第二章 その名は星を越える戦士たち

第8話 レベリングミッション1






 ヒューゲル試験場でのデータ収集を終え、メビウスのプレイベートルームに戻ったジン。

 彼は機体を整備をする前にカスタマイズをしようとしたのだが、そこでは小さな問題が発生していた。


「――まさか機体カスタマイズが全然出来ないとはね」

「申し訳ありません、マスター」

「別にアルを責めてる訳じゃないさ。たまにはこういうのも良いだろうよ」


 アルゴンは機体カスタマイズがほとんど出来なかった。

 武装や一部の追加パーツ等は使用可能なのだが、腕や足等の主要パーツは変更が出来ない。


 ジンが慌てて読んだ紙のマニュアル曰く、“そういう事が出来る機体じゃない”そうだ。

 その代わりと言っては何だが、様々な武装へ適応出来る他……何やら特殊な機構を有しているらしい。

 もっともデータ不足の為、現状だとそれらは使えないらしいが。


「……ま、何とかなるだろ!」


 VFではキャラクターを自身に合わせ、徹底的にカスタマイズしていた。だからこのゲームでは多少縛るのも悪くないだろう……と、ジンは楽観的に結論付けた。


 特にすることの無くなったジンはネイトにアルゴンを預け、その長い一日を終えた。






 ――――――――――――――――――――






 アルゴンのカスタマイズ項目が少ないと判明したその翌日、その日もジンはCAを遊ぶ為にログインした。

 すると彼の目に映るのは真っ白な訓練施設……では無く、自身の機体であるアルゴンが格納されているプライベートルーム内だった。


 どうやらあの施設で目覚めるのは、初回ログイン時だけらしい。


「――まぁ当たり前か……」


 そう呟いたジンは軽く勢いを付けて立ち上がると、アルゴンの元へと向かった。


「おはようございます、マスター」

「おはよう、アル」


 どうやらネイトによる整備も終了しているらしく、ジンがヒューゲル試験場で付けた汚れが綺麗に落とされている。

 更に昨日は一切の武装を持っていなかったのだが、今日はレーザーライフルとバスターソードを装備していた。


 レーザーライフルは訓練用の物を気に入ったジンが購入し、使うことにした物だ。

 対するバスターソードはネイトがレーザーライフルのオマケでくれた物であり、盾としても使用出来る程に頑丈と熱弁していた。


「さてと、今日はどうするかねぇ……」


 このゲームで唯一の知り合い、クレナはしばらく都合が合わない。

 行き先や行動に迷ったジンはとりあえずアルゴンのコックピットに座り、行動可能範囲の狭いマップを眺めていた。

 そうして唸っているジンに提案を投げかける為、アルはメインモニターに移動する。


「レベリングミッションを受けてみるのはどうですか?」

「レベリングミッション? 何ぞそれ」


 レベリングミッション、それはリンカー個人への信頼と戦闘経験量を五段階評価で表した物……リンクレベルを上げる為に設定されたミッションだ。


 機体とバディがクァドラン粒子の過供給……つまりカウスの濃度にどれだけ耐えれるかという指標でもあり、受けられる依頼と行動可能エリアに関わるそうだ。

 カウスではクァドラン粒子の濃さとグルム敵機カテゴリー強さが比例しており、自然と戦えるグルムの強さも変化する事となる。

 ある意味で免許証のような役割を持っているそうだ。


 そうしたランクの外……つまりジンのような初心者は、エアスト近郊で行われるレベリングミッション1かヒューゲル試験場のような場所でしか行動を取る事が出来ない。

 他のエリアに行きたいのであれば、しばらくはこうしたミッションを受ける必要があるようだ。


「んじゃ、それ行ってみるか」

「了解。降下準備を開始します」






 ――――――――――――――――――――






 エアストと呼ばれるその場所。 そこではかつて、多くの人々が暮らしていた。

 βテスト時はリンカーも利用していた都市らしく、その頃から最重要拠点の一つとされていた。

 そしてそれは今でも変わっておらず、最重要拠点の一つと位置付けられている。


 そうした都市周辺ではまだ生身で作業を行っている人も存在する為、クァドラン粒子を多く放出されるブースターやレーザー兵装の使用は制限される。

 また直接の降下も制限される為、レベリングミッションを受けるには少し離れた位置へ降下。そこから指定された都市内の施設へ歩いて向かう必要があった。


 ジンが集合場所である施設へ入場すると、そこにはフェンサーが沢山集まっていた。ジンは後に聞く話なのだが、フェンサーはCAにおける初期機体。優秀な拡張性も相まって、多くのリンカープレイヤーが長きに渡って愛用しているそうだ。


 そうした中に入る専用機アルゴンはやや目立つ。

 何度か視線は飛んできたが、特に絡まれる事は無くミッションが始まった。


「よく来たなひよっ子共! 俺が今回のミッションの指揮官だ。ここへ自ら来たという事は、俺の訓練を受けたいという思いがあるのだろう。その意義や良し!! 」


 ――このミッション受けねぇと他の所に行けねぇんだよ!!


 そんなツッコミの衝動を押さえ、ジンを含めた十数人のリンカープレイヤー達は指揮官の言葉を待った。


「まぁ他にもCAを上手に操縦したい、リンクレベルを上げたいといった様々な思いを抱えているだろう。だがそれらを成したいのであれば、俺の命令は絶対に従って貰うぞ。分かったか!」

「「「は、はい!」」」

「よろしい、では訓練を開始する!!」


 指揮官による操縦指南はチュートリアルの再確認みたいな内容であり、特筆する事は特に無い。

 強いて言うのなら、チュートリアル以上に戦闘を意識した指南だった事位だろう。


 指揮官からの手解きは無事に終わり、残すは実技演習のみとなった。

 ジンが同じミッションを受けた新人リンカーと戦線を張っていると、前方から全高五メートル程度の丸い機械集団が視界に入った。


「――あそこに居る丸っこいのがグルムってやつか」

「はい、Typeクルスのローラー型だそうです。初期に開発された機体であり、一機であれば大した脅威にはなりません。ですが兎に角数が多いので注意して下さい」

「……そんな情報どこで手に入れたんだ?」

「ミドリさんに教えて頂きました」


 ジン達の乗る第九世代CAは三十メートル級であり、今回襲撃して来たクルスとは兵装のサイズから出力に威力等の全てが違う。

 群れない限り大した脅威では無いのだが、それでも昔は苦労した……と指揮官が言っていた。


「第一線が突破されました。前方から五機、来ます」

「オーケーオーケー、どんと来ーい!」


 早速油断した新人が戦線を崩し、第二線で待機するジンの元へ敵機が近づく。

 フォルムが丸い事もあって扱いは完全に動く的だ。


 レーザーライフルで敵機をロックオンしては引き金トリガーを引き、近接攻撃や回避をする事のないクルスは簡単にその数を減らした。






 ――――――――――――――――――――






 初陣でクレナと互角に渡り合えるジンに、カテゴリー1のクルス程度では相手が務まらない。

 予想以上に早くミッションを終えたジンは手持ち無沙汰になってしまったのだが、その理由はアルゴンにある。


 起動時から動作が不安定なその機体は出撃毎に、軽くでもメンテナンスをする必要があった。

 昨日は時間が遅かった事からログアウトしたが、今日はそれほど時間が経っていない。

 つまりジンはもう少し遊びたいのだ。


 彼が特にやることも無く暇つぶしを探して歩いていると、ふとアルゴンの元で作業をしているネイトと目があった。

 ケーブルまみれのコックピットから身体を乗り出し、ジンへ防護服越しに顔を覗かせる。


「どうしたの? ジンさん」

「いや~、メンテ待ちの間暇でな……。暇潰しになる物を探してたんだ、邪魔になったならスマン」

「そう? じゃあこっちも丁度時間待ちだし、私が話し相手になってあげるよ。この機体の話もしたかったからさ」

「あー、確かにマニュアル見ても全然分からなかったんだよな……説明して貰えるとありがたい」


 そこから始まったのは、ネイトによるCAの技術的な解説だ。

 小難しい話は苦手なジンだが、書面よりはマシな上……使う物はちゃんと知っておきたいという思いもあり、話を聞き続ける事にした。


「まずライズリアライザーを動かすには、イニティウム鉱石から作られるクァドラン・キューブが必要……というのは知ってるよね?」

「あぁ、クレナに教えて貰った」


 CAの動力炉であるライズリアライザーはクァドラン・キューブを消費し、電気的エネルギーを生み出す。

 その過程で生み出される物質がクァドラン粒子であり、ネイトが防護服を着ている理由だ。


「このライズリアライザー、凄い所は排出物質でもあるクァドラン粒子を様々な形で再利用出来ることなんだ」


 CAが登場して以降に開発されたライズリアライザーは、排出したクァドラン粒子を再びエネルギーとして利用する事も可能になっている。


 更にそうした利用方法の他にもコックピットから機体の随所へ命令伝達物質として動いていたり、ブースターの推進剤やレーザー兵装の弾薬としても利用されているそうだ。


「一石二鳥どころか三鳥じゃねぇか……」

「そうだよ! でも推進剤としての使用に限ってははメリットばかりじゃ無くて、まだ人が住んでたりする市街地周辺での使用が縛られる結果にもなっちゃってるのよねー。ほら、ジンさんがさっき行った場所とか」

「あー、エアストだっけ? 確かにそうだったな……」


 ネイトは近くにあった工具を持ち、器用にジャグリングしながら話を続けた。


「で、ここからがあの機体アルゴンの話。通常の機体はライズリアライザーが一つなのだけど、何とアルゴンには三つ搭載されているわ」

「三つあるとどうなるんだ?」

「単純に強くなる!!」


 ――すげーバカっぽい、多分祖父の血だコレ……


 ジンはそんな感想を心に抱いたが、それは顔に出ていたらしい。

 すぐにネイトに小突かれてしまった。


「今バカっぽいとか思ったでしょ! でも実際強いのよ?」

「本当に?」

「……まぁその分制御が複雑化してて、OSも流用出来なかったから全然性能を出し切れてないのは事実だけど」

「おいおい」


 ジャグリングを止めて反論するネイトだが、最後は随分と声を小さくしての反論となった。

 何でも現状は目標スペックの十数パーセントも出ていないらしい。


 確かにジンの感覚的には、今のアルゴンよりチュートリアルで乗ったフェンサーの方が僅かに出力は勝っている。

 機体は大きく重い上、こうして頻繁な整備が必要とする。総合的な面から評価すれば強いとは言えないだろう。


 だがそれは自身が装備を使い切れていないせいであり、機体スペックが全てではない……とジンは考えていた。

 それは半分間違いであり、半分が正解だ。


「――つまりコイツはまだまだ強くなるのか。俺が扱いきれてないだけで、今のままでも弱く無いと思うんだがなぁ……」

「んー! この機体のスペックはこんな物じゃないのよ!! お爺ちゃんから設計図は奪い取ってあるから、アレを見ながら話すわよ!!! 」

「……あ~、長くなりそうなら俺ちょっと外探索してくるから。後はよろしくー!!」

「むぅ……これからが良い所なのに」


 設計図を広げだしたネイトの様子に悪い予感がしたジンは逃げ出し、ネイトは残念そうにその背中を見送る。



 プライベートルームを飛び出したジンは適当に走り、やがて綺麗な景色が見える場所へと辿り着いた。


 そこは天井がガラス張りになっており、宇宙と赤い星ルブルムを一望出来るように設計されている。

 ジンが初めてCAをプレイし訪れた訓練施設、その外と同じ光景だ。


「あの星も中々だが、星を囲むコレも中々だよな……」





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