第7話 最初のデータ






 クレナによる講義は終了し、ジンはルブルムについてをある程度知る事が出来た。

 切の良い所まで話し終わったクレナは、様子見を兼ねて一度ネイト達の所へ戻る事とになった。


「おぉ、丁度良い所に来たな。今整備が終わった所だ」

「ありがとう、ヴェルカーさん」

「おう。詳しい話はネイトにでも聞いてくれ」


 ジン達が格納庫へ入ると、ヴェルカーは仰々しい防護服で彼らを出迎える。

 最新型の防護服はもっと薄いらしいが、ヴェルカ―の着ている防護服は古い物でありゴツい。


 見てても特に面白くないオッサンを半ば無視してジン達が格納庫へ向かうと、ネイトはまだコックピットで作業をしていた。


「お疲れ様、コイツはもう動くのか?」

「んー? リアライザーの安定稼働までは出来るようになったんだけど、やっぱりまだまだデータが足りないから……カタログスペックは出てないね。でも軽い戦闘位は出来るだろうし、そうした動きをすればデータも結構増えるだろうから……ちょっとヒューゲル試験場まで行ってきてくれないかな?」






 ――――――――――――――――――――






 ネイトとヴェルカーによるアルゴンの整備は一旦の終了を迎えた。

 整備自体は終了したのだが、アルゴンは実戦データを取る必要がある状態だ。

 クレナとは一旦別れたジンは出撃をする為、自分のプライベートルームへ向かった。


 その動かす機体アルゴンは既に搬入されており、ジンは迷うこと無くアルゴンへ乗り込むとエントリーボタンを押して機体を起動させる。


 するとジンの元へ通信が入ってきた。名前は表示されていないが、発信元はアルゴンと表示されている。

 特に断る理由も無いジンが応答すると同時に、アルゴンのメインモニターには紫髪の少女が映し出された。


「……誰?」

「始めましてマスター、私は当機体のバディです」

「バディ……? あ、ミドリが出力足りなくて起動しなかったとか言ってたヤツか」


 ジンに話しかけた少女。

 彼女の瞳は緑色であり、顔は感情を感じさせない無表情が張り付いている。

 そうした表情で紫色の上着を着るその少女は、ジンが唯一知ってるバディ……ミドリより機械的な印象を与えた。


「そりゃご丁寧にどうも、俺はジンだ。お前の名前は?」

「ありません。生まれたばかりですから」

「そうか……なら“アル”ってのはどうだ? 機体名から取った安直な名前だが、呼びやすい方が良いだろ」

「私の名前はアル……。ありがとうございます、マスター」

「おうよ」


 アルと名付けられたバディの少女はジンに感謝の言葉を口にするが、表情は一切変わらない。

 だが声色が僅かに変わっていた事から、ジンはこれで良かったのだろうと察する事が出来た。


「……んじゃ、ヒューゲル試験場とやらに行くか」


 その様子に満足したジンは、アルの映るウィンドウをメインモニターから左のサブモニターへ移動させた。

 そしてすぐに出撃を始めようとしたのだが、それはアルによって引き止められる。


「少々お待ち下さいマスター、まずはこの機体のマニュアルを閲覧する事をオススメします」

「ん~……他の機体と特に変わらねぇんだろ?」

「はい、現状の大まかな所は他の第九世代機と変わりません」

「なら今は良い。……あ、そうだ。到着後で良いんだが武装リストはサブモニターに表示してくれ」

「了解しました」


 ジンは右のサブモニターから、出撃地点をヒューゲル試験場に指定した。

 これは大体どの地点でも指定出来るらしいが、作戦地域近くの拠点に降りるのがベターらしい。


 指定を受け入れた格納庫はサイレンをけたたましく鳴り響かせ、アルゴンを格納庫ごと移動し始めた。

 それと同時に、メインモニターへ発進準備の文字が現れる。


 しばらくすると部屋の動きが止まり、メインモニターでは準備が終わるまでのカウントダウンが始まった。

 機体の周囲が粒子で赤く染まると同時に発進準備の文字が完了に切り替わり、ルブルムに向けて扉が開かれる。


「っし……ジン、アルゴン。出撃する!!」

「その掛け声は必要ですか? マスター」

「あると面白いだろ? 雰囲気なんだよ、こういうのはさ」

「そういう物ですか……」

「そういうこ……とっ!」


 メビウスからの降下において、特に難しい事は存在しない。

 ジンが右のフットペダルを思いっきり踏み込むだけで、アルゴンはメビウスから勢いよく射出された。


 赤色に煌めく粒子と共に落下しているアルゴンだが、ジンにその様子を見る暇は無い。

 何故なら断熱圧縮で機体周囲が燃えており、そちらに気を取られているからだ。


 しばらくはそこを注視しているジンだが、装甲部分が燃える事は無く地上へと到達した。


「まもなく地表です、着地の衝撃に備えて下さい」

「了解!」


 着陸は半自動で行われたのだが、かなり早い段階から逆噴射が始まっている。それでも速度を殺すのはギリギリだ。

 他の機体で同様の降下を行っていないジンは気付けないが、データ不足が原因の出力不足はこういう場面へ響いている。


 それでも幾分かマシな稼働を見せるアルゴンは、なだらかな丘の広がるヒューゲル試験場へ到着した。


「武装とマップをサブモニターへ表示します」

「うわっ、マジかよ……」


 アルはジンに言われていた通りサブモニターへ武装を表示した。

 だがそこに並べられた兵装は、両肩の低出力レーザー砲がそれぞれ一門ずつだけ。


 今になって『他の武器を買っておけば良かった』と思いジンが空を仰いだ時、ちょうど上空から別の機体が降下していた。

 その機体は赤く、ライフルを手に持って大剣を背中に背負っている。


「アレは……クレナか?」

「そのようです。通信が来ていますが、応答しますか?」

「頼む」


 ジンはアルに指示を出す。

 するとメインモニターには新たなウィンドウが出現し、クレナとミドリの顔が映し出された。

 その顔には僅かな怒りが浮かんでいる。


「ちょっと、何で武器も持たないで先に行くのよ!」

「いや……だって他に武装あると思うじゃん? それにほら、クレナは来てくれるだろうなーって思ってたから」

「まぁそんな事だろうとは思ってたけど……。これあげるわ」

「おー、サンキュー!」

「ったく、この男は……」


 クレナは悪態を付きながらライフルを差し出す。

 軽い態度でアルゴンジンがライフルを持つと、マニュアルがインストールされた。


 その大半を無視したジンだが、時折拾った情報も存在する。

 それはこのライフルが訓練用の低出力レーザーライフルらしいという事と、エネルギー供給はカートリッジ式ではなく持つだけで供給出来るという二点だ。


 このゲームにおいて弾薬や機体の修繕費等は自腹であり、その弾薬を消費しないという点は金の無い今のジンにとって非常に好都合な物だった。


「最初のターゲットは向こうに用意しておいたわ。操作方法は分かるわよね?」

「おう」


 ライフル系武装の使い方はチュートリアルで学んでいる。

 視点を簡素な構造のターゲットに向けると、コンソールには訓練用ターゲットと表示された。


 ジンは右レバーの中指にある当たるトリガーを長押しでロックオンし、人差し指のトリガーで銃撃した。

 銃弾は中央こそ外したが、しっかりと命中している。


 反動は小さくエネルギー消費も少ない。ジンにとって、その銃の触り心地は悪くない物だった。

 まだいくつかのターゲットが残されており、ジンはそこへ向けていくつかの弾を連射した。


「流石ね」

「まぁな。でも若干物足りないな……」

「そう? 初乗りだから丁度かと思ったけど。……物足りないなら私と模擬戦しない?」

「まるでVフィーアFフリューゲル引退の時みたいだな。良いぜ、望む所だ」


 こうして再び刃を交える事となったジンとクレナだが、あの時の勝利はジンの作戦勝ちという面が強い。

 両者の純粋な腕で勝った訳では無いのだ。


 そうしたVFの時とは違い、二人の戦いは何の合図も無く始まる。

 しばらくは様子を見る両者だったが、最初に斬り込んだのはあの時と同じくクレナだ。


「刃は潰してあるから、安心しなさい!」

「鉄塊当たれば痛てぇだろ! 安心出来っかよ!!」


 ジンは勢いよく振り下ろされた大剣をライフルで受け止めた。VFの時であればクレナが押し勝ち、ジンが押し負けていただろう。

 だが前と今では状況が違い、完全な拮抗状態を作り出している。


 アルゴンはこれでもカタログスペック、つまり全力を出せていない状態だ。その事実を肌で感じ取ったクレナは軽く恐怖し、同時に言い様の無い高揚感を感じていた。


 対するジンも余裕綽々という訳でも無く、武装に乏しい事から打開策が多く無い。

 しばらく行動を考えたジンは一つの策を使う事にし、大剣を受け止めているライフルに入れる力を一瞬だけ抜く。


 すると機体重量も含めてた全力を入れていたフェンサークレナが倒れ込む形になり、アルゴンジンは少し下がって斜めから膝蹴りを狙った。

 だがジンの手口を知っているクレナはそれを簡単に回避し、アルゴンの走り回って翻弄し始める。


 ジンは渡されたライフルで何とか足を止めようとするが、予想以上に早いフェンサークレナにその銃弾は全く当たらない。


「あの時とは全く逆ね。足の速さなら、今は私の方が上よ!」

「クッソ……自分の戦法を相手にやられると、こんなにウザいとはな! そら文句の一つも言いたくなるぜコンチクショー!!」


 埒が明かないと感じたジンは、自身が最も得意とする作戦へと行動を変える。

 肩に取り付けられているレーザー砲をフェンサーに向けて撃つ……と見せかけて、適当に地面へ連射して土埃を巻き上げた。


 フェンサーは大剣を刃先を下とした斜めの構えでそれを防御し、攻撃が来ない事を確信すると土埃を斬り上げた。

 そしてクレナは最初と同じく、勢いよくアルゴンジンへと斬りかかった。


「小癪な事を!」

「装備は違うが、コレだけはあの時と同じだな!!」

「何を……なっ!?」


 アルゴンは確かにそこに存在した。

 だがジンはフットペダルを限界まで踏み込み、一気にブースターを吹かす事で急旋回したのだ。


 しかもそれはただの回避では無く、フェンサークレナの横を真正面に捉え射撃する為の行動でもあった。

 トリガーを連打してライフルを連射するジンだが、以外に素早く反応し銃弾は全て防がれてしまう。


 そしてクレナはそのままアルゴンジンへと接近し、首元へと大剣を突き付けた。


「……アタシの勝ちね」

「クッソ、今回は俺の負けか~」

「ふふふ……状況は確かに同じだけど、装備の差は出てるわね」

「あー、だな」


 ジンは負けを認めてライフルを下ろし、クレナも大剣を下ろしてアルゴンに向き合った。

 今回の戦いはクレナの言う通り、VF時代の装備であればクレナに痛手を負わせられただろう。

 だが今ジンにはその装備が無い。


「はぁ~……やっぱ作戦だけじゃクレナには勝てないか」

「あら、結構良い線行ってたわよ?」

「あの時のやり返しか? 全く……」


 口では文句を言うジンだが、口元には笑みが浮かんでいる。


「……じゃあ、私は先に帰るわ」

「おう、またな」


 クレナは一足先に帰還する事となり、ジンはもう少し機体を動かす為にヒューゲル試験場へ残った。

 だがその前にジンはバディアルと話をする為、操縦装置から手を離して左サブモニターへと身体を向けた。


「で、どうだアル。正直耐久型は趣味じゃないから、戦果は微妙かもだが……」

「いいえ、稼働の為に最低限必要なデータは取得出来ました。……ですが今のままでは、私の方がマスターに釣り合っていません。まだまだ稼働データも戦闘データも、全てが不足しています」

「じゃあどうするってんだ?」

アルゴンに乗り続けて下さい。そうすれば、きっと私はマスターに相応しい機体モノになります」

「なるほどね……。コイツは面白い、これからよろしく頼むぜアル!」

「はい、マスター」


 相変わらず変わらないアルの表情だが、その声だけは僅かに弾んでいた。






 ――――――――――――――――――――






 CカラミティAアーマーズでは、プレイヤーが自分で機体を整備する事が出来る。

 一部の特殊な機体や整備が苦手なプレイヤーはやっていないが、クレナは自分で機体を整備するタイプのプレイヤーだ。


 そんなクレナはジンと別れた後、自身のプレイベートルームへと戻り愛機である赤いフェンサーの整備をしていた。

 基本的には本職の整備士に任せる事の多い彼女だが、今回のように軽微な損傷や出撃毎の整備は自分で行っている。


「――中々やるね、ジン君は」

「えぇ、本当に……マトモな装備が無いのに良くここまでやるわよね」


 クレナがミドリと話ながら向ける視線の先には、脚部に発生した損傷部分。原因は土埃を越え、横から奇襲された時の攻撃。

 そこでアルゴンが連射した訓練用レーザーライフルが一発だけ命中していたのだ。


 恐らくあのまま戦闘を続けていれば結果は大きく変わり、ジンが勝っていただろう。

 そしてこれはまだ不完全な機体での戦果である。


「――ジン君はどこまでやれるんだろうねぇ~」

「どこまでもやって貰わないと困るわ、その為の機体だもの……」


 クレナは静かに呟き、整備を続けた。





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