赤い星のリンカーネーション
鳥皿鳥助
第一章 始まりの日
第1話 伝説の終わり
今から十数年前。
その道具はプレイヤーの五感全てに刺激を与え、ゲームの世界を間近に体感させる装置。
娯楽の歴史を大きく変える転換点となったその装置は、今までのゲームハードとは一線を画す程の性能を秘めていた。
そこから始まったのが、
そうした時期ではゲームを作る側もハードの特性を完璧には理解出来ておらず、
ESGとてそれは例外では無く、短くも濃い歴史を作り上げている。
時は流れて現在、2027年。
ESGのハード的特性も概ね理解され終わったその時代には、一つの大きなブームを巻き起こしたゲームソフトが存在する。
そのゲームの名は“
プレイヤーは四枚の羽を持つ妖精に助けを求められ、異世界へと手助けに向かうというのが大まかなストーリーである。
――剣と魔法を手にファンタジー世界を駆け巡り、自由奔放に異世界での生活を謳歌する……
プレイヤーに分かりやすく異世界を体感させる目的で作られたそのゲームは、実に多くの人を長く魅了し続けている。
VFは全ての要素で他のゲームソフトを圧倒し、販売数ランキングの首位を譲る事は無かった。
そう、今の今まで……かのゲームが発売されるまでは。
――――――――――――――――――――
場所は穏やかな日差しの草原。
そこでは一組の男女が向かい合い、互いに剣を構えていた。
「最後まで付き合ってくれてありがとうな、クレナ」
「構わないわ。……でも今日こそアタシが勝つわよ、ジン!」
「俺だって、負けてやるモンかよ。んじゃあいっちょ、最強の座をかけて……」
「「――勝負ッ!!」」
彼らは互いに声を張り上げ、最強の座を賭けた戦いが始まる。
ジンと呼ばれた男は双剣を手に真っ直ぐ斬りかかるが、クレナと呼ばれた女は大剣でそれを簡単に受け止めた。
力比べでは分が悪い事を感じ取ったジンは空へ飛び、地上に向けていくつかの
対するクレナはその攻撃を真正面から受け止め、反撃として
だが空はジンのフィールドであり、クレナの魔法が当たる事は無い。
「やっぱ手強いな、クレナ。最近インしてないとは思えない動きだぞ……」
「ジンもね! でも負けないわ……!!」
「ならこれで――ウィンドブラスト!」
束の間の会話を終えたジンは、先程よりも大きな風弾を作り出してクレナへと投げつけた。
ジンはさっきと同じように防御すると予想したが、実際のクレナは大きな跳躍をしてみせる。
「なっ、お前マジか! 空中戦嫌いじゃなかったのかよ!!」
「えぇ、大っ嫌いよ。でも……アンタを倒すのに、そんな事を言ってられないでしょう!!」
「カッコイイ事言いやがって……! でも声震えてんぞ!!」
「うっさいバーカ!!」
そしてその跳躍がただの回避だけという訳も無く、ジンと同じ高度に到達したクレナは勢いよく斬りかかる。
対するジンは勿論、ただで攻撃を受けるはずも無い。彼は咄嗟に双剣を向け、クレナの攻撃を受け止めた。
だが流石に空中での戦闘を維持する事は出来ず、地表へと叩き落とされてしまう。
クレナは大きな土埃を巻き起こした彼の近くに着地したが、すぐに攻撃を行う事は無かった。
こうした視界の悪い場所から攻撃、またはトラップを仕掛けるのがジンお得意の戦法だからだ。
「イッタタ……お前と俺でお互いの相性が悪いのも相変わらずだが、力任せの無茶苦茶な戦い方も変わらずか」
「アンタはチマチマし過ぎてるのよ。男ならもっとこう、ガンガン力任せに来なさいよ!!」
「ハハハ、悪いな。これが俺の戦闘スタイルなんだ……よッ!」
「クッ……! 逃がさないわよ!!」
土埃の中、片手を地に付けるジン。
しばらくすると天然の煙幕は晴れ、クレナとの斬り合いが再開された。
少しの間だけそうした拮抗を楽しむジンだが、彼はスピードを生かした戦闘を得意としている。
それに対してクレナはキャラクターの持つパワー、そして自身が持つ“見切り”という技術を生かした戦闘を行う事が多い。
どちらも万能型では無く特化型のキャラクター育成をしており、その分野は両者で真反対と言っていい程にズレている。
そうした知識は両者が持っていたが、互いに“大きな弱点”として突けてはいない。
だがもう一つジンだけが知っている情報がある。
正確にはクレナの意識から抜け落ちている情報なのだが、それは『一つの事態に対して集中し過ぎる』という物。それは彼女が得意とする見切り戦法の成立にも繋がっている。
だがジンのようにスピード勝負を仕掛けてくる相手は予測を上回る事も多々あり、クレナからしてみれば分が悪いと言えるだろう。
だが対するジンも速度に特化した防御力の無い装備で、火力特化のクレナというやりにくい相手をしている。
一撃でも攻撃を受ければ
自身の出せる速度への対処も考慮するならば、その負担はとても大きい物となっているだろう。
こうした事情がある故に、先の『お互いに相性が悪い』という言葉になるのだ。
ジンはクレナを蹴り飛ばして斬り合いの流れを終了させ、空を飛び回っての逃走へと切り替えた。
空中を逃げるジンに対して地上から追いかけるクレナという構図は最初と変わっていないのだが、彼らの中には変わった物が一つ存在した。
「ちょっと、待ちな……さいッ!!」
「――今日のクレナならならそう来てくれると思ったよ」
クレナがしびれを切らし、一か八かの大勝負へと飛び出した。
だがそれこそがジンの狙い。
彼はクレナの苦手とする空中へ引きずり出し、地形的有利を掴み取ったのだ。
大きく高度を上げてくるクレナを確認したジンは即座に反転し、クレナの懐へと素早く潜り込んだ。
「そーら……よッ!」
「ただではやらせないッ!!」
その手に持つ双剣を素早く振るうジンだったが、クレナもただ斬られる訳は無い。
クレナは即座に双剣を大剣の腹で防ぎ、反撃する為にジンへと構えた。
「今日こそ……私が勝つ!」
「悪いが、そいつは出来ない相談だ!」
クレナがジンへと斬りかかったその瞬間、ジンの仕掛けたトラップは発動する。
ジンが最初に叩き落された場所、そこに設置された魔法陣からいくつもの風弾がクレナに襲いかかったのだ。
防御も間に合わず風弾をマトモに食らってしまったクレナは武器を落とし、姿勢を崩した状態で落下を始めた。
「あんなのいつの間に仕掛けてたのよ……!」
「だから言っただろ? お前は一つの事に集中し過ぎるってな!!」
一方のジンは落下点に先回りし、僅かではあるが会話をする程の余裕を見せつける。
程よい所でジンが素早く双剣を振るうとエフェクトが発生し、二人の戦いは終わりを告げた。
――<Winner ジン!!>――
アナウンスが流れると二人の武器は光の粒へ変換され、荒れていた地形も綺麗に修復されていった。
先程までは斬り合っていたジンとクレナの間には、剣を交えていたとは思えない程に和やかな空気が流れている。
「むぅ、結局ジンには勝てなかったわね」
「ハッハッハッ、俺は強いからな! ……まぁでも、結構良い線行ってたんじゃないか? 撃ち落とされた時は流石にヒヤッとしたぜ」
「その割には余裕そうだったじゃない……」
「ああいう困難を乗り越えた時程楽しい場面も無いだろ?」
クレナの疑問に対し、ジンは肩をすくめながらそう答えた。
ジンの手を借りてクレナが立ち上がると、二人の周囲に光の粒が集まり始める。
そうして作り出されたゲートの中からは数十人のプレイヤー達が出現し、二人に近づいて取り囲んで口々に声をかけ始めた。
「お疲れ様、二人共」
「ジンの動きに対応出来るとかすげぇなクレナ! 」
「俺なんて最初と最後を目で追うのがやっとだったぞ……」
「でもその動きをするジンもやべぇよな、相変わらずだけど」
「あぁ、相変わらずだ。少しでも操作ミスったら即死だってのにな……」
ジンを囲っている人々からも、クレナを囲っている人々からも両者に称賛の声がかけられた。
二人は嬉しいやら恥ずかしいやらと思いながらそれを受けている。
「でもこの相変わらずなお前が見れるのも、今日まで何だよな? ジン」
「あぁ、引退試合だからな」
本人も答えている通り、今日はジンの引退試合だ。
「でもトップ争いはどうなるんだろうな? 頭に居たジンが引くって事は……」
「やっぱクレナじゃないか?」
「あ、言い忘れてたけどアタシもこれが引退試合よ」
「「「マジか!?」」」
「マジです」
「マジか……しばらくはランキングが荒れるだろうな」
「おま、ウッソだろ……? お前も引退試合ならそう言ってくれよ、花を持たせてやれたのにさー……」
「あー、良いの良いの。自力で超えないと面白くないし、困難を乗り越えた方が楽しい……でしょ?」
「まぁ、そうだな……」
その後も彼らの雑談は数十分程、まるで別れを惜しむように広がっていた。
だが次第に話題も尽きていき、解散の時間へとなってしまう。
「――まぁ何だ……今日はありがとうな、集まってくれて」
「おう、良いって事よ」
「またいつでも来いよ!!」
「今度は俺とも戦え! ぜってぇぶっ潰す!!」
「おう、その時は頼む。……じゃあ、またな」
別れを惜しみながらもジンはコンソールを操作し、長年見続けた自身のホームへ戻った。
お世辞にもオシャレとは言い難い、簡素な内装。
そこには嬉しいこと、楽しいこと、そして悲しいこと……そうしたジンが生きたVFの全てがそこには詰まっている。
「……今までありがとうな」
ジンは静かにそう呟くと、再びコンソールを操作し……ログアウトボタンを押した。
――――――――――――――――――――
VFからログアウトしたジンはESGを外し、ベットから立ち上がって洗面台へ向かった。
顔を洗って視線を上げると、鏡に映るのは冴えない青年ただ一人。
迅翔本人にその理由は分からないが、クレナを初めとした顔なじみ曰く『
もっともその話を聞いた時、迅翔は『そんなモン自分で分かるかよ』と返したのだが。
「――引退……か。昔の自分はこんな事すると思わなかっただろうな」
彼を引退へ押しやった理由、それはどうしようも無い程の虚無感である。
VFトッププレイヤーという称号は彼に優越感を与えていたが、最近ではどうしようもない虚しさだけを与えていた。
それに気付いてしまってからは虚しさが一層増し、何もかもが虚しくなってしまい……ついには仕事を辞めるまでに至った。
それでも迅翔が
「過ぎたるは及ばざるが如し、って事なのかねぇ……」
迅翔は自虐めいた事を考えながら寝室に戻り、何気なくスマホを手に取る。
いつものように画面へ目を落とすと、そこには一通のメールが届いた事を表す通知が入っていた。
どうやら丁度顔を洗っている間に来ていたらしく、迅翔は水音で通知音に気付かなかったようだ。
送り主は先程まで使っていたESGの開発元である、
迅翔に直接連絡を受けるような行いをした覚えは無く、アンケートか何かだと予想しながらメールを開いた。
「何々……『弊社開発のゲームをプレイして頂きたい』だと……?」
メールには他にも、そこに至る様々な条件等が書いてあった。
最初こそ新手の詐欺か疑っていた迅翔だったが、送り主のドメインは間違い無くES社の物だ。
「弊社開発のゲーム? ……もしかして!」
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