、湖の淵まで歩いて行く。

 水を汲もうとコップを湖へ突っ込んだ瞬間シエスの身体が突如吹き飛ばされた


「きゃっ!」

「シエスちゃん!?」

「シエス殿!?」

「ちっ、間に合うか」


 アルフとバルバが突然起きたことに固まって動けないため、俺が動く。

 足を身体強化し、瞬間的に加速してシエスが吹っ飛んでくる場所へ先回りし、シエスをキャッチすることに成功した。だが、勢いが凄いため、キャッチしたまま俺ごと吹っ飛んだ。

 けれど、衝撃を上手く外へ逃がすように転がったため、大きな怪我をせずに済んだ。


 まぁ、木にでもぶつかっていれば、怪我をしていただろうが……


「ユキ殿!シエス殿!大丈夫か!?」

「どこも怪我をしとらんじゃろうな!?」

「俺は問題ない。おい、シエス大丈夫か」

「ん……わたしも大丈夫。ユキが助けてくれたから」

「それは良かった……しかし、今ので判明してしまったな…」

「そうじゃの…」


 シエスを吹き飛ばしたのは恐らく精霊。つまり、この湖を作ったのは精霊という事になる。


「精霊がこの湖を作ったと判った以上、長居は無用だな。魔王城へ帰るとしよう。皆もそれで良いか?」

「儂は賛成じゃ」


 魔王城へ帰るか…それも良いが、やる事をやってからだな。


「バルバ、アルフ、1つやりたい事がある。それをやってからでいいか?」

「やりたい事?それは別に構わないが…」

「ユキ、何をするつもりじゃ?」

「ふん、見ておけ…」

「ユキ…気を付けてね」

「……あぁ」



 俺は湖の淵へ立ち、こう喋った。


「精霊とやら、姿を見せろ。話がしたい」

「ユキ殿!それは…」

「バルバよ、ユキもその事は知っておる。何か考えがあるのじゃろう…少しの間見守ろう」

「アルフ殿…分かった」


 俺の発言を聞いて、バルバが俺を止めようとしたらしいが、アルフが気を利かせてくれたようだな。

 で、精霊の方は何も反応無しと……


「おい、俺の言葉が聞こえないのか?さっさと姿を見せろ」


 そう言うと、湖の中央辺りの水の一部が宙へ浮いて行き、ヒト型へ変化していく。

 そして最終的にサリーの様な物を着た成人女性へと姿を変えた。水である為、着ていると言っていいのが判らんけどな。


「【汝、この湖へ何の用だ】」


 ふむ…精霊の言語もいけるようだな。


「精霊とやら、お前と話をしたくてここへ来た」

「【話……汝、まさか私達精霊の言葉が解るのですか?】」

「あぁ、解るぞ」

「【……本当のようですね】」


「ユキの奴、まさか精霊と話しておるのか!?」

「そうみたいだな……」

「ユキなんだから当然出来る」

「ユキ殿は一体何者なんだ?」


 後ろでバルバ達が何か言っているが、今は目の前の精霊に集中しよう。下手をすると殺される可能性があるしな。


「【汝、話とは一体どのような事ですか?】」

「それは、この湖の水を少し頂きたいという内容だ」

「【そのような事ですか…】」

「ダメか?」

「【…………いいでしょう。但し条件があります】」


 条件…損をする理由ならすこし危ない事になるかもしれんが、断るか。


「分かった、条件を教えてくれ」

「【それは最低7日に一度私と話をする事です】」

「…それだけか?」

「【はい、それだけです】」


 …………7日に一度話をするだけか。


「交渉成立だ。だが、ここへ来るのに徒歩だと効率が悪い。何か良い方法は無いか?」

「【では、これをお受け取り下さい】」


 精霊がそう言って、湖の中から20cm程の大きさで菱形のサファイアのようなモノを飛ばしてきた。


「こいつは何だ?」

「【それは私の魔力を込めた魔石です。その魔石の魔力でここへ転移トランスして下さい】」


 魔石…魔晶石とは違うのか…後でアルフに訊くとしよう。


「有難く受け取ろう。それと、お前の名前を教えてくれ。次回来た時お前の事を呼ぶ際、精霊と呼ぶのはどうかと思うからな」

「【名前……個体名ですね。すみません、私達精霊には個体名がありません】」

「そうか。であれば、俺が勝手に付けるがいいか?」

「【構いません】」


 名前…………そうだな…


「ディアナというのはどうだ?」

「【ディアナ…いい響きですね。今日から私はディアナです。ところで、汝の名前は?】」

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は矢神悠貴、異世界から来た人間だ」






 その後、精霊ディアナに別れを告げ、バルバ達と共に魔王城へ向かった。

 そして今は報告をするために、玉座の間にいる。


「ユッキー、シエスお帰り!怪我してない!?」

「問題ない」

「私も大丈夫」

「ほうほう、この娘が魔王様の娘でユキの結婚相手か…」

「アルフ殿、レイリス様を眺めてないで魔王様への報告を済ませましょう」

「ほっほっほ、すまんのう」


 俺とバルバで今回の仕事結果について報告をした。


「以上が湖の調査結果だ」

「先ずはご苦労であった。してバルバ、今の報告は本当であるな」

「はい、本当でございます魔王様」

「(であれば、前代未聞の事になるぞ…)分かった。皆の者、今回の件は他言無用にしておくのだ。精霊と対話が出来るなんて話が広まれば厄介な事になるからな」

「「はっ!かしこまりました魔王様」」


「で、魔王。俺は合格なのか?」

「勿論合格だ。我輩の予想を遥かに超えた事をしでかしたのだからな」

「なら、少し頼みたい事があるんだがいいか?」

「よかろう、申してみよ」

「書斎にある、魔王の許可のいる書物を閲覧させてほしい」

「なんだと!?」

「ユキ殿そ、それは…」


 む?やはり重要な物であるから無理か?


「…………人間ユキ貴様、我輩達魔人族を絶対に裏切らないと誓えるか?」

「誓える」

「ならばよかろう。後程、貴様の魔力に反応したら封印が解けるようにしておく」

「ま、魔王様よろしいのですか!?」

人間ユキならば問題無かろう」

「魔王様がそう仰るのであれば…」

「すまんな魔王」

「貴様を信用した結果だ、気にするでない」


 さて、要件も済ませたことだし宿へ戻るか。


「またな魔王、俺はそろそろ帰らせてもらう」

「分かった。ゆっくりと休むがよい」

「またね魔王」

「失礼します魔王様」

「あっ、ユッキー待って!あたしも行く!」




 魔王城を出た俺達はバベルへ戻り、アルフと別れた後、シエスとレイリスと共にエオスの宿へ帰った。

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