第134話 それぞれの事情



「テツ、この熱い入れ物は何のスープなの?」

クララが蕎麦湯を見ながら聞いてきた。

俺は説明が面倒なので適当に答える。

「えっと・・そばを食べた後に、その黒いツユに入れて薄めて飲む人もいるんだよ。 食後に飲むスープみたいなものかな? 俺も一口くらいは飲むけど・・」

「ふぅん・・で、ソバってこの黒い麺がそうなの?」

「う、うん・・黒いって・・そう言われるとそうかなぁ・・」

俺たちの会話を聞いてか、カウンターの向こう側の店員がこちらを見る。

俺は少し焦ってしまう。

「ク、クララ、こうやって麺を取って食べるんだ」

俺はそばを箸で掴み、ツユに軽くつけて食べてみた。

やはり美味しいぞ、このお店。

俺は続けてそばを掴み、ズルズルとすすっていく。

「うん、クララ、美味しいよ。 食べてみたら?」

俺の言葉にクララが見様見真似でそばを掴みツユに入れる。


クララは案外器用に箸を使っていた。

かなり多くそばを掴み、ツユがこぼれるんじゃないかと思ったが大丈夫だった。

ズルズルとはいかないが、そばを食べている。

モグモグ・・。

「美味しいわ、テツ。 この黒い麺も黒い液体も美味しいわね・・私、この麺のファンになるかも・・」

クララが黒い、黒いと連呼する。

その度に店員がチラっと俺たちを見る。

俺は内心ヒヤヒヤだ。

まぁ日本人じゃないから許してくれるだろう。

まさかそばを食べるだけでこれだけ緊張するとは思わなかった。

戦闘とは全く違う疲れを感じる。


<クリストファー>


クリストファーはイタリアで暮らしている。

ディアボロスの魔素を感じてからは、すっかりと見方が変わってしまった。

帰還者という能力を持っていても、どうしようもないじゃないかと思っている。

自分の想像を超える強力な力。

まさかこれほど差があるとは思わなかった。

全く手が出せない。

クリストファーは冷静に分析をする。

決してあの魔物の索敵エリアに入ってはいけない。

もし興味でも持たれたら終わってしまう。

おそらくは本格的な戦闘など無理だろう。

片手を顎に当て、どこを見るでもなく立ったまま考えていた。


「クリストファー君・・」

シュナイダーが部屋に入って来たのにも気づかなかったようだ。

「クリストファー君・・」

シュナイダーは静かに何度か名前を呼ぶ。

「ハッ! こ、これはお館様・・失礼しました」

クリストファーは急いで挨拶をする。

「ふむ・・君がそんなに考え込むとは珍しい。 それほど衝撃だったのかね?」

シュナイダーは落ち着いた口調で聞く。

「い、いえ、そういうわけでは・・いや、そうなのでしょう。 帰還者よりもいや全くの別物、もはや化け物と呼んでもよいくらいの強さを感じました」

クリストファーの言葉を聞きながらシュナイダーは窓際の方へ歩いて行く。

ゆっくりと振り返ると微笑む。

「なるほど・・クリストファー君、我々も引っ越しをしてみないかね?」

シュナイダーの意外な言葉にクリストファーは呆けていた。


シュナイダーは軽くうなずくと話し出す。

「うむ、アメリカの友人からの招待でね。 アメリカで住んでみてはどうかというのだ。 友人の見方では中国の例もある。 今までの単なる力では対抗できない世界になりつつあるという。 幸いアメリカには協力的な帰還者がいて、現政権とうまくやっているようだ。 私もその方が良いように思うんだ。 欲を言えばその者と君が協力的な関係になってくれると尚良いのだがね」

「お館様・・」

クリストファーはシュナイダーの言葉を聞きしばらく考えている。

・・・

・・

「お館様、私もその方が良いかと思われます」

クリストファーの言葉を聞くとシュナイダーはにっこりとしてうなずく。

「ありがとう。 では早速移動とするかね」

クリストファーは驚く。

そして感心する。

このお方にとっては既に決定事項だったわけだ。

アメリカの友人とも移住した時の手配はすべて終えているのだろう。

さすがというべきか、あきれるというべきか・・とにかく移住するのが今のところ最善の策と思われる。

あの強烈な魔素を近くで感じたくはない。

クリストファーは丁寧にシュナイダーに挨拶すると、早速移動準備に取り掛かる。

それほど持ちものもないので、すぐに出立準備はできるだろう。



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