3歳下の幼馴染な後輩とバレンタインデートな件

久野真一

3歳下の幼馴染な後輩とバレンタインデートな件

 歳の差という奴は時に厄介だ、と思う。

 1歳差ならいい。2歳下でも、まあいいだろう。

 しかし、3歳差となると、思いを告げるのをためらわれる雰囲気がずっとあった。

 俺が中学の時は彼女が小学生。俺が高校生の時は彼女は中学生。

 同じ学校に通えたのは、俺が小6までのことだろうか。


 中学生で小学生に告白したら、きっと、白い目で見られただろう。

 高校生になっても、相手が中学生だとやや微妙な目で見られかねない。

 というわけで、俺としてはずっと我慢してきたのだ。

 

 だからこそ、去年の4月、つまり、彼女が高校生になった時にはこう思ったのだ。

 ようやく、恋人同士として気兼ねなく過ごせる日が来たのだ、と。


「兄さん、今日は本当にありがとうございました」


 繁華街の雑踏を歩きながら、ぺこりと雅美が頭を下げてくる。

 今は夕方で、西に日が沈もうとしている。

 そんな光景も、彼女と一緒だと思うと、じーんと来る。


「可愛い彼女のためだ、それくらいはして当然だよ」


 今日はバレンタインデー。恋人同士がいちゃつくイベントとして有名だ。

 3歳下の後輩である白石雅美しらいしまさみを連れて今日はデートと洒落込んでいる。

 彼女と俺の縁はというと、一言でいうとご近所さんだ。

 偶然の一致というやつか、俺の名前は白石真斗しらいしまさと

 俺と彼女は同じく名字が白石なのである。

 それと関係あるのか無いのか、小さい頃から彼女に懐かれていた俺。

 昔からマセていた雅美は、やたらと俺と遊びたがった。

 そんな彼女と一緒に遊んだり、勉強したりする日々を過ごして、もう10年だ。


「そういうところ、やっぱり真斗兄さんは格好いいですよね」


 腕を組んで来ながら、嬉しそうな声で褒めてくれる。


「なんか照れるな。でも、雅美も可愛いと思うぞ。服もよく似合ってる」


 彼女の装いは白ニットにライトブルーのニットプリーツスカート。

 大人びた服装と、まだ少し幼いところの残る顔つきがなんとも言えない。


「真斗兄さんの服もよく似合ってますよ♪」


 くすっと笑いながら、服を褒めてくれると男としては嬉しい。

 今日のためだけに、実は店員さんに服を見繕ってもらったのだが、内緒だ。

 年上の彼氏としてはそれくらいは見栄を張りたい。

 たとえ、昔からの付き合いでも。


「ありがとうな。じゃあ、お礼に。ほれほれ」


 つい、癖で昔のように、髪の毛を撫で撫でしてしまう。

 

「そうされると、やっぱり、気持ちいいです♪」


 目を細めてされるがままになっている雅美。とても可愛らしい。

 彼女の背丈は150cmに満たないくらいで、女性としても低めだ。

 対して、俺は180cmを超す長身。兄妹に見えてもおかしくない。


 ともあれ、これからがある意味本番だ。


「よし、そろそろディナー行こう」

「結構高いところなんですよね。ちょっと気が引けるんですけど」

「仮にも大学生だ。資金力は高校生よりあるから、遠慮するな」


 雅美はこういうところ、昔から気を使いがちだ。


「わかりました。じゃあ、ゴチになります」


 とお辞儀をすると、ツインテールがぴょこんと揺れる。


◇◇◇◇


「やっぱり、少し気後れしちゃいます」

「大丈夫だって。本日、予約して来た白石ですが」


 予約していたイタリアンなレストランに着いた俺たち。

 早速、席に案内されて、ほっと一息つく。


「でも、不思議ですね。兄さんとこうしてるなんて」


 向かいに座った雅美は、嬉しそうにじーっと見つめてくる。

 周りは既に暗くなっていて、少し幻想的な雰囲気だ。


「正直、俺もかなーり待ったんだぞ?」


 彼女のことを、異性として意識したのはいつだっただろうか。

 彼女が中学1年生になった辺りだろうか。

 ともあれ、その頃、俺は高校1年生。

 別の学校でもあったし、年齢差もあったので、色々躊躇いがあった。


「わかりますよ。兄さんがずっと我慢してたことは」

「本当、理解があるから助かるよ」

「私が中1の時だったら、きっと、周りの目が痛かったですよね」


 雅美も雅美で、その頃から俺を異性として慕ってくれていたらしい。

 ただ、その時点で男女の仲になるのは、色々厳しい。

 その事をよくわかっていた聡い彼女と俺は、

 俺が大学生になったら、と以前から話し合っていた。


 そんなこんなで、去年の4月から俺たちは男女交際を始めることになった。

 といっても、大学生と高校生だと、スケジュールが合わないことも多い。

 それでも、順調に交際を続けて来た俺たちは、今、こうしている。


「しかし、バレンタインデーって、雅美と知り合った日でもあるんだよな」

「覚えてます、覚えてます。兄さんが隣に越して来た日ですよね」

「あの日は、いきなり、義理ですが、とチョコ渡されてビビったぞ」


 当時、俺は小4。彼女は小1。お互いに男女を意識する前の段階だ。

 一家揃って引っ越して来て、荷物整理をしていたところに、インターフォン。

 出てみれば、彼女が「どうぞ。義理ですが」とチョコを渡してくれたのだ。

 小1で、そんなことが出来るとは本当に昔からマセていたと思う。


「すいません。私も、お兄さんにあこがれていたから、つい」

「ま、勉強見たり、遊び相手になったり、色々あったよな」

「私が、成績上位をキープ出来たのも、兄さんのおかげですよ」

「いやいや、雅美の努力だって」


 夕食に舌鼓を打ちながら、会話に花が咲く。

 最初から俺にべったりだった雅美だったが、昔から努力家だった。

 勉強を教えればメキメキと上達するし、ゲームを教えれば以下略。


「それでも、感謝くらいさせてくださいよ、兄さん」

「ほんと、礼儀正しいんだから。でも、そろそろ、兄さんはやめないか?」


 前から思っていたことを、いい機会だから提案してみることにした。


「やっぱり、もっと、恋人っぽい呼び方にして欲しいですか?」


 少しだけ寂しそうに言って、俺をみつめてくる。

 昔からの呼び方だったから、寂しいのはわかるんだけど。


「真斗さんとか、真斗先輩とか、そっちの方向でどうだ?」


 兄さんだと、どうにも妹的な意識が抜けない気がするのだ。


「でも、兄さんが先輩だったのは、小学校の時期だけですし」

「それはそうだけどな。じゃあ、真斗さんでどうだ?」

「でも、なんだかそれだと他人行儀な気がします」


 不満そうな顔をして反論してくる雅美。


「じゃあ……いっそのこと、呼び捨てとか」

「兄さんは色々教えてくれた人ですから。呼び捨ては抵抗ありますよ」

「お前も色々頑固だなあ。つまり、兄さんと呼びたいと?」

「私はそっちの方が嬉しいです」


 礼儀正しい雅美だが、こういうところは意外と譲らない。


「じゃあ、「兄さん」だけじゃなくて、「真斗兄さん」でどうだ」


 「兄さん」だけだと、本当に妹ぽくて抵抗あるんだよなあ。


「わかりました。じゃあ、真斗兄さんで」


 そんな、少しどうでもいいことを話していると、すぐに時間が過ぎていく。

 さて、忘れない内に、プレゼントを渡さないと。


「ほい、雅美。バレンタインデーのプレゼントって奴だ」

「普通、私から、真斗兄さんに贈るものじゃないですか?」

「最近は逆チョコってのもあるから、いいって」

「……そうですね。開けてもいいですか?」

「ああ、どうぞ、どうぞ」


 さて、お気に召してくれるといいんだけど。


「クッキーなんですね。甘すぎるの苦手なので、嬉しいです」

「ま、付き合い長いからな。そのくらいは察せないとな」


 女子は甘いものが好きというけど、こいつはそこまで好きな方ではない。

 なので、甘さ控えめクッキーを選ぶことにしたのだ。


「じゃあ、私からも。はい、真斗兄さん」


 ラッピングされた箱を受け取る。


「うお。こりゃまた、馬鹿でかいハートだな」


 渡されたのは、両手で持てるくらい大きなチョコ。

 うまく整形されているけど、手作りだろう。


「とびっきりの、好きの気持ちを表現してみました♪」

「でも、こんだけでかいと準備大変だっただろ?」

「そうでもないですよ。慣れというやつですよ」

「相変わらず器用なんだから」


 昔から、何事も飲み込みが早い奴だったけど。


「でも、ありがとな。ゆっくり食べるよ」

「はい、そうしてください」


 そうして、和やかな時間は過ぎて行ったのだった。

 帰り道。夜の道を歩く俺と雅美。


「あ、あの。真斗兄さん。そ、その……」


 隣を歩く雅美が珍しくやけに緊張している。

 それに、息が洗いし、顔も赤い。


「どうしたんだ?うち、寄ってくか?」


 まだ離れたくないんだろうと思い、そんな事を提案してみる。


「え、えーとですね。今日は、お父様もお母様も、居ないんです」

「あ、あー……」


 それだけで、何が言いたいかわかってしまった。

 考えてみれば、付き合い始めてもう10ヶ月経っている。

 次のステップに進みたいと彼女が思っても不思議じゃない。


「俺も、そうなれるなら嬉しい。でも、大丈夫か?」


 長い間待ったんだ。別に今更がっつくような根性はしていない。


「その。内心、不安だったんですよ。ずっと、キスまででしたから」


 少し、落ち込んだ表情で言う雅美に、俺は失策を悟った。


「わかった。お邪魔させてもらうよ」

「そ、その。よろしくお願いします」


 やっぱり、お辞儀をする彼女に、少し噴き出しそうになってしまった。

 そして、彼女の寝室にて。


「あ、あの。私、色々、やり方とかわからないと思うんですけど……」

「そこは俺も同じだな。その辺は初めて同士ってことで」

「意外です。真斗兄さんは、昔お付き合いしてた彼女さんとか居るのかと」

「お前と一緒にいて、他に彼女作ることなんて出来るわけないって」

「それもそうですね。真斗兄さんは身持ちが堅いですから」


 やっぱり、彼女は笑っている顔が似合う。


「なんだか、色々な事、思い出してきました」

「うん?昔のこととかか?」

「はい。色々教えてもらったこととか、遊んでもらったこととか」

「ま、これからも時間を積み重ねていこうな?」

「はい、真斗兄さん♪」


 こうして、恋人になって初めてのバレンタインデーの夜は更けて行ったのだった。

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3歳下の幼馴染な後輩とバレンタインデートな件 久野真一 @kuno1234

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