Case*3
それから、1週間ほど経ったが特に羽鳥さんから連絡が来ることも会うこともなかった。
学年や寮の場所が違うのだから合わないのは当たり前なのかもしれないけど。
ちっとも進展しない現状に、イライラしていた。
「日和さん、次は移動教室ですわよ。そろそろ行きましょう」
「あっ、ごめんねはなちゃん!急いで用意するね!」
少し、変わったことといえば。
『友だち』が出来たということくらい。
セミロングの髪を2つくくりにしていて、ピンク色の眼鏡をかけている彼女。
小門の件を解決して以来、彼女は私のことを認めてくれたらしく
『日和さん』『はなちゃん』と呼び合う仲になった。
でも小門のことを解決したのは私じゃなくて羽鳥さんだと正直に伝えた。
そうしたら、あの羽鳥楽を動かすなんてすごい!と逆に感心されてしまった。
羽鳥さんは、はなちゃん曰く自由な学園の王子様らしい。
学校には来たいときにだけ来たり、その日の気分で動くことも少なくないみたい。
だから私を助けてくれたのも、気まぐれかなにかだったのかなと最近は思う。
そんなことを考えながらぼんやり歩いていると、曲がり角から飛び出してきた人とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いえ……私こそごめん……なさい」
落ちた衝撃で彼女が持っていた缶のペンケースが開いて中身が散らばった。
散らばってしまった筆記用具を私も拾うのを手伝う。
猫耳の女の子のシャープペン、ものさし、消しゴム、修正テープ……
「み、見ました!?」
ぶん取るように私から筆記用具を奪う彼女。
黒の前髪が鼻の辺りまであって、よく顔が見えない。
「えと……可愛い女の子だね!なにかのキャラクターかな?」
「そうです!この子は私の生きがいにゃのです……っ、は!
いいい、今のはなかったことに!」
缶のペンケースに筆記用具を無理やり押し込み、彼女はそのまま走り去って行った。
蓋がしっかりと閉まってなかったのか、途中で落ちてしまったペンに気付かないまま。
「あのっこれ……!」
声を張り上げるも、彼女の姿はもう見えなくなってしまっていた。
「日和、それ見せて」
「え、どうぞ……?」
一部始終を見ていたはなちゃんは私からボールペンを受け取ると、それを怪訝そうに見つめる。
「なにが楽しくてこういうキャラクターが好きなのか、私にはさっぱり分からないわ」
「まぁ、人の好み好き好きって言うしね。
はなちゃんが紅茶の銘柄にこだわってるのと一緒じゃない?」
「全然違うわよ!私のねぇ……」
ちゃんと聞いてるの、日和さん!と頭を叩かれるまでずっと考えていた。
もしかしたらさっきの人が『キャットにゃん』なんじゃないかって。
その日の夜、私は前髪が長いという情報だけを頼りに機密ファイルをパラパラと捲っていた。
が当然、目星がつけられないでいた。
他になにか特徴はなかっただろうか……
思い出すのは、猫耳の女の子のボールペンくらいだ。
はぁ、と溜息をついてファイルを閉じる。
ボールペンには猫耳戦隊キャットにゃんと書かれている。
少し調べてみようかな。
そうすれば少し彼女のことが分かるかもしれない。
私はインターネットを開き、猫耳戦隊キャットにゃんの公式サイトというものをクリックする。
そこには色とりどりの猫耳をつけた女の子たちが5人くらいいた。
ボールペンに描かれている女の子は真ん中の赤色の女の子。
キャラクター紹介と書かれたところをクリックする。
レッドキャットにゃん
「……」
人の趣味にどうこう言うつもりはないけど
私がこういう女の子のヒーロー物にハマっていたのは確か小学生くらいだった気がする。
はなちゃんが言ってた意味が少しだけわかったかも。
一通りそのページを読んだあと、トップページに戻る。
特に収穫はなかったな……
左端の×ボタンを押そうとして、ふとその下に書いてある文字に目を向ける。
それは猫耳戦隊キャットにゃんの公式のTwitterだった。
「5月13日アニメ第二期開催記念イベント……」
『キャットにゃん』のグッズを沢山集めている彼女。
もしかしたら、こういうイベントにも定期的に参加してるかもしれない。
外見はよく覚えていないけど、接触できる可能性がないわけではない。
今週末の日曜日か……とりあえず行ってみよう。
私はその後イベント会場の場所や開催時間を調べた。
そして、日曜日。
現在時刻は午前9時。
そう言えば、入学してから学校内から出るのははじめてかも。
制服以外の服を着て外に出るのも久しぶりだ。
門前に立つ警備員さんに軽くお辞儀をして門を潜ろうとする。
「待って」
「……っ!?」
ぐいっと強い力で、後ろから誰かに腕を引かれる。
咄嗟のことに抗うことも出来ず、誰かの身体に後頭部がぶつかった。
顔だけを後ろに向けて見ると、視界には見慣れた赤髪。
「は、羽鳥さん!?」
どうしてここに、と言いかけた私を制し彼はある紙を私の前に突きつける。
ひらひらと私の眼前で舞う一枚の紙。
「出かけるなら外出届け、出さないと怒られちゃうよ?」
あ……
確か、そんな規則があった気がする。
長期休暇に帰省するくらいだと思っていたから、手続きのやり方までは知らなかった。
「……ありがとうございます」
彼から紙とペンを受け取り、名前や外出理由を適当に書く。
「あーあ、俺がここに来なかったら君校長先生に怒られてただろうな。
下手したら1週間くらい停学になったかも」
……何が言いたいんだろう。
確かに、助けてもらったことには感謝してるけど。
助けてくれたのは善意だけじゃない気がする。
きっとこの人は私に見返りを求めてる。
最近気付いたことだが、羽鳥さんはよく交換条件を持ちかけてくる。
「……私になにをしてほしいんですか」
「話しのわかる子は好きだよ。ね、俺も連れてってよ」
「……は?」
「わからない?君とデートしたいって言ってるんだけど」
……いやいや、わからないよ!
どう考えても見返り求めてたよね!?
羽鳥さんはこうなることを予測していたかのように、外出届けを2枚持ってきていて
それを生活指導の先生に提出した私たちは、イベント会場へと向かった。
*
「へぇ、君こういうの好きなんだ。幼い頃ヒーローのものまねとかしてたんじゃない?」
「そっ……れは確かにしてましたけど、今は流石にしてないですからね」
「あはは、そうなんだ」
「絶対信じてないですよね?!」
イベント会場はそこまで大きくなかったが、来ている人の数はかなりのものだった。
あちこちにキャットにゃんの看板やグッズが所狭しと並べられている。
来ている人も、どちらかというと男性のほうが多い。
何だか、見つからないような気がしてきたな……
……いやいや、最初から諦めてどうする!
私は頭をブンブンと振って気合を入れ直した。
「あの……先日、キャットにゃんさんらしき人と会いまして」
私はこの間のことを羽鳥さんに説明する。
暫く黙って話を聞いていた羽鳥さんだが、なにかを思い出したからしく
ああ!と手を叩いた。
「そういえば俺のクラスに猫耳の女の子のキャラクターをやたら集めてる奴がいたような気が……」
「だっ、誰ですか!?」
「……えーと、浅岡だったかな。浅岡眞子(あさおか まこ)」
浅岡眞子、さん……
ハッキリ言って、見つかる希望が高まったわけではない。
だけど、羽鳥さんと同じクラスの人なら
私が分からなくても、羽鳥さんが分かるかも……!
とりあえず入り口付近で話していても仕方ないと、私たちは会場の奥へと進んだ。
会場の中では、アニメ製作者の方や出演している声優さんたちのトークショーが行われていて、沢山の人で賑わっていた。
アニメ製作者の方の挨拶が終わり、声優さんたちのトークショーも終わりに近づいた頃
少し人の動きが変わった。
「なんか、外に出て行く人が多いね」
羽鳥さんが入り口の方を眺めながら言う。
「私たちも行ってみましょう」
私たちも出て行く人々に続いた。
『猫耳戦隊、キャットにゃん!私たち5人で、世界の平和を守るのにゃん!』
キャットにゃんのコスプレをした人たちの周りにはカメラを持った人たちが集まっている。
私は真ん中にいるレッドキャットにゃんをじっと見る。
浅岡さん……なわけないよね。
よく見てみると至る所にキャットにゃんのコスプレをした人がいる。
浅岡さんがコスプレをしているとも限らないし……
流石に見つかると思っていたのが甘かったかもしれない。
そもそも今日までに顔をしっかりと確認してこなかった私が悪いんだし。
辺りはまだ明るいが、慣れない場所に来たため無駄に疲労感が大きい。
「羽鳥さん、浅岡さんも見つけられそうにないですし、帰りませんか?」
「まぁ、この人混みじゃ厳しいよね。君がいいなら帰ろうか」
コクリと頷き、会場に背を向ける。
『猫耳戦隊、キャットにゃん!
悪の組織わんわん帝国だけは、このレッドキャットにゃんが許さにゃいにゃん!』
あちこちから聞こえてくる声が気になりつつも出口へと向かっていると、ふと羽鳥さんが立ち止まる。
「ど……」
どうかしましたか、と言おうとしたけど、それが言葉になることはなかった。
「行こう」
「え……?」
「今の声の人、浅岡に似てたかも。確認だけでもして帰ろう」
羽鳥さんに手首を捕まれ、そのまま歩いてきた道を戻る。
キョロキョロと辺りを見渡した羽鳥さんが止まったのは、赤いキャットにゃんのコスプレをした人の前だった。
少し近付いてみるとその人の周りに、カメラを構えた多くの人がいる。
それを強引に掻き分けて前へ前へと進む。
近くで見ても、赤色の髪だし化粧で目元が真っ黒だから本人なのか全然分からない。
だけど、同じクラスの羽鳥さんなら分かるのかもしれない。
私はさらに一歩進んで、驚く彼女の耳元で問う。
「貴女は浅岡眞子さんですか」
名前を言った途端、彼女は警察に今まで隠していた悪事がバレたような苦い顔をした。
「同じ学校の1年、星宮日和と申します。少しだけお時間頂けますか?」
「……わ、わかったにゃん。でも、もう少し待ってにゃん」
彼女曰く、撮影が終わってからにしてほしいとのこと。
少し離れたところで、浅岡さんが逃げないようにその様子を見ていることにした。
撮影が終わったのは、5時を過ぎた頃だった。
同じクラスである羽鳥さんがいると話しづらいかもしれないと思い、羽鳥さんには先に帰ってもらうよう伝えた。
「……で、な、なんの話にゃん!?」
かなりこちらを警戒している彼女。
これじゃいきなり本題を切り出すわけにはいかないな……
私はごほんと咳払いをして、切り出す。
「私猫耳戦隊キャットにゃんのアニメ二期すごい楽しみなんですよ!」
「にゃにゃ!?もしかして星宮さ……いや、日和キャットにゃんもアニメ見てたのにゃん!?」
「は、はい!全話見てます!」
アニメ二期が始まるとのことで、来たるべきキャットにゃんさんとの接触に備え
ここ一週間で一期のアニメの全36話を動画サイトにて見た。
……なかなかに大変だったけど。
それから暫くアニメトークに花を咲かせた。
あの時の決め台詞が最高だったとか、ここの戦闘シーンが良かったとか……
暫く合わせていたがこのままじゃ埒が明かないと思い、私は話を変える。
「ま、眞子にゃんが猫耳戦隊キャットにゃんにハマリはじめたのっていつ頃なんですか?」
「実は……つい最近にゃのにゃん。高1の時にゃん」
その後の話は、持ってきていたICレコーダーにバッチリ録音させてもらった。
……前半のアニメトークも盛大に入ってしまったけど。
浅岡さんは、特別枠で入学した生徒のひとりらしい。
桜ノ宮学園には特機以外にも『勉強推薦』『スポーツ推薦』『芸術推薦』など
あらゆる部門に特化した特別枠が存在する。
勉強推薦枠とはその名の通り中学の成績で推薦される外部枠で
難易度の高い入学試験で485点以上取った者だけが受けられる特待制度。
彼女はとても成績優秀で、一年の時は素晴らしい成績を修めていたらしい……
しかし、ある時ふと出会ってしまった。
猫耳戦隊キャットにゃんに。
それまで勉強しかして来なかった彼女が初めて興味を示した唯一の物だったという。
学校から参考書など勉強するために毎月与えられていた給付は
グッズやイベント、コスプレの衣装代に消えていったという。
ハマればハマるほど、成績も右肩下がりになり……
気付けば特待制度の給付も止まってしまったという。
編入組で元々裕福な育ちではなかった彼女。
あんなトピックを自身で立ててしまうくらいに金銭面で困っていたらしい。
「……じゃあ今、お金はどうしてるんですか?」
「ある人に紹介してもらった店で働いてるにゃん。でも、到底学費には足りなくて……
このままじゃ私……学校辞めなきゃ行けないにゃん……」
どんな事情があったとは言え、その『店』が怪しい店であることに変わりはないし
見過ごすわけにはいかない。
元々すごく賢かった彼女。
勉強だけをしてきた彼女。
だからこそ余計に、他のものにのめり込んでしまいやすいのかもしれない。
「わかりました。私に任せてください」
「……にゃ?日和にゃん、一体何する気にゃのにゃん!?」
慌てた様子の彼女に、ニッコリと笑ってみせる。
「また連絡します。だから連絡先を教えて頂けませんか?」
数日後───
私は浅岡さんが働いているという『店』の前で彼女が来るのを待っていた。
暫くして、大きなエナメルバッグを持って現れた彼女はこれでもかってくらい目を見開いた。
「ひ、日和にゃん!?どうしてここに」
「ここ数日、対策を考えながら眞子にゃんを尾行させてもらっていました。
少し私の話を聞いて下さいますか?」
私は浅岡さんにここ数日考えたプランを説明した。
内容は至ってシンプルだ。
5月下旬にある中間考査で浅岡さんが全教科において90点以上を取るということ。
あれから生徒手帳をよく読んでみると、特別推薦枠のことがかなり載っていた。
桜之宮学園第42条によると、
一度特待給付を剥奪された者も次回以降の考査で
優の成績を取ることが出来たら再び給付を受けることが出来るというらしい。
成績は優、良、可、不可の4つでつけられる。
優ならば成績は8割以上必要だが、浅岡さんは勉強推薦のため、9割は取らなくてはならないだろう。
話を黙って聞いていた浅岡さんが、ふと顔を上げる。
「……理屈はわかったにゃん。でも、学費は?今滞納している学費はどうするにゃん?」
「眞子にゃんが勉強に集中できるよう、それについても考えてあります」
私はニッコリと笑って、ファイルから1枚の紙を取り出した。
「私が、代わりにここで働きます」
「……なっ!?」
私が見せたのは履歴書。
まぁ、正しい履歴書じゃなくて偽造したものだけど。
履歴書は、羽鳥さんにも手伝ってもらった。
ほんと言えば、こんなことしたくない。
だけど、もしもここに悪の根源がいるならと思うとやるしかないと思った。
浅岡さんを唆した謎の人物『バードくん』の正体が分かるかもしれないし。
もちろん、全てが解決したら学校にはきちんと報告し、私も処罰は受けるつもりだ。
「ちょっと待って、本気なの!?貴女、自分が何を言っているか分かってるの!?大体、私なんかのためにどうしてそこまで……」
「私は、特機だから。あなたを救ってみせるよ、絶対」
あなたがこんな場所で働く必要なんてないの。
勉強が出来る彼女。
未来ある彼女を、こんなところで潰すわけにはいかない。
「だからほら、さっさと寮に戻って勉強して!」
「で、でも……」
無理やり方向転換させた浅岡さんの背中をグイグイ押す。
「日和ちゃん、用意出来たよ」
「羽鳥さん!ありがとうございます!」
「そ、その赤髪は……ミスター羽鳥?!?!
ミスターと知り合いなんて……日和にゃん何者にゃの?!」
浅岡さんに話すより先に、この作戦は羽鳥さんにも伝えておいた。
そうしたら、履歴書の制作や偽造にも協力してくれると言ってくれてくれたのだ。
「とりあえず、浅岡はさっさと帰って勉強したら?
このままじゃここでおっさんたちの相手して小金しか稼げなくて学校辞めるのがオチだよ?」
「で、でも……私のために関係のない星宮さんがやる必要は」
「まぁ100%ないよね。俺もそう言ったんだけど。
一度決めたら聞かないからさ、この子」
このことを羽鳥さんに相談した時、羽鳥さんは私にある質問をしてきた。
『もし君が特機じゃなくても、浅岡のために自分を犠牲にできるのか』と。
つまり、私が特機になっていなければこれはきっと別の人が
別の方法で解決すべきことだったと言いたいのだろう。
きっと羽鳥さんは私の身を案じて言ってくれているんじゃないだろうか。
いつも読めない人だし、素直に心配しているなんて言ってくれないはずだから。
私は迷わずこう返した。
例え私が特機になれていなかったとしても、知ってしまった限り知らないフリはしないと。
桜小町でこのトピックを見たのも私だし、書き込んだのも私。
そして浅岡さんに接触し、話を聞き事態を知った。
充分すぎるくらい関わってしまったのに、今更知らないふりなどできるわけがないと。
そういうと君らしいね、と羽鳥さんは納得してくれた。
私にはなんの後ろ盾もない。
だからこそ、それを逆手に取れば恐れるものはないということ。
理屈も何もない。
ただ、この世に蔓延る悪に対する憎しみだけが私を動かす。
「じゃあ、私そろそろ行きますね。浅岡さん」
呆然としている彼女の目を見つめ、慎重に言葉を選ぶ。
「もっと考えて下さい、自分のことを。今、どうするのがあなたにとって一番いいのかを」
彼女が勉強をするのかどうかは分からない。
再び給付を受けることが出来るかどうかも分からない。
ただ、信じることしか私には出来ない。
私には、彼女の心配を取り除いてあげることと信じることしか出来ないから。
*
「こ、これ……おかしくないですかね」
「大丈夫、自分が思ってるよりちゃんと化けてる。
これだったら高校生には見えないよ」
鏡の前に写る自分は、はっきり言って見たこともないものだった。
明るい色の巻き髪のウィッグに、元々の顔が分からないくらいのど派手なメイク。
極めつきに、赤い露出度の高い身体に張り付いたドレス。
胸が余るため、大量にパットを詰め込みなんとか誤魔化した体型。
羽鳥さんがどこからともなく連れてきたらしいメイクさんとスタイリストさんがあっという間に仕上げてくれた。
確かにやると言ったのは私だけど……
今更ながらに気が重くなってきた。
履歴書選考は、もちろんOK。
面接も浅岡さんも今日までに辞めさせて置いたためか人手が足りないということで結構アッサリだった。
「それより俺も、どう?たまにはこういうのもいいでしょ」
羽鳥さんはホールスタッフとしてこっそり紛れてもらうことになった。
白地のシャツの上に黒いベスト、さらに蝶ネクタイをして、黒いスラックスを履いている彼は
ほんとにはじめて着たのかと思うくらいに似合っていた。
だけど、何より目を引いたのは……
「か、髪……」
「驚くより先に、言うことあるんじゃない?」
「……似合ってます、すごく」
「うん、合格」
いつもの赤髪が、真っ黒になっている。
多分カツラかなにかつけているんだろう。
元々色が白い羽鳥さんに、黒はとても映える。
「……流石に見すぎかな」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「いいよ。それより、そろそろ行こうか」
そうだった。
羽鳥さんがカッコいいのはいつものことだし、今更気にする必要なんかない。
こんなにもドキドキするのは、いつもと姿が違うからかな。
……うん、きっとそう。
私の目的はとにかくここから浅岡さんを辞めさせること、
彼女のために少しでも資金を稼ぐこと
バードくんや他に怪しい人がいないかを探ること。
他のことに気を取られている場合じゃない。
……集中しなきゃ!
私は気持ちを切り替えてホールに足を踏み入れた。
「は、はじめまして、新入りの星子(せいこ)と申します!」
体験入店としてまず先輩(?)キャバ嬢の反対側、お客さんを挟むように座る。
スーツを着ている恰幅のいい40代から50代くらいの男性。
「初々しい感じがいいねぇ~ねぇちゃん!ほれ、もっと」
テーブルの上にはビール瓶や日本酒瓶などのお酒、水、氷、果物などが並んでいる。
「あ、ありがとうございます!ではそちらのお酒を頂けますか?」
お客さんよりも少しだけ私の方に近く置かれているお酒は、中身が水になっている。
私がテーブルについてすぐ羽鳥さんが置いてくれたものだ。
流石に飲酒したら停学どころじゃ済まないって……!
これは浅岡さんにも確認して置かないといけない問題だ。
……って、そんな呑気に考えてる場合じゃないんだった。
さっきからお尻に当たっている手が気になる……
いやでも事を荒げるわけにもいかないし……
私が手から解放されたのは他の先輩の方のヘルプに入ってからだった。
「お疲れ様、はい、これ体験入店の給料ね」
4時間半ほど働いて渡された給料はえっ、と思わず口に出してしまいそうな微々たるものだった。
これじゃ、浅岡さんの助けにはあまりならないかな……
やっぱり、浅岡さんに勉強を頑張ってもらうしかないと思った。
学園への帰り道、羽鳥さんがこちらを見る。
「そういえば今ってテスト前だと思うんだけど……自分の勉強は平気なの?」
「……今回は残念ながらは諦めます」
「あはは、マジか!うちの学校の補習ってなかなか面倒だよー」
テストまでの2週間、私はあの店で働くことになっている。
帰ってもちろん勉強はするが、きっと全教科救うことは出来ないだろう。
半ば諦めを感じつつ、警備員さんにバレないよう裏口から寮へと戻る日々が続いた。
それからの2週間は、あっと言う間だった。
昼は学校、夕方から夜はバイト、夜中はテスト勉強……
浅岡さんに会いに行く時間すらなかった。
それから、さらに1週間後。
10教科のテスト結果が学年ごとに掲示板に張り出された。
私は自分のを確認するより先に2年生のところへと向かった。
2年生の掲示板の前はやはり先輩方で溢れかえっていた。
それを何とか押し退け前に割り込む。
そして、祈りながら顔を上げる。
3位 浅岡眞子 989/1000
良かった!
989点ってことは……平均90点は取れているってことだよね。
私は一度掲示板の前から離れ、浅岡さんを探す。
「日和ちゃん!?」
「浅岡さん!よかったです、会えて」
2年生のほぼ全生徒が集まっている中でひとりを探すというのはとても大変だった。
休み時間ももう終わってしまう、その前にどうしても聞きたいことがあった。
「どう、ですか?……給付、また受けられそうですか?」
私が発した声は、周囲の雑音に塗れてしまいそうなほど小さかった。
床を見つめながら、この結果……浅岡さんの頑張りが無駄になって欲しくない、そう思った。
「今学校長に呼ばれて校長室に行ってたんだけど……」
心臓が早鐘を打つ。
祈るような思いで続きを待つ。
「……また、特待制度を受けさせてもらえることになったんだ」
「本当ですか!?」
それを聞いた私は勢い良く顔を上げる。
浅岡さんは思ったより近くにいたらしく、顔がぶつかりそうになってしまった。
「うん……日和ちゃんが私に声をかけてくれなかったら、今頃どうなっていたか……
ほんとに、ほんとにありがとう!」
「よかったです、本当に……」
涙ぐむ浅岡さんを見て、私はふとあることを思い出す。
「あの、これ……」
「これ、キャットにゃんのボールペン……なくしたと思ってたのに」
私と浅岡さんを繋いでくれた、キャットにゃんのボールペン。
このボールペンのお陰で、私は浅岡さんを見つけることが出来た。
差し出したボールペンを、浅岡さんは受け取ろうとしない。
首を傾げる私に、彼女は穏やかに言った。
「それは、日和ちゃんが持っていて。私と日和ちゃんを繋いでくれたヒーローだから」
「でも、大切なものなんじゃ……」
「いいの。キャットにゃんも日和ちゃんも、私にとってはヒーローだにゃん!」
そう言って見せてくれた笑顔は、今までで一番キラキラと輝いていた。
私もうれしくなって、浅岡さんに微笑み返した。
Case*3 終
unpredictable Love 蛭川波瑠 @haruhirukawa
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