推理はチョコが溶けるまで

紅りんご

第1話 

 2月14日。お菓子大好きな名探偵、甘党甘奈あまとうあまなと唐辛子大好き助手の辛党辛吾しんとうしんごは事務所の中で依頼者を待っていた。 

 やがて、暇を持て余した甘党が口火を切る。


『助手くん、ゲームをしよう。』


『ゲーム、ですか。』


 辛党が反応すると、甘党は嬉しそうに頷く。


『実はさっき、暇すぎて簡単な事件を考えたんだ。』


『いきなり物騒ですね。……てか、そんなことするくらいなら、溜まってる書類片付けてくださいよ。』


『はぁ、今日は大切な人への愛を伝える日なんだぞ。そんな日に私という可憐でか弱い乙女を辛口で傷つけていいと思っているのかい?』


『可憐でか弱い乙女はバレンタインに殺人事件を考えたりしません。……で、どんなのなんですか、先生?』


『ふふっ、そうこなくっちゃ。形式はウミガメのスープと同じ。君は私がイエスかノーかでしか答えられる質問しか出来ない。そして、質問は三回まで。』


『少なくないですか?』


『簡単だし、きちんと考えれば穴も多い。遊びだから、大体が楽しいんだよ。ちゃーんと、景品も用意してあるし、やろう!!』


 強引な甘党に押し切られ、推理ゲームが幕を開けた。


『バレンタインの日の夜、A子は彼氏のB男にチョコレートをプレゼントとした。その夜、B男は風呂で溺死してしまった。それは何故か、この事件のトリックを暴きたまえ。』


『随分とまぁ曖昧な事件ですね……』


『3分クオリティだ、文句を言わない。あ、A子に殺意はあっても無くても構わないよ。』


『んー。』


 溺死とチョコレート、そこの関連が恐らくトリック。でも、それがいまいち分からない。まずは、一つ確かめてみるか。


『プレゼントのチョコレートはA子も一緒に食べたんですか?』


『一つ目だね。答えはYes。二人でそのチョコレートを食べた。』


『……そうですか。』


 毒物の線は消えたと見ていいだろう。二人で食べた以上、操作する事がある程度可能だとしても甘党のさっきの発言と溺死、毒物が関連しているなら殺意の有無は重要なはず。それがどちらでもいいなら、毒物は事件に関係ない。

 と、なると男の方に問題があると考えるべきだ。隠された真実、それを暴く他無い。


『男には持病があった。アレルギーみたいな。』


『二つ目。答えはNO。男に持病は無い。』


『えぇ……。』


 アナフィラキシーショックの反応が風呂で起き、不慮の事故として亡くなる。その仮説は打ち破られた。チョコレートの中に入っているナッツや果物のアレルギーさえ無いということになる。


『質問はあと一つ。追い詰められたね、助手君。』


『やっぱり、先生のようにズバッと解決っ、て訳にはいかないですね。』


『いや、案外いい線をいっていると思…おも…くしゅん!!』


 可愛らしいくしゃみをする甘党。それを見た辛党の脳裏に何かが過ぎる。まるでパズルの最後のピースがハマる、そんな気分。……そうか、そういうことか。


『先生、最後の質問いいですか?』


『何か閃いた顔だ……いいよ、君の最後の質問を聞かせておくれ。』


『男はその日、薬を服用していた。』


『ふっ、答えはYesだよ。君の推理は?』


 一息ついて、自分の推理を口にする。


『B男はその日、風邪気味、もしくは花粉症がひどかった。でも、死亡していたのが夜なら恐らく風邪薬を服用した。そして、彼女から渡されたのはウイスキーボンボンだった。』


『ほう。』


『風邪薬や花粉症の薬には、アルコールと同様に神経の働きを抑制する成分を含んでいるものもあります。』


『へぇ、それで。』


『だから、ウイスキーボンボンと風邪薬を服用したB男はひどく眠くなり、B男は湯船に浸かりながら寝込んでしまい、溺死してしまった。』


『ふっ、ふふっ、素晴らしい!!』


 そこまで興味深く聞いていた甘党は話が終わるとすぐに感嘆の声と共に手を叩く。


『合ってましたか?』


『あぁ、もちろん大正解だよ。』


『ふぅ……良かったぁ。やっぱり先生がヒントをくれたのが大きいですね。』


『ヒント……?』


 わざわざヒントをくれた訳ではないらしい。推理する時の鋭敏さと、こういう天然な面とのギャップが先生の魅力だ。


『くしゃみ、したから分かったんですよ。』


『あぁ、そうか。それは私も詰めが甘かったね。』


『……で豪華景品は何ですか?』


 くれるというなら、もらうのが辛党家の家訓だ。


『こ・れ。』


 差し出されたのは丁寧に赤い包装紙でラッピングされた箱。今日という日を鑑みると、中身は──


『チョコレート、ですか。』


『大正解。私の手作りだ。大切に味わい給え。』


『食べても死んだりしないですよね……?』


 今の話を聞いた後だと不安になる。失礼極まりない発言だが、こればっかりは先生にも問題がある。


『安心してくれ、別段何も入ってないシンプルなチョコレートさ。まぁ、食べたら最後……恋を……患うかも……しれないけど……ね。』


『最後、何て言ったんですか?』


 チョコレートの安全性をアピールする先生の声は顔の紅潮と共に小さくなり、聞こえなくなった。何を言ったか気になるんだけど。


『別に何も。気になるんだったら、推理し給えよ。』


『何か、怒ってます?』


『怒ってない!!』


 カランコロン


 狭い室内で追いかけっこをする我々の耳に入室を告げる鐘の音が響く。


『助手君、依頼者だ。』


『はい、先生。』


 こうして、先生との甘い一時は終わりを告げる。先生から貰ったチョコレートはまだほんのりと暖かかった。

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