第5話 アルゴンとの出会い






 主要なシステムの使い方をほぼ記憶したジンは、ようやくチュートリアルエリアを脱出した。

 そんな彼の目に最初に映るのは暗い宇宙、そして赤い大地≪ルブルム・テルース≫の二つである。


「おぉ、スゲェ~……」


 そんなジンの立つ場所は、超巨大人工衛星メビウスと呼ばれる場所だ。


 そこはルブルムをぐるりと取り囲む程に大きな、円環体リング型の人工物。

 リンカープレイヤーの拠点としての機能以外にNPCの生活環境としての性質も持っている場所だ。

 ジンが物珍しそうに辺りを眺めれば、メビウスからルブルムに向けて時折赤い光が降り注いでいる。


 目新しいものだらけで行動に困るジンだったが、ゲーム内メッセージにクレナから連絡が届いている。

 そこに書かれた内容曰く指定されたエリアに向かえば良いらしく、ジンはそこへ向かう事にした。


「マップとかメッセージ辺りのUIはVフィーアFフリューゲルと変わらないから操作が楽だな……っと、こっちか」






 ――――――――――――――――――――






 ジンが指定された場所に到着する頃、クレナは既に到着していた。

 彼女ももジンと同様にアバターを変えておらず、互いはすぐに認識する事が出来る。


「よ、遅くなって悪いな」

「大丈夫よ。こっちこそ慣れない場所を連れ回してごめんなさいね」

「おう。……で、これからどうするんだ?」

「私の機体でジンに使って欲しい機体を取りに行くわ。……付いて来て」

「おーけーおーけー」


 ジンは言われた通り、クレナを追いかける。

 すると機体の格納庫が多く存在するエリアへと到着し、いくつある扉の内の一つへ迷わずに入って行く。


 クレナを見失わないようにジンも早足入室したその場所は、外の見た目に反して意外と広い空間となっていた。


「ここがリンカー達に個別で与えられるプライベートルームよ、機体が手に入ればジンも使えるようになるわ」

「ほうほう、なるほど……」


 置かれているインテリアだが、これらはプレイヤーリンカー自身でカスタマイズする必要があるらしい。


 特定の場所は凝ってある割に雑に作られた場所が所々存在している辺り、こういう所にもクレナの癖が出ているのだろう。

 そうした事を考えながら内装見ていたジンだが、流石に見過ぎだったようだ。


「……何見てるのよ、さっさと行くわよ」


 ゲームの中とは言え、自分の部屋を他人にジロジロ見ては欲しくないのだろう。

 『自分だって同じだな……』と軽く反省したジンは、弁解する暇も無く先へと行ってしまったクレナを追う。


 そうしてジンが辿たどり着いた場所である格納庫、そこにはどこか見覚えのある赤い機体が置かれていた。


「これは……チュートリアルにも出てきたフェンサーってやつか?」

「そうよ。二人乗り出来るようにセッティングしておいたから、さっさと乗って頂戴」

「へいへい、全く。そんなプリプリすんなっての……」

「プリプリなんてしてないわ……よっ!」

「イッテェ! おま、足は止めろって!!」

「ほらさっさと来なさい、置いて行くわよ!!」

「わーったわーった! けど回りは作業中っぽいが、行っても良いのか? ……ッテテ」


 ジン達がコックピットへ向かう為の動線は最低限確保されている。

 だが今は巨大なブースターユニットを取り付けている最中らしく、いくつかの作業用アームがせわしなく動いていた。


 事情を詳しく知らないジンからしてみれば、そこを通るにはそれなりの勇気が必要だ。


「あ~……真っ直ぐコックピットに向かうのなら大丈夫よ」

「ほう、つまり寄り道をすると?」

「最悪の場合って前提条件は付くけど、まぁ……アームやらパーツやらに潰されてぺちゃんこになるんじゃないかしらねぇ? 」

「うわぁ……マジで? 初デスが労災案件とか嫌だわ……真っ直ぐ行こう……」

「それで良し」


 作業を続けるアームの下を潜り抜けてキャットウォークに登り、ジンとクレナはそこからコックピットへと入っていった。


 コックピットの内装ははチュートリアルの時と全く変わっておらず、既に機体は起動している。

 そしてバディが表示される左サブモニターには、メガネをかけた緑髪の女の子が映し出されていた。


「紹介するわ、コイツが私の相棒バディのミドリ」

「やぁ、僕がそこの脳筋をサポートしてるミドリだ。よろしく」


 ミドリはメガネに手を当てながらそう言ったが、それを聞いたクレナは渋い顔をしている。


「……あ、チュートリアルでも聞いたと思うけど、バディっていうのは機体の動作を補助してくれるAIよ」

「あーアレか、人間かと思ってたぜ……。改めまして、俺はクレナのライバルをやってたジンだ。こちらこそよろしくな、嬢ちゃん」

「僕は男だよ」

「……マジで?」

「残念ながらマジよ。初めて合う人は皆、ジンと同じ反応をするけど……」

「あのね? 別にクレナが決めた訳じゃないけどさ……僕を選んだ相棒としてその言い草はどうなんだい? ねぇ??」

「んー、あーあー! 知らない、可愛い女の子と思って選んだ子が男の娘だったなんて知ーらなーい!! そんな事より、さっさとジンの機体を取りに行くわよ。舌噛まないように気を付けなさい!!!」






 ――――――――――――――――――――






 丁寧に取り付けられたブースターユニットは途中で故障する事も無く、無事にクレナ達をルブルムの大気圏内へと送り届けた。

 クレナは手慣れた操作で大気圏降下用の耐熱シールドをパージし、更に数分程ブースターユニットを使用する。


 そうしてジン達一行が到着したのは、とある雪山のふもとだ。


「――ここは?」

「ニックス大陸のメンシス山……と言っても分かりにくいわよね。まぁ雪山よ雪山、それ以上知りたかったら右モニターのマップでも見て頂戴」

「オーケーオーケー。じゃあ目的の物は?」

「もう少し先にあるわ。……ミドリ、ピンをお願い」

「了解、座標は前回のデータを参考に設定しておいたよ」

「ありがとう」


 メンシス山の麓、その場所はとても酷い吹雪が吹き荒れる場所だった。

 機体が凍りつく……までは無くとも、視界は劣悪。周りには敵どころか味方の姿さえ見えない。


「――エクリプスの連中が護衛に付いてるらしいけど、全然姿が見えないわね……」

「えっ、それ大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。機体には各種センサーがあるし、この辺には敵も出ないし……まぁ保険ね」

「あー、そういう……」


 クレナはミドリの仕掛けたピンを目指してフェンサーを走らせた。


 彼女の指示を受けたフェンサーはブースターを吹かしながら雪面を駆け、同乗しているジンは多少雑な運転で体を打ちつけている。だが何をする事も出来ない、文字通りお荷物のジンは黙って運ばれるだけだ。


 そうして降下から更に十数分程走り、ジン達はメンシス山を登った。

 だがクレナは山頂まで行かず、中腹にある洞窟へ入る。


「ん? 吹雪が止むのでも待つのか?」

「いいえ、この先に目的の物があるのよ」


 若干屈んだ状態で進むフェンサーCAには暗視機能も付いてるらしく、途中からはミドリがその機能を有効化して見やすくしてくれた。


 そうした場所をしばらく進んだジン達は、やがて少し開けた場所へと辿たどり着く。

 辺りには装飾を施された白亜色の柱やレリーフが多く存在し、この場所の機能を示している。


「ここは……神殿か?」

「そう、ここは“ルイーナ”と呼ばれる古代の神殿。……ここからは歩きになるから、降りるわよ」


 クレナはフェンサーを駐機体勢にし、コックピットを開けた。


「え~、降りるのか……」

「目的の物はこれフェンサーじゃ行けない所にあるの。少し周りを探索する時間位はあるから、早く来なさい」

「しゃーねぇなぁ……」

「いってらっしゃ~い。頑張ってね、ジン君」

「へいへい、頑張って来ます……よっと」


 渋々フェンサーのコックピットから降りたジンは、周りを軽く探索してからクレナの元へ向かう事にした。


 軽く見渡した限り、この場所への入り口は彼らが入って来た所だけのようだ。

 そして入り口や各所の柱には、月のレリーフが施されている。


 この場所には通気孔どころか採光口すら無いが、後から設置されたであろうライトのお陰で明かりは確保されていた。

 恐らくは調査か何かをする為、人の手が入っているのだろう。お陰で足元の心配は無い。


 そうした場所の中央……フェンサーの真正面には、ライトアップされた石板が鎮座している。

 石板にはいくつかの文字が刻まれているのだが、それはこの世界特有の文字らしく彼に内容は理解出来なかった。


 だが石板は非常に精巧な技術で作られている事が分かる。

 また文字が書かれている場所の上には、三人の女神が沢山の人々に手を差し伸べる姿が描かれている。


 ジンはもう少し辺りを見回すが他に気になるような物は無く、クレナの元へと戻っていった。


「――気はすんだかしら?」

「おう、こんな行き止まりじゃ確かにアレフェンサーは使えないな」

「理解してくれてありがとう。じゃあ行くわよ」


 ジンの返答を聞いたクレナはペタペタと壁を触りだした。

 突然何をするのかと思えば壁の一部がスイッチになっていたらしく、押し込むと通路が出現する。


 その中は神殿と雰囲気が一気に変わって金属が多用されており、メビウスに近い雰囲気を持っていた。


「何だここ……」

「全てが始まった場所にして、例の機体が開発された場所。……まぁ私も詳しい事は知らされていないから、あまり詳しくないんだけどね」


 ジンとクレナの二人が金属製の通路を進むと、やがてモニターやコンソールが沢山付けられた場所へと辿たどり着いた。


 どうやらそこは司令室らしく、ここから施設全体の操作を行えるらしい。

 部屋の一面はガラス張りになっており、ガラスの向こう側に鎮座する機体が真正面から確認出来る。


「さぁ、あれがジンの機体よ。通路は確か……こっちだったわね」

「ほぉ……」


 司令室を真正面に捉えるその機体は、いくつかの補助パーツに支えられた状態で直立している。

 クレナはコンソールを操作してジンを機体の元へ向かわせた。


 メインカラーは装甲にも用いられている紫だが、所々に走るラインカラーは緑だ。そこに白をアクセントが加えられており、全体的に丸いフォルムをしている。


 足裏がキャタピラな事までを確認したジンは、機体の外見観察もそこそこにコックピットへと座る事にした。


「……ん? 何だこれ」


 ジンが座るとした座席の上には、日本語で書かれた紙のマニュアルが置いてあった。

 どうやらそのマニュアル曰く、この機体の名前は“アルゴン”というらしい。重量二脚に分類される機体であり、防御を得意としているようだ。


 マニュアルは後で読むとして、座席に座ったジンはコックピットを見回す。

 何か目新しい物があるかもと機体するジンだったが、そこはチュートリアルと変わらず……クレナの機体フェンサーも同じだった事から、恐らく共通規格が用いられているのだろうと予測した。


 そうした共通規格が量産性が上がるだけでなく、使用方法を一々覚えなくていいので非常に楽だ。

 いざアルゴンを起動……としようサブモニターへ視線を向けるジンだが、そこには本来あるべきエントリーボタンが現れなかった。


 しばらくは自分でどうにか出来ないか考えるジンだが、彼にはどうする事も出来ない。

 流石に長時間音沙汰無ければクレナも異常を察知したらしく、ジンの元へとやって来た。


「ジン、どうしたの? CAの起動方法はチュートリアルと変わらないはずだけど」

「……コイツはエントリーボタン出ねぇんだが、どうすりゃあ良いんだ?」

「大抵はリンカーが機体に近づくとサブジェネレーターが起動して、エントリーボタンを表示出来るようになってるはずなんだけど……おかしいわね……」


 しばらくはコックピット周辺を見回すクレナだったが、彼女は次第に自分だけではどうにも出来ない事を悟った。


「一旦施設から搬出するわ。フェンサーを上に持っていくから、指示があるまで司令室で待ってて頂戴」

「りょーかい」

「ここからは通信を使って会話するわ、使い方は大丈夫かしら?」

「おう、VFのテレパシーみたいなやつだろ? 大体分かってるから大丈夫だ」

「オッケー。じゃあちょっと行ってくるわ」


 クレナは研究施設の外へフェンサーを動かす為、アルゴンの元から小走りで去っていった。

 その間ジンは司令室で待機していたのだが、時期にクレナから通信が入る。


『ジン、聞こえてるかしら? そこらにヤバそうなボタンがあったら押して欲しいんだけど……』

「おう、ちゃんと聞こえてるぞ。……でヤバそうなボタンって、この赤いやつか? “DANGER”って明らかに押しちゃダメな感じの」

『そうそう、それを押して頂戴』

「了解! こういうの普段押しちゃダメなボタンを押すのって、何かこう……背徳感があって良いよな」


 ジンはボタンのガラスカバーを上げ、保護されていた赤いボタンを意気揚々と押す。

 それによりアルゴンが置かれている場所の天井が開き、強い冷気と共に積もっていた雪が落ちてきた。


 上で待機していたクレナフェンサーはそこから飛び降り、アルゴンの横に駐機状態で停止した。


「で、どうするんだ?」

『フェンサーでブースト起動が出来ないか試してみるわ、ちょっと手を貸して頂戴』

「へいへーい。このゲーム本当に細かい所まで作り込んであるんだな~……」

『……面倒ではあるけど、楽しい事も多いわよ』


 クレナはフェンサーを降り、ジンと共に作業を行った。

 フェンサーに搭載された動力炉……ライズリアライザーという部品から、アルゴンのコックピットへと細いケーブルが繋がれる。


『エントリーボタンが出たらすぐに押して頂戴、多分この方法は何回も使えないから』

「分かった」


 クレナはフェンサーに戻り、幾度かモニターを操作した。

 それから少しすると僅かに機体アルゴンが振動し、右のサブモニターだけが点灯する。


 唯一表示されたそのモニターにはエントリーボタンが出現し、ジンがそのボタンを押すことでアルゴンは起動することが出来た。

 するとコックピット内ではサブモニターだけではなく、メインモニターにも明かりが灯り……ジンはようやくコックピットの中から外を確認出来る状態になった。


「っしゃ、上手く行った!」

『一回だけで上手く行って良かったわ……。じゃあ後は帰還するだけね、補助パーツを外すから転けないように気を付けて頂戴』

「りょーかい」

『ちょっとクレナ、ケーブルの回収も忘れずにね?』

『分かってる分かってる! そっちは後でやるのよ!!』


 クレナは再びフェンサーから降り、司令室へと向かう。

 そしてジンへ合図を飛ばすと同時に、いくつかのコンソールを操作してアルゴンを固定していたパーツを外した。


「っととと……」

『おや? 大丈夫かい、ジン君』

「あぁ、かなり動きにくいが多分大丈夫だ……」


 アルゴンの現状を例えるなら、それは病人の体のように反応が悪かった。

 だが先程までの一切動かない状態と比べれば改善傾向にあり、軽い動作レベルは出来るようになっている。


 本当であれば軽く飛び回ったりで機体の使い勝手を見たいジンだが、フェンサーとのケーブルが繋がったままなので下手に機体を動かせない。

 そのケーブルをクレナが外しにアルゴンへ来ている途中、ミドリは何かがピンときたような声を上げた。


『ねぇクレナ、この機体が起動しなかった原因が分かったよ』

「……何が原因だったんだ?」

『フッフッフッ……この天才、ミドリちゃんが教えてあげよう!』


 彼女……ではなく彼曰く、アルゴンが起動しなかった原因はデータ不足。


 この機体アルゴンは市販されている機体であれば満たされている、機体を最低限動かす為のデータ……特にライズリアライザー関連のデータが不足していた。


 その為に起動すらままならなかったのだが、こうしてフェンサーと接続する事によりある程度の稼働データが吸収・蓄積された。

 お陰でライズリアライザーの起動を可能にした……というのが彼の予想らしい。


 悪意があればブロックしていたが、他人の機体フェンサーをどうこうする物では無く……単にデータをコピーしているに過ぎなかったため、ミドリは無視していたようだが。

 またライズリアライザーの出力が足りなかった事により、本来この場で起動するはずのバディも起動していない。


 アルゴンのコックピットでジンと共に話を聞いていたクレナは顎に手を当てて頭を回し、一つの結論を導き出す。


「これはあの人の所へ行った方が良いかもしれないわね……」





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