第7話・復讐
さて、明くる日。
私と翡翠は夜行院の屋敷へと戻ってきていた。
最後に梗司郎の声を聞いてから、33、4時間は経っているだろうか。
ちなみに昨日、話し合って互いの呼び名を現代風に改めることとした。
翡翠丸は『翡翠』、私は『咲夜』となっている。
「何名ほど捕らえてある?」
「自ら生命を絶った者が数名ありましたので、現行214名にございます」
「そうか」
復讐の対象となる期間は、前世から
「どれほどになる?」
「万は超しません。微々たるものです」
今回行う復讐は、かなり大掛かりとなる予定だ。加害者、被害者、全てを合わせた総決算となる。閻魔大王も仰天であろう。
「まずは今生の者からであるな」
「現状のままでは、お目汚しとなりますので、一度焼き捨てようと思います。……先にご覧になられたりは──」
「人を嘲笑する嗜好もなければ、見る価値もない。翡翠も目にせず、まずは焼き払って良い」
「は。承知致しました」
翡翠の張った結界は、全員をその場に留め置くものだった。動ける範囲は、ほぼない。出来ることと言えば、呼吸と声を出すくらいだ。
食事、トイレ、睡眠、暖を取る手段……あらゆる行動が制限されている。あれから30時間あまり。想像するまでもなく地獄絵図と化しているであろう。
「では手筈通り、裏切り者たちに一時的な不死の呪いを与えます。感覚を残して生ける屍と化し、一切の反抗を許さず因果応報で縛ります」
翡翠が手をかざすと、空中に魔法陣が浮かび上がった。目視して改めて思う。ほんに翡翠は美しい魔王であると。
『地に眠る闇の宮よ。我が呼び声に応じ、死出の扉を閉じよ【
屋敷のあちらこちらから青い炎の柱が上がる。
断末魔のような叫び声が聞こえてくるが、防音は施してあるそうだから近所迷惑にはならないだろう。
「これで裏切り者たちは痛みを抱えたまま、不死の屍となりました。抵抗は出来ません。反抗の意思を持てば体内に激痛が走ります」
……ならば少し試してみるか。
『
大火呪の真言を唱えると、先ほど青い炎柱があった場所に紅い炎塊が渦巻いた。
前世とは比べものにならない火力に、私は呆然と紅炎を見つめる。
「……咲夜様?」
「この身体でも真言が使えるか試してみようと思ったのだが……。翡翠、いま何かしたか?」
「いえ。恐らくですが、記憶をお預かりしていた間、ずっとこの身の核──力の根源となる部分でお守りしておりましたので、俺の魔力が移ってしまったのかと」
炎のことより、翡翠の口から聞こえた新鮮な響きに私は聞き惚れた。
「………………俺」
すぐさま翡翠が顔を赤らめる。
「っやはり似合わないのではないですか? 昨日、咲夜様はそうするようにおっしゃられましたが」
「いや、おかしいと言っているのではない。翡翠の『俺』は良いと思ったのだ。よう似合うておる」
「……っ」
「元の世界の時のように『我』でも良いが」
「…………咲夜様……っ」
翡翠の本来の口調は私によく似ていた。
『私』を『我』にすれば、そう変わりない。
口には出さなかったが、それはそれで、ほんの少し心の奥底がこそばゆかった。
「咲夜様は……ご自分で手を下されたい者はいらっしゃいますか?」
そう尋ねる翡翠の顔には、誰の名も口にして欲しくないと書いてあった。
直接手を下せば、私の中にその名が消えずに残ると思っているのだろう。今生の記憶が新しいからか、梗司郎は今でも許せないが。
「特段ない。が、辛い思いをした皆のためにも、悪行を働いた者には同じ目に遭うよう取り計らって欲しいと思っている」
「は。必ずや」
翡翠は前世から今までの間、犠牲になった全ての魂を大切に保管してくれていた。
何のためになど問う必要もない。翡翠が私のために考えてくれた復讐の計画は、まさに人智を超えていた。
被害者たちの一斉蘇生。
転生ではなく、死者の復活である。
肉体を再生し、記憶──魂を込め直す。
まさか、そんなことまで可能だとは思ってもいなかった。翡翠は真っ先に、私の両親を蘇らせてくれた。
「………………父、上、母上…………」
「…………その声は、咲夜姫か!?」
「これは……なんとしたことか!?」
翡翠がいるから、それぞれへの説明はいらなかった。事情を知った被害者たちは、同じように蘇生した加害者──不死の呪いを受け、術に縛られた者たちに、思い思いに復讐を始めた。
ちなみに蘇生した加害者たちも、初めに二度ほど焼いてある。
「被害を受けた者の記憶は、生命を奪われた時点で止まっています。その憎しみは何一つ薄れていないでしょう」
逆に、その後ものうのうと過ごしてきた加害者には、生き延びた分だけ老いや病などによる身体の不自由さが残されていた。
そこに不死の呪いによる復讐である。
「屍共はこの地より出ることはありません。復讐に際し、逆らうことも一切不可としました」
「これはいつまでになる?」
「咲夜様の転生に要した時間の分だけ。その時を過ぎれば、自動的に魂が消滅します」
「それ以外には?」
「被害者たちには、それぞれ復讐の対象となる者たちの魂を渡してあります。気が済んだ折、踏み砕くなり叩き潰すなりすれば、その時点で復讐は成されたものとすると伝えてあります」
『目には目を』とはよく言うが、翡翠の言う復讐とは、なかなかに徹底して清々しいものがあった。
「ほんに恐ろしい魔王であるな」
「考える時間だけは優にありましたので」
私の転生を待つ間、翡翠は夜行院に囚われたふりをしていた。理由は明白である。そうすることが、私に一番近かったからだ。私が夜行院家への復讐を望んでいたから。
「咲夜様を待つ間、俺は女児たちの魂を奪いました。その遺体から目玉が抉られ、利用されることを知っていて見過ごしておりました」
「女児と申しても死した時は16。あの者たちは自分で判断し、それを良しとした。後の復讐を確約したそなたに望んで魂を預けたのだ」
「……ですが……俺は、自分の願望のために罪のない者を……」
声を詰まらせ、震わせる。
そんな翡翠を私は強く抱き締めた。
「……ほんに翡翠は……優しいな」
優し過ぎる鬼。
角も牙も持たず、美しくも哀しい鬼。
「私の目的は果たされた。今度は翡翠の番だ」
「…………俺、の……?」
当然、翡翠にも怨む権利はある。
一切の自由を奪われ、食事も与えられていなかったのだ。
「前世と今生、私に直に手を下した者への復讐。その代理を翡翠に預けるとする」
私の言葉を瞬時に理解した翡翠は、綺麗な深緑の瞳の奥に獰猛な光を宿した。
「願ってもないお言葉。謹んでお受け致します」
その後、私の溜飲が下がりきるほど、翡翠は復讐の鬼の名を欲しいままにした。
梗司郎とその近親、前世で私を手に掛けた者らに至っては、およそ調理に使われるであろう行為を片端から体験したという。
初めに二度焼かれたためか、加害者たちは思いのほか従順に復讐を受け入れた。
深く反省して心を入れ替えた者の中には、被害者の下僕として別の道を歩み始めた者もいるらしい。
こうして私たちは、各々の復讐を終えたのであった。
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