第6話 クレナとミドリのルブルム教室






 ジンは自身の機体となるアルゴンを受け取る為、クレナの手を借りてルイーナへ赴いた。


 行きはメビウスからの降下だったが、帰りは輸送機を呼んで近くの拠点に輸送。

 そしてそこからプレイヤー達リンカーの拠点であるメビウスへのテレポートという、スムーズな移動手順が取られていた。


 帰ってからはなるべくノンビリしたいジンだったが、クレナ曰く“アルゴンの不調はなるべく早く対処した方が良い”らしい。

 ジンは何をする暇も無く、次の目的地である居住ブロックの一角へと連れて行かれた。


 クレナと共に訪れたそこはCA用のパーツを売る小さな店らしく、接客を行うであろうカウンターの上にはやたらと工具が転がっていた。


「こんにちは、ヴェルカ―さん居ませんかー?」


 大声で家主を呼ぶクレナだが、返事は無い。


 扉を挟んだ先にはリンカープレイヤーが持つプライベートルームのような格納庫も存在し、CAのメンテナンス施設としても機能するようだ。


 痺れを切らしたクレナが工房へ入り、ジンもそれに続く。

 すると彼らの耳には言い争いの声が届いた。


「――何言ってるの!? 理論上が大丈夫でも、実際は違うかもしれないじゃん!! こんな危険な実験させられる訳ないよ!!! 」

「分かった! 分かったから……」

「いっつもいっつも、これで何回目よ!! これじゃその内死んじゃうよ!? 」

「スマン……でもな」

「でも? 何!!」

「いや後ろ……」

「後ろ? 何が……あっ」


 どうやら初老の男性を怒鳴っていた女性はかなり頭に来ていたらしく、男性に言われて初めてジンとクレナの存在に気付いたらしい。

 彼女は少し顔を赤らめたが、咳払いをして空気を無理やり変える選択肢を選んだ。


「ようこそお二人さん、私はネイト。んでそこに居るのが私のお爺ちゃんで、ここの店主ヴェルカ―」

「よろしく頼む」

「久しぶりね、ネイトにヴェルカ―さん。コイツが“あの機体アルゴン”のパイロットに選ばれたジンよ」

「おう、何かタイミング悪かったっぽいけど……よろしくな」

「ふむ……」


 自己紹介するジンに対し、ヴェルカーは値踏みするような視線で彼を見る。

 だがすぐネイトに小突かれてしまい、肩を落として別の部屋へと逃げた。


「で、要件はアルゴンのメンテナンスで合ってるよね?」

「えぇ、それで合ってるわ」

「オッケー、じゃあ機体を呼び出すけど……良いかな? ジンさん」

「頼む」


 超巨大人工衛星メビウスの中は、文字通り超巨大だ。

 アルゴンを保管している格納庫のあるプライベートルームのブロックからここに機体を移動させるまではそれなりの時間が必要となり、待ち時間では少しばかりの雑談が繰り広げられた。


 結果ジンが知ったのは、アルゴンの構造が特殊な事。

 そして一般の整備士にはほとんど整備出来ず、ネイトにはその整備が出来る事だ。


「だから今後もアルゴンの整備は私に任せな!」

「そりゃありがたい話だけど、対価はどうすれば良いんだ? 俺まだ金も何も持ってねぇが……」


 この世の中に等価交換では無い関係は存在しないとジンは考えてる。

 無償で受ける訳が無いだろうと思い、その質問を投げかけたが結果は違い――


「――いらないわよそんな物。……ジンさんがアルゴンに乗り続けるならね?」

「え、マジで?」

「マジだよ」


 返ってきた答えはそんなものだった。

 ジンを見つめるネイトの顔には先程までの笑みが消え、真面目な物になっている。 だがそこには僅かに不安も混じっていた。


 ジンは何かを言おうと必死に言葉を探していたのだが、待っていた物アルゴンが到着する事によりその必要は無くなる。

 わざとうるさく設定されているであろうサイレンが鳴り響き、ネイトが立ち上がった。


「さぁ荷物の到着だ、早速見るとしようか」

「おいネイト、最初は儂も手伝うぞ」

「ありがとうお爺ちゃん」


 別室へ行っていたヴェルカ―もサイレンを聞きつけて合流し、アルゴンのメンテナンスが始まった。






 ――――――――――――――――――――






 ネイトとヴェルカーの二人にアルゴンを見て貰った結果、起動状態でもう少し放置する必要があると分かった。

 ルイーナ内部の施設でミドリの立てた予想は正しく、ライズリアライザーの実働データがもう少し蓄積されるまでアルゴンはまともに戦えないそうだ。


 時間を持て余したジンとクレナの二人。

 一先ひとまずはミドリに結果を報告するべく、クレナのプライベートルームへ行く事とした。


 CAの動作を補助する為に搭載されたAI、バディ。

 文字通り相棒である彼ら彼女らと会話をするには、基本的にCAのコックピットへ座る必要がある。

 だがここプライベートルームだけは例外であり、機体のサブジェネレーターを起動していればいつでも会話が可能となるそうだ。


 クレナが呼び出したミドリにアルゴンの調査結果を報告すると、少女にしか見えない彼は綺麗なドヤ顔を披露していた。


「で、この後はどうするんだ?」

「私がこの世界……ゲームについて色々教えてあげるわ。時間は大丈夫?」

「大丈夫だ、頼む」

「ちょっとぉー! 無視しないでよぉ!!」


 やや面倒なミドリを無視し、クレナの話は始まる。



 ――現在リンカープレイヤー達の戦場となっているルブルム・テルース、そこには元々多くの人々が暮らしていた。


 彼らは高度な文明で自らの住まう星を制し、自分達を含めた生物全てを制し……完全な理想郷ユートピアとも言える環境を手にしていた。

 今でこそ大気が赤く染まり動植物が極端に少ないこの星だが、その昔は自然豊かなとても美しい星だったそうだ。



 だがそうした理想の環境も、実に呆気ないほど簡単に崩れ去ってしまう。

 武力による争いが無くなったかと思えば、今度は環境問題が発生したのだ。


 高度な文明社会という物は、莫大なエネルギーを使用する。

 その事は彼らとて最初から理解しており、多種多様なエネルギー資源を使用する事によって枯渇までの時間を遅らせていた。


 だが彼らが生活に用いたエネルギーの量は予想以上であり、その多種多様なエネルギー資源は長くも短い期間で大半が使い尽くされてしまったのだ。

 また問題はそれだけでは無く、いくつかのエネルギー資源が発生させた環境汚染物質が地表を蝕み始めた。


 それは流石に不味いと感じた人々は、巨額の資金と余りある技術の数々を投じ……新時代エネルギー研究所と呼ばれていた施設を設立した。

 その組織は一種の機械生命体であるルフス・エフェクターを作成し、状況の改善策を作り出そうと試みたのだ。


 だがそうした行動を起こした時、星の環境は既に限界的な状況となっていた為に新エネルギーの開拓も行われる事となった。


「――その結果見つかったのが、今まで使用される事となる鉱石……イニティウム鉱石よ」

「イニティウム? 何じゃそりゃ」

「簡単に言えば、まぁ……ちょっと色々ヤバい石炭みたいな物よ」

「なるほど」


 その鉱石は精錬する事により、クァドラン・キューブという物質へ変化させる事が出来る。


 そうして出来上がったクァドラン・キューブは、特殊な機械を通す事で電気的なエネルギーを発生させ活用された。

 だがそれと同時に、クァドラン・キューブはとある粒子も発生させた。


「――とある粒子?」

「そう。今のメビウスやルブルムにある全ての機械、そして兵器CAに使われている物。クァドラン粒子……」


 クァドラン粒子はクァドラン・キューブより扱いやすく、命令信号伝達物質としての性質も持っている。

 そうした性質が判明した頃には“新時代エネルギー研究所”も“グルム研究所”へと名前を改められ、大いに研究が進められていた。


 研究は順調に成果を上げ、それを生かした旧時代エネルギーからの転換も進んでいた。

 クァドラン粒子は扱いを、最高効率を誇るエネルギー資源として重宝される事となったのだ。


 そう……この時既に、人々はこの粒子の危険性を知っていたのだ。

 少数の研究者が危険性を唱えるのに対し、群衆は気を付けて使えば良いと使い続けた。

 他に道は無かったが、人々は結果的に誤った判断……そして最悪の結果へと進む事となってしまう。



 当初は未完成だったルフス・エフェクターが完成した事、それが今に至る全ての始まりであった。

 完成したルフス・エフェクターは人々の管理下から外れ、暴走を始めてしまったのだ。


「――えぇ……何で? 何でルフス・エフェクター暴走したん……?」

「さぁ? この時代の人は皆死んでるし、当人に聞くしか無いんじゃないかしら。話を続けるわよ」


 人の手から解き放たれたルフス・エフェクターが次に取った行動は、その本体が置かれているグルム研究所を乗っ取る事。

 勿論人々がただで最後の管理を手放すはずも無く、研究所奪還に動いた人々とは数度の攻防を繰り返した。



 戦闘を行えば、当然周辺設備にも損害が発生するものだ。

 それはイニティウム鉱石やルフス・エフェクターと並列で研究されていた、クァドラン粒子の研究装置も例外では無い。


 装置が受けたダメージは甚大な物、そしてそれを止める者も修理する者も居ない。

 そこから始まったのが第二の暴走であり、人工島に作られたグルム研究所はクァドラン粒子に飲み込まれてしまった。


 そうしてルフス・エフェクター、粒子研究装置は共に廃棄される事となった。


「――ちなみにこの時に損傷した装置が、今CAや各所で使用されているライズリアライザーの初期型だったりするんだ」

「へ~。……でも何で研究所を廃棄する必要があったんだ? 破壊なり何なりすれば済む話だろ」

「クァドラン粒子が無害な粒子なら良かったんだけど、人体にはとてつもない毒だったのよ。今ほど対抗策が開発されてなかったお陰で、当時は何も出来なかったと聞いているわ」

「……なら俺達が生身で外に出たのも不味かったんじゃねぇか?」

「私達の身体は一種のサイボーグだから大丈夫……という設定よ」

「なるほど」


 人々がそうした事態への解決策を考えている中、一方のルフス・エフェクターは未だに成長を続けていた。

 やがてそれは人々への宣戦布告をするまでに至り、ルフス・エフェクターは旧時代の兵器をベースとした新たな兵器を作り上げる。


 ルフス・エフェクターが操る兵器の数々は研究所の名前にちなんで“グルム”と呼称され、最初こそは人類側が圧倒出来ていた。

 だがルフス・エフェクターは効率的に生産拠点を抑え、徐々に人々を圧倒し始めたのだ。



 また人体を蝕む危険を孕んだクァドラン粒子、その使用を封印する試みも行われていたそうだ。

 だがこの段階では既に生活必需品の大半がクァドラン粒子を必要とする物に置き換えられ、旧時代のエネルギーも枯渇するか抽出方法を消失。

 他に使える物がほとんど無かった事から、それは成されなかったらしい。


「――そして何より、重機として開発されていたCCalamityAArmorに使われる燃料としての価値が高すぎたんだよね」

「へ~……」

「ちょっ、ミドリ! それアタシのセリフ!!」

「ニヒヒ~♪ 早く続きを話さないと、僕が全部話しちゃうよ?」

「ん~! もう、分かったわよ!! 話せば良いんでしょ話せば!!!」


 重機として開発されていた物を戦闘用に換装した、二十メートル級の機体。

 これが世界で最初に開発された、後に第一世代と呼ばれる事になるCAだ。


「あ、ちなみに今アタシ達が乗っているフェンサーとかジンのアルゴンは三十メートル級の第九世代ね」

「ほー、大分世代が進んでるんだな~……」

「βテスト? の時は第九世代と同じ三十メートル級の、第八世代CAを使用してたらしいね。……僕は実物を見たこと無いけど」

「まぁ第八世代は使いにくいから、未だに戦闘で使うのは一部の物好き位。見かけないのも無理がないわ」


 この世界に生まれたCAは幾年も激しい戦いを繰り広げては改良を加えられたが、それはルフス・エフェクターとて同じである。

 グルムも改良を重ねられ、やがてCAの世代に当たる物が生み出された。


「――それがカテゴリー。今は1~4のカテゴリーでランク分けされていて、数字が大きい程最近登場した強い敵という事になっているわ」

「まぁ近々増えるんじゃないか? なんて噂もあるけどね」


 だがそんな技術競争もやがて終わりを迎え、ルブルム・エフェクターと人々の両陣営は技術的停滞を迎えた。

 それは突破口の無い戦いの始まりだったが、同時に仮初の平和の始まりでもある。


「――ここまでが大体β以前の出来事よ」

「結構深いんだな……」

「じゃあ最後に、私達リンカーの目的を話すわね」


 リンカープレイヤーの最終目標、それは勿論ルフス・エフェクターの討伐だ。

 だがそれをする為には味方拠点の防衛、そして多くのグルムを撃破する事が必要である。


 また現状グルムの拠点と考えられている場所であり、“カウス”と呼ばれる場所の攻略が今の一番近い場所に存在する目標となっているようだ。


「なぁ、カウスって何だ?」

「クァドラン粒子が特に濃いエリアの事よ。有視界距離が短い上に、敵の強さが半端ないのよ。あの辺はもうヤバヤバのゲキヤバよ」

「まぁ~……ただ相手が強いだけじゃなくて、こっちも強くなれるんだけどね」

「と言うと?」

「CAのライズリアライザーはクァドラン粒子の吸気をする事で、性能を上げる事が出来るのよ。ただし濃度が濃すぎる場合は機体が対処出来ずに暴走する場合もあるんだけどね」

「まぁ初心者は行かない方が良い場所の一つだね。特にジン君が行けば、色々な意味で痛い目にあうと思うよ」





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