第138話 生を選ぶ



テロリストの拠点を余りにも堂々と歩くディアボロス。

行き交う人々は知らない顔だが、またリーダーが顧問でも雇ってきたと思ったのだろう。

特に声を掛けることもなくそのままスルーをする。

ディアボロスは何も気にするものでもない。

ゆっくりと目的の魔素に近づいて行く。

!!

ピスターチオも反応する。

「な、なんだこの気持ち悪く、強烈な魔素は・・まさかこの世界にこんな強烈な魔素を持つものがいるのか? ありえない・・に、逃げなきゃ・・だが・・」

ピスターチオは逃げる経路を考えたが、おそらく無駄だろうとも思う。

間違いなく自分は狩られる立場にいる。

自分の魔素は隠蔽していたはずだ。

だが、料理に夢中になるあまり、わずかに漏れ出たのかもしれない。

ピスターチオはその場でディアボロスが来るのを待つことにした。


ディアボロスが近づいて来た。

ピスターチオの心臓が口から出そうなくらいバクバクとしている。

調理場の入り口に掛けてある垂れ幕がゆっくりと持ち上がる。

にっこりと微笑みながら入って来る男がいた。

「うむ、感心、感心。 逃げずにとどまるとは結構なことだ」

ディアボロスの言葉にピスターチオは無言で見つめる。

「君が帰還者だね。 私はディアボロスという。 短い間だがよろしく」

ディアボロスは笑顔を絶やすことなく話す。

「おや、君は無口だね。 それにあまり驚いてはいないようだが」

「あ、あの・・あなたはいったい・・」

ピスターチオは恐る恐る言葉を出す。

「うむ、自己紹介はしたつもりだが・・そうだねぇ、君たちの認識では魔族ということになる」

!!

ピスターチオにはその言葉で十分だった。

そしてその言葉はそのまま死刑宣告と同じだった。

すると妙に落ち着いてくる自分を感じていた。

「なるほど・・で、私をどうするつもりですか?」

ピスターチオは当然の質問をする。


「フッ、無論私のために役立ってもらう」

ピスターチオは緊張を緩めることなく答える。

「わ、私は別に力を欲しているわけではありません。 こうやってみんなのために食事を作っていればそれでいいのです。 お願いですからこのまま立ち去ってくれませんか?」

「なるほどな・・だが、できぬ相談だ」

ディアボロスははっきりと答える。

ピスターチオはわかっていた。

戦闘などで対抗できる相手ではない。

死ぬのは別に怖くない。

だが、このままこんな形で自分の人生が終わるのはやるせない。

だからこそ交渉してみようと思っていた。

「では、どうすれば見逃してくれますか?」

ピスターチオは問う。

「フフフ・・あっはははぁ~! 君は賢いね。 戦うよりも生を選ぶ。 生物としては自然な選択だ。 だが、それも叶わぬよ」

ディアボロスはそう言うと、ピスターチオに拘束魔法を放っていた。

麻痺させる術だ。


パリン!

ディアボロスは目を見張る。

まさか弾かれたのか?

こんなひ弱な魔素しか持たぬ人間に、我が魔法が弾かれたのか?

もう1度、より強く魔力を伴って麻痺の魔法を放つ。

パリン!

同じだった。

「リフレクションか」

ディアボロスはニヤッとした。


ピスターチオは答えることなくディアボロスを見つめる。

まさかこんな強烈な魔法を放ってくるとは、さすが魔族だ。

だが、どうしてこの世界に魔族がいるのか・・いや、今はいい。

とにかく今はこの場から逃げることを考えなければ。


「上質の個体だ・・君、逃げることはできんよ。 それに逃がすはずもない」

ディアボロスはテンジンの件で学んでいる。

あまりにも追い詰めすぎると人間は自分自身を攻撃する。

まだディアボロスに向かって来てくれる方がありがたい。

少しでも魔素を吸収することができる。

だが、自分自身を攻撃されれば得るものがなにもない。

それだけは避けねばならない。

だからこそ麻痺の魔法を放ってみたのだが、弾かれてしまった。

上位の麻痺の魔法も効果がない。

この目の前の人間は、おそらく魔術師か何かなのだろう。

それも上位の魔術師。


ディアボロスはアプローチの変更を余儀なくされる。

危険だが一気に心臓を貫き、行動を抑制する。

そして死ぬ前にその魔素を吸収する。

それにもし戦闘が長引けば、自分の居場所が知られてしまう。

帰還者が1人や2人来ても問題はないが、数が揃ってくると面倒なことになる。

傷つけられるかもしれない。

そうなればせっかくレベルを上げようというのに、回復に余計な労力を費やすことになる。

魔王がこちらに来れるはずもないが、それでも自分の存在を知られてしまった。

密かにレベルを上げていかなければ不測の事態に遭遇するかもしれない。

そんなことを考えながらディアボロスはゆっくりとピスターチオとの距離を詰める。


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