第6話「再会のストレンジャー」

 摺木統矢スルギトウヤは、クレア・ホーストと共にマサチューセッツ州へと来ていた。

 それも、辺鄙へんぴ田舎いなかの小さな街セイラムにである。

 おおやけにはされていないが、すで人類同盟軍じんるいどうめいぐんは戦時下にも等しいSSSトリプルエスアラートを発令していた。


「統矢殿、ついたであります!」

「ん、っ……あ、ああ。すまない、寝てたみたいだ」


 クレアに運転を代わってもらってから、どうやら少しうとうとしていたらしい。

 眠気眼ねむけまなこを擦りながらも、統矢は助手席で身を正す。

 そして、眼前の光景に小さく驚きを口にした。

 セイラムの街は今、避難する住人たちでごった返していた。軍が展開を終えており、ぞくぞくと車列が街を出てくる。徒歩の者たちもいて、迎えのバスには長い行列ができていた。

 クレアの話では、街そのものへの全体的な避難命令が出たらしい。

 それほどのことが、この平和な片田舎で起こっているのだ。


「よし、クレア。ここで車を降りよう。あとは歩きだ」

「りょ、了解であります!」

「……怖いかい? 少し緊張しているみたいだ」

「いえ、それほどでは……ないでも、ないであります。その、何が起こっているんでしょうか?」


 それは統矢が聞きたいくらいだ。

 だが、同時になんとなく予想もつく。

 こんなタイミングで事件が起こるなんて、まるで統矢の旅を知っていたかのようだ。そして、統矢の予測が的中しているなら、知っていたどころの話ではない。

 そう、彼女には全てがなにもかもお見通しなのかもしれなかった。

 ともあれ、統矢はクレアと共に車を路肩へ寄せて駐車し、人々の流れに逆行して歩く。

 すぐに武装した歩兵たちが、統矢を呼び止めた。


「これより先は封鎖されています。街には誰も入れるなとの命令をうけております」

「指示に従って避難してください」


 兵士たちの目も、動揺で不安げに揺れていた。

 恐らく、この異常事態の原因を知らされていないのだ。

 それが統矢の中に、さらなる確信を呼び込む。

 そして、さらなる真実が向こう側から声をかけてきた。

 兵士たちの背後で、妙に老成した声が響く。あどけない子供の声音は、その節々にすれて大人びた雰囲気が滲んでいた。


「やあ、統矢。久しぶりじゃないか、ええ? あ、この身体で会うのは初めてかな?」


 兵士たちが道を譲ると、そこには小さな女の子が立っていた。

 よれよれの白衣を羽織はおって、その裾をずるずると引きずっている。年の頃は、統矢の娘と同じくらい……よくて五、六歳程だ。

 だが、眼鏡めがねの奥でチャシャネコのように微笑む表情は、すぐに一人の人物を想起させる。

 統矢は素直に驚いたが、酷く納得もして身を屈める。


「ご無沙汰してます、霧華キリカさん。今回もこっちの世界に生まれてたんですね」

「やや、わかるかい? いやあ、旧知の仲に会えるのは嬉しい。なに、こっちの世界線が気に入ってるのさ。……罪滅つみほろぼしもあって、あと数回はこっちで戦後処理を手伝うつもりだ」


 その女児の名は、御統霧華ミスマルキリカ

 死ぬことを許されぬ永遠の少女、リレイヤーズの霧華である。

 リレイヤーズとは、禁忌きんきのシステムに魂を売り渡した人間のことである。安寧あんねいなる死を拒んだことで、繰り返しあらゆる並行世界のどこかへと生まれ直すことが可能だ。そして、一度生まれたことがある世界線には、自分の意思で任意に選択して転生できるのである。

 ただし、生まれ直す都度つどDNAの情報が破損してゆき、成長限界が早まる。

 最後には産まれることすらできなくなるらしいが、真相は定かではない。


「統矢殿、この子は」

「ああ、紹介するよ。昔の仲間で、霧華さん」

「はじめまして、お嬢さん。さて、こっちに来たまえよ。ざっくり雑に説明してあげよう」


 霧華は兵士たちに二言三言告げて、統矢たちを街の方へと招いてくれた。

 統矢の名を聞き、驚きの表情で振り返った兵士たちの顔に、相変わらずとはいえ苦笑するしか無い。そして、何故なぜか……どうだと鼻息も荒く得意気なクレアも微笑ましい。

 そんなこんなで、統矢たちは現地の対策本部があるテントへと向かって歩いた。


「元気そうだね、統矢。モルモット生活は慣れたかい?」

「この五年、思う存分に給料泥棒むだめしぐらいをやらせてもらってますよ」

「それは結構。それと……あまり危ない橋を渡るのは感心しないなあ」

「ありゃ、霧華さんも知ってたんですか?」

「あの連中は有用だから、軍の上層部も事実上黙認してる。ギルガメッシュ商会もだね。ただ、それはつまり……いざとなったらトカゲの尻尾切りで隠蔽いんぺいできるからさ」


 相変わらず飄々ひょうひょうと、食えない態度で霧華は笑う。

 より小さな子どもになってしまったが、以前と変わらぬ気さくさが感じられた。

 同時に、統矢は気になったことがあって言葉を挟む。


「霧華さんは、どうしてまた軍に? 刹那セツナさん……御堂ミドウ先生みたいに」

「ああ、刹那ね。あいつは今、どこにいるのか。どこかの世界線に生まれ落ちてはいるだろうけどね。うんまあ、ボクは……ちょっとあってね」


 最終決戦が終わったすぐあと、戦後の混乱期に霧華は再び生を受けた。

 どこにでもいる平凡な家庭の、仲のいい夫婦の家に生まれたとのことである。そこで最初は、なにもせずに平凡な人生を受け入れるつもりだった。リレイヤーズだということはいずれバレるだろうが、その日まで両親の愛娘まなむすめを演じるつもりだったのだ。


「……一年前だけど、ちょっと商業施設でテロに巻き込まれてしまってね。まあ、今の両親を助けようと思ったんだけど、失敗してしまった」

「そっか。大変だったんだな……ゴメン、悪いことを聞いてしまった」

「いや? 最後まで話は聞き給えよ、統矢。ボクは無事にテロリストから両親たちを解放した。相手も油断しただろうね……ボクみたいな子供が銃の扱いに手慣れてるなんてさ」


 だが、そこからがよくなかった。

 活躍し過ぎて、霧華はリレイヤーズであることがバレてしまった。

 そして、悲劇が起こったのである。


「両親が怖がってね、施設にボクを突き出したのさ。リレイヤーズについては、例のシステム共々機密情報として秘匿されている。けど、まともな子供じゃないってのはわかったみたいでさ。それで気付いたら、軍に回収されてた」

「……そっか」

「おいおい、しんみりしてくれるなよ? ようするに、過去の罪に向き合わずに足抜けはできないってことだろうさ。なら、軍に協力するのも悪くない。統矢にも会えたしね」


 クレアは、話についてこれずチンプンカンプンといった様子である。

 そして、この街の異変についても霧華は話してくれた。


「驚くなよ、統矢。リレイド・リレイズ・システムが再びこの世界線で実体化するかもしれない。その座標がここだ」

「やっぱりか」

「なんだ、かわいくないなあ。少しは驚いてみせたらどうだ」

「そんなことだろうと思ったさ。あ、そうそう……クレア、手短に話すけど」


 ざっくりと説明してやったが、クレアは目をしばたかせるばかりだ。

 それも当然だ。

 先の大戦の元凶となった、平行世界を渡り歩く時空間相互連結装置じくうかんそうごれんけつそうち……因果いんがを調律する禁断のシステムの存在は、巧妙に隠されている。軍の上層部は、その一切合財を非公開としているのだ。

 その名は、リレイド・リレイズ・システム。

 あらゆる世界線を、未来から過去まで編み直して繋げる運命改竄うんめいかいざんのための力である。

 今にも頭から煙を吹き出しそうなクレアをよそに、霧華は話を続ける。


「リレイド・リレイズ・システムはその性質上、。あてもなく無限の並行世界を彷徨さまよっているのさ」

「それがまた、俺たちの世界に? 偶然、なのか?」

「さてね。それを調べるのもボクの仕事さ。そして統矢、君が来た」


 にんまりと笑って、霧華は振り返る。

 そこには、悪巧みというよりは悪戯いたずらを抱えた子供の無邪気さがあった。


「協力してもらえるね? 統矢。なるべく早く、システムを確保し、再び別の世界線にぶまで守らなければいけない」

「守る、ということは」

「ああ、連中は必ず来る……知っているだろう? 新地球帝國しんちきゅうていこくの残党はまだ、戦いを諦めてはいない」

「なるほど。……そうだな。なら、久々にりんなに会ってみるよ」

「助かる。そっちのお嬢さんは護衛だね? 統矢はボクの愛したトウヤの、平行世界の同一人物だ。トウヤ本人はもう、二度とどこの世界にも現れないだろうけど、こっちの統矢には幸せになる責任があるからね」


 それだけ言って、寂しげに霧華は肩をすくめる。


「トウヤを裏切り、君たちの側に付いたのはボクだ。だから、親にも裏切られて今は軍の飼い犬。因果応報だね」

「飼い殺し仲間ってことだな、霧華」

「……だね。なら、悪くはないさ」


 統矢は、北極の基地でトウヤの凍結封印が終わったことを伝えた。

 霧華はしばし沈黙して、小さく頷き自分を納得させたようだった。


「よし、じゃあクレア。悪いけど、付き合ってくれ。あの街のどこかに例のシステムが来てる。どこかはわからないが、俺が行けば……向こう側から接触してくるかもしれない」

「は、はあ。しかし、そんなことを軍は隠蔽いんぺいしていたでありますか」

「クレアが気に病むことじゃないさ。上層部もよかれと思ってのことだろうしね」


 さして緊張も感じず、統矢は歩き出す。

 慌ててクレアが追いかけてきた。

 最後に霧華は、白衣のポケットに両手を突っ込みながら叫んだ。


「統矢! 今日は会えてよかった。無茶は決してしないでくれ給えよ!」

「ああ、わかってる」

「それと、先日ボクも立ち会った改型零号機かいがたぜろごうきのオーバーホールだけど! そう、確か……キラキラした名前の……そう、瑠璃ラピス! 佐伯瑠璃サエキラピスと一緒に作業してわかったことがある!」


 意外な言葉に、統矢は一度だけ振り返る。

 それは、漆黒の亡霊に隠された真実……不安定な挙動を繰り返してきた機体の、数奇な運命。かつて暴れ馬だった89式【幻雷げんらい】改型零号機に隠された秘密だった。

 あまりにも意外過ぎる話に、流石さすがの統矢も驚く。

 そして、その機体を受け取ったであろう人物を想い、視線を遠景の山並みへと放るのだった。

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