Case*2

「……報告は以上です。失礼します」



私は、校長室の重厚な扉を閉めてほっと息を吐く。


本来私が解決したかったのは、クラスのいじめ問題。



だけど、羽鳥さんの介入により色々と事態が大きく変わってしまった。



小門は、あの日の翌日に学園を去った。




その日、新聞やニュース番組ではあるひとつの話題で持ちきりになった。



『某有名ホテル買収により創設者の小門総一郎(そういちろう)の失脚』




羽鳥さんが言っていた『買い取った』というのは恐らくこの事だろう。




あと、羽鳥さんは私が小門に襲われそうになったところをどこからか録画していたらしく



失脚のことと併せて小門は退学措置を取らざるを得なくなったらしい。



そうなった経緯を校長先生に報告に行ったところだ。


私は、小門を退学させたかったわけじゃなくてただ更生させたかっただけだ。



誰かの幸せのために誰かが不幸になるなんて当たり前のことかもしれないけど、望んでない。




小門に接触した時点で残りの期間は1週間しかなかったし、


とりあえず私に説明できるすべてのことは伝えた。



結果から言うと、私は試験に『合格』したらしい。


羽鳥さんの介入がほとんどだけど、どういう形であれいじめ問題はなくなったから。




……小門が学園から去る、という犠牲の上に成り立ったことではあるけど。








「報告は終わり?」



「あっ、はい……とりあえず私に説明出来うることっ……わっ!」



さっきまで誰もいなかったのに突如声をかけられ、心臓が止まりそうになった。






「羽鳥さん!どうしてここに?」



「今日は4月30日だよ。君がそろそろ報告に行く頃かなと思って待ってたんだ」


  


私と同じ白い制服に見を包んだ彼が2年生だと言うことを知ったのはほんの数日前。



その微笑みは極上のものだけれど、いまいち真意が読めない。



でも、最初から疑ってかかるのは良くないよね。


私は羽鳥さんに頭を下げた。





「私が退学にならなかったのは、羽鳥さんのお陰です、ありがとうございます。


あと、命を救って頂いた御恩は一生忘れま……」



「堅い」



まだ話している途中だと言うのに、羽鳥さんは私の口を手で塞いだ。




「んー!」


「俺が欲しいのはそんな堅っ苦しい言葉じゃないよ、日和ちゃん」



わかったという意思表示を示すためにコクコクと首を縦に振り、口を塞いでいる手を指差す。



押さえられているのは私の方なのに、なんだか彼の手に唇を押し付けているみたいで恥ずかしくて堪らない。




その時ふと脳裏を過ったのは、あの日のことだった。



小門に一瞬触れてしまった口は、羽鳥さんが帰った後に何度も何度もゆすいだ。  



でも、今はあの時ほどの嫌悪感はない。



口と口がぶつかっているわけではないからだろうか……




そんなことを考えているとあぁ、ごめんねと言いながらようやく羽鳥さんの手が離れる。



呼吸を整えたあと、彼の顔を見つめる。


驚くほどに整った綺麗な顔。




この人の望みは一体何なんだろう……



こんなところで立ち話もなんだし、日和ちゃんの部屋に案内してよと言われ



この後特に用事もなかった私は、彼を連れて自室へと向かった。








「お茶でいいですか?コーヒーが丁度切れてまして」



「そんな気を使わなくてもいいのに。でも、ありがとう」




私がお茶を淹れてリビングに行くと、羽鳥さんが綺麗にラッピングされた小箱を持って立っていた。





「その箱は?」



「これ?これはね……」



はい、と差し出されたのは包装紙に包まれた箱。





「私に、ですか……?」



「うん、ささやかながら入学試験の合格祝い。


君こういうの好きかなーと思って選んでみたんだけど」



「え、あ、ありがとうございます……!」




男の人から贈り物をされたのなんて初めてで、どう反応していいかよく分からない。



これは、すぐに開けてもいいものなのかな……?





ちらりと彼を見ると、開けてもいいよと言われドキドキしながら包装紙を外す。







「可愛いっ!」



包装紙を外して箱の中から現れたのは、手のひらサイズのくまのぬいぐるみ。



首元には赤色のチェックのリボンがついている。




「こんな素敵なプレゼント、ありがとうございます!大切にし……」



ます、と言いかけて顔を上げたが羽鳥さんの顔が思いの外近くにあったことに驚いて



言葉が最後まで出てこなかった。




「うん、君、笑ったほうが可愛いよ」



「は……?」




驚く私をよそに、柔らかい笑みを浮かべる羽鳥さん。




「入学してからずっと気張ってたんでしょ?退学もかかってたし。



特機とはいえまだ君は15歳の女の子なんだし



たまには他の子みたいにもっと笑って馬鹿みたいに騒いでもいいんじゃない?」




羽鳥さんの言うことは、間違いではない。



確かに、ここのところずっと気を張ってたからこんなふうに笑う余裕なんてなかった。





「……ありがとうございます。やっぱり、羽鳥さんは優しいです」



「君限定、だけどね?」



「……っ!?」



「あはは、真っ赤だ。からかいがいがありそうでよかった」



何がいいのかさっぱりわからない……




羽鳥さんからもらったぬいぐるみは、リビングのテレビの横にそっと飾った。




その後も散々人をからかったあと思い出したかのように



羽鳥さんは自分のカバンからノートパソコンを取り出した。




「桜小町(さくらこまち)って言う学園の公式掲示板があるんだ」



掲示板だと言われなければ、和菓子を連想しそうな名前だ。



はい、と言って羽鳥さんはパソコンの画面を見せてくれた。




画面の至る所に桜の花びらがひらひらと舞うHPの一番上に『桜小町高等部』と書かれている。




トピックは、至って普通のものばかり。



最近流行っていること、暇な人集まれー、テストの成績あげたい人集合……



どんな内容なのか見てみようと適当にクリックしたら……




画面にはパスワードを入力してくださいという文字が現れた。





「パスワード?」



学園の掲示板なら誰でも見れるんじゃないの?



驚きのあまり羽鳥さんを見る。




「いつだったか、誰かがサーバーに入り込んで閲覧制限したみたいでね。



全校生徒が閲覧できるわけじゃなくて、限られた一部の生徒のみが利用できるんだ」



「限られた、生徒……」




羽鳥さんは知っているんだろうか、パスワードを。




「知ってるなら教えて頂けませんか?」



「知ってるけど……ただじゃ、教えられないなぁ」




彼は値踏みするように上から下に私を見つめる。




「芯のある子だとは思うよ、君のこと。そういうのは嫌いじゃない。



でも、実力はどう?君は特機として、この学園を変えていけるのかな?」




試されているのだ、と直感で分かった。




「……私には、お金も地位も名誉もありませんが、私に出来ることをするだけです」




彼の目をじっと見つめる。





「そう。じゃあ、この中から気になるトピックをひとつ選んで」



「え……?」



「鍵のついているトピックには、裏があると思わない?」




含み笑いを浮かべた羽鳥さんが、心底楽しそうに私を見る。



私は、パソコンの画面をじっと見つめあるひとつのトピックをクリックした。




それはやはり、パスワードを入れないと内容は読めないようになっていた。





「『高給アルバイト探してます!』……か。確かに、見るからに怪しいよね」



羽鳥さんはパソコンの画面を私に見えないようにして、キーボードを叩く。




「はい、どうぞ」



そう言って再び見せてくれた画面を食い入るように見つめる。




トピックの始まりは、3ヶ月ほど前。



こんな書き込みから始まっていた。





−−−−−−−−−−−−−−−

01:キャットにゃん 2/12 21:36


急遽お金が必要にゃん!なんか

いいお仕事にゃいかにゃあ?


−−−−−−−−−−−−−−−

02:S藤4727 2/12 21:40


喋り方キモすぎわろたwww


−−−−−−−−−−−−−−−

03:ルミ 2/12 21:48


援交すれば?すぐにお金入るよ


−−−−−−−−−−−−−−−




画面をスクロールし、書かれている内容をじっくりと見る。



私立高校だからご令嬢や御曹司の人が多いのかと思ったけど



ほとんどの人が砕けた口調で書き込みをしている。




そのあとの内容を読んでもやはり気になるのは、高給アルバイトを探しているスレ主の『キャットにゃん』という人だ。




急遽お金が必要になったのは3ヶ月前。



現在はどうしているんだろう……




もし高給アルバイトをしているのなら、きっと良からぬ仕事だと思う。



どうにかして止めなくちゃ。



トピックは1000件まで書き込めるようになっている。




200件くらいまで読んで、私はマウスを動かすのをやめた。





−−−−−−−−−−−−−−−

215:バードくん 2/22 22:41


>>キャットにゃん


まだいいアルバイト見つかってないナラ、紹介するヨ

手っ取り早く稼げる店、知ってるんダ


−−−−−−−−−−−−−−−




なんの前触れもなく、出てきた怪しい書き込み。



さっきまで書き込んでいた人たちとも違う人みたい……



とにかく、続きの書き込みを読む。




−−−−−−−−−−−−−−−

216:カナデ 2/22 22:50


釣り乙でーすwww


−−−−−−−−−−−−−−−

217:RION 2/22 22:52


不純な匂い!キャットにゃん逃げてwww


−−−−−−−−−−−−−−−

 



キャットにゃんがこの書き込みに対して返事をしたのは、翌日の夜だった。



−−−−−−−−−−−−−−−

226:キャットにゃん 2/23 19:05


>>バードくん


助かるにゃん!是非教えてくださいなのにゃん!


−−−−−−−−−−−−−−−

227:バードくん 2/23 19:08


>>キャットにゃん


ここじゃ詳しく話せないカラ

また明日説明するネ


−−−−−−−−−−−−−−−




その後、最新のページまで見たが、キャットにゃんとバードくんのやり取りは一切残っていなかった。




私はパソコンを羽鳥さんにお返しする。




「……ありがとうございました」



「随分熱心に見てたけど……どう?解決できそうなことはあった?」




……静かだったから気付かなかったけど、パソコンを見てる間ずっと見られていたのだろうか。



何となく恥ずかしい気持ちになる。



いや、別にやましいことはなにもしてないのだけど。




「……はい。あの、私も書き込みをすることは出来ますか?」



「うん、出来るよ。俺のパソコンからなら、ね」




羽鳥さんに書き込みの仕方を教えて頂き、私はあるメッセージを打ち込んだ。




−−−−−−−−−−−−−−−

523:一番星 4/30 11:41


>>キャットにゃん


私も高給アルバイト探してるんだ!

紹介してほしいな!


−−−−−−−−−−−−−−−



トピックスにはあれ以来キャットにゃんは書き込まなくなっていたけど



誹謗中傷の書き込みが多く残っていた。




キャットにゃんが今更このトピックスを見る可能性は低いだろう。




キャットにゃんが気付かなくても、もしかしたらバードくんが気付いてくれるかもしれない。




そうすれば、同じアルバイト先を聞き出して、キャットにゃんという人物に接触すればいい。





「さて、俺は目的も果たしたしそろそろ帰ろうかな」



よっこいしょ、と顔に似合わない言葉を言いながら立ち上がる羽鳥さん。




「羽鳥さん」



「ん?」




「さっきのトピックスに新しい書き込みがあったら、教えてくださいね」




「うん、分かった……でも俺君の連絡先とか知らないから、またここに来ればいい?」




……毎回羽鳥さんにパソコンを持ってわざわざこっちにまで来てもらうのは申し訳なさすぎる。



かと言って私が行くのもそれはそれでどうかと思うし……



迷った末に私は羽鳥さんに連絡先を教えた。




「簡単に教えていいの?俺が悪者かもしれないのに」



「羽鳥さんとは出会ったばかりだしまだよく分からないですけど……



私、あなたが悪だと思いたくないんです」




助けてくれて、今だってこうして情報提供してくれている。



少なくとも出会ったあの日から私は彼を『悪』だと思っていない。



そりゃ、どうしていきなりあの場所に現れたのかとかは聞けていないけど……




根拠もなく人を疑うことはあまりしたくない。



そう言うと、君らしいねと言って羽鳥さんは笑った。





Case*2 終

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