第2話 意外な再開






 VフィーアFフリューゲルを引退しメールを受け取った翌朝、迅翔ジンEExceedSStars社へと向かう。

 到着した後の事は昨夜のメールで丁寧に指示がされており、少しの疑いを持ちながらも迅翔はその指示に従う事にした。


「副社長をお連れしますので、少々お待ち下さい」


 すると迅翔すぐに応接室へ通され、しばらく待つ事となる。

 そこで出された茶菓子はかなり値の張る有名な店の物であり、しっかりとした味はあるがしつこく残りはしない。

 非常に迅翔好みの美味しい品だ。


 彼がこうしてのんびりとお茶を味わっていると、先程迅翔を案内した受付の人。そしてもう一人、いかにも仕事が出来そうな顔と服装の女性が付いて来ていた。


「お待たせしました。私があなたをここへ呼び出したES社の副社長、星野ほしの紅葉いろはよ」

「そりゃご丁寧にどうも。呼び出したって事は知ってるだろうが、俺は風上迅翔だ」

「どうも。……まずは呼び出しに応じてくれてありがとう。迅翔さんと呼んだ方が良いかしら? それともジンさん?」

「どっちで呼んでくれても構わねぇが……」


 ――星野さん、アンタどっかで会った事無いか?


 迅翔の口からは、そんな言葉が出かけていた。

 今や超有名なゲーム機となったESGの販売元であるES社の副社長ともなれば、迅翔でもテレビや雑誌等のどこかしらで絶対に顔を見ているはずだ。


 つまりこれは相手からすればただの厄介なナンパ野郎のセリフであり、この場で言うべき事では無い。

 そう結論付けて言葉を飲み込む迅翔だったが、その様子を見た星野紅葉は静かに笑い始めた。

 対する迅翔は、突然の出来事に唖然とするだけである。


「――ねぇジン、まだ気が付かないの? アタシよ、クレナよ」

「……は?」

「アタシが負けたからって、長い間競い合って来たこの私を忘れたとは言わせないわよ?」

「――えっ、マジか!?」

「マジです」

「うわマジだわそれ……。え、嘘だろ……?」


 確かによく見れば紅葉の顔つきはクレナのそれに近い……どころか、迅翔と同じく殆ど変更を加えていなかったらしい。

 だが意外にも髪色と口調をを少し変えるだけで、クレナと紅葉の関係性に気付く人は居なかったようだ。


 迅翔の中で持っていた両者クレナと紅葉は全く似ても似つかない物であり、驚愕の嵐はしばらく彼の中で吹き荒れている。


「正直いつ気付かれるのかヒヤヒヤしてけど、案外気付かれない物よ。まぁ言ってないだけとか、確証が持てなかった人は居るだろうけどね」

「はー、マジか……」

「いつまで言ってるのよ。それより今日の本題を始めるわよ?」

「あー悪い悪い、頼んだ」


 だがそのままでは進む話も進まない。

 紅葉は半ば壊れかけている迅翔へ向けて、本題を話し始めた。



 そこからの内容はおおむねメールで書いてあった通りだ。

 迅翔には“とあるゲーム”をして欲しいという事、これは譲渡ではなくという形になる事。

 そしてそれには“多少の条件”が付く事も話された。


 余談として、それには優秀なVRゲーマーであるジン迅翔の腕を見込んでの事らしい……という裏話のような物は付け足されたが。



「――で、そのゲームってのはもしかして?」

「多分ジンの予想通り、CalamityカラミティArmorsアーマーズ……通称CAよ」


 そのゲームは現在迅翔と紅葉が居るこの場所、ES社が開発したVRMMOロボットアクションの事だ。


 少し前に行われていたβテストの段階ではいくつかの問題、そして様々な不満は出ていた。

だが製品版となった現在はその殆どが改善されているらしく、そうした運営の対応……そしてそのゲーム内容が組み合わさり、多くのプレイヤーから高い評価を獲得している。


 現在ではVFをも越える程に人気を博しているソフトへと成長を遂げたのだが、そこにはES社が初めて発売したソフトという事。それが話題性の向上という形で貢献しているのだろうと、一部ではささやかれているそうだ。


「CAを貰えるってのならそりゃ嬉しいが……何故俺なんだ? こういうのって大体抽選の景品になるか、宣伝目的だとしてもこう……もっと有名な奴に渡すモンだろ? 腕が立つと言っても、他の使えるプレイヤーだって居ただろうに……」

「あ~……まぁちょっと事情があってね。とりあえず私達がこのゲームをあなたに譲渡する最大の条件、それは“とある機体”に乗り続けて貰うというものよ。まぁ途中で他の機体に乗っても良いんだけど、一定時間は乗って貰う事になるでしょうね」

「なるほどな……」


 迅翔に紅葉、そしてES社の裏は分からない。

 だが現状は宣伝効果より、その機体を使って貰う事の方が重要らしい……という事だけは理解する事が出来た。


「自慢じゃないが、VFのトップで長いこと戦ってた俺は確かに適任だろうな。でもそれなら、同じくトップ帯で活躍してたクレナとかでも良かったんじゃねぇか?」

「それが出来てたら苦労しないわよ。残念な事にジンレベルの腕が無いとダメだし……何より相性が悪くてね。ある程度の人柄を知れてる相手である必要もあったから、あなたを呼び出したのよ」


 そう話す紅葉の顔は真剣そのものだ。

 厄介を迅翔に押し付けたいとかでは無く、本当にジン迅翔を頼るしか無い……そうした感情を迅翔は感じ取っていた。


「ふーむ、なるほどな~……」

「でもまずはジンがCAに合うかどうかね。もうダウンロード用のプロダクトコードがメールに送られてるはずだから、帰ってやってみて頂戴」

「おう? おう、分かった」

「チュートリアルの先はその時になったら向こうCA内で教えてあげるわ」

「あぁ、分かった。……じゃー、またな」

「……うん、またね」


 ジン迅翔クレナ紅葉とはもう二度と会えないだろうという思いで最後の戦いを申し込んでいた。

 そうして真剣勝負をした相手と、大した時間も開けずこうするのはどこか気恥ずかしい……だがそれと同時に、嬉しいのだろう。


 プロダクトコードがちゃんと届いているのを確認した後、迅翔はどこか浮かれた様子を見せながら自宅への帰路を歩んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る