第64話 クソウとコーヒーブレイク



<チベット地区>


中国軍を撃退した帰還者は英雄扱いだった。

村長はやや怯えた顔をしながらも、覚悟を決めた感じだ。

「テンジン・・よくぞ我が一族の積年の恨みを晴らしてくれた。 感謝する」

「大老、私は当然のことをしたまでです。 いきなり変な世界に飛ばされたかと思うと、またその飛ばされた瞬間に戻って参りました。 これは私に天命が下ったのだと確信いたしました」

「うむ。 テンジン、お前の力は、中国軍の部隊すら問題にならない神なる力だ。 その力を持って何を為すつもりだ」

村長はテンジンをジッと見つめて問う。

「大老、ご心配には及びません。 私はの世界で修行してまいりました戦士です。 今までしいげられてきた力なきもののために我が力を使いたいと思います。 まずはチベットを苦しめてきた諸悪を根絶します」

村長はテンジンの言葉を聞きながらうなずく。

「テンジン、力におごれるものは、その力に呑まれてしまうぞ。 お前は強い。 だからこそ心の強さも今まで以上に必要なのだ」

「大老、わかっております。 私は自分に溺れることはいたしません。 常に弱者の立場に立ち、下からの目線で世の中を見ることを誓います」

「うむ・・その心がけ、忘れることのないように。 ただ、決断するべき時には絶対ではないぞ」

「はい大老、わかっております」

「うむ・・テンジン・・我が一族の英雄よ、この世界を頼むぞ」

村長はそっとテンジンの手を取り、祈りを込めて自分の額に当てていた。

テンジンも目を閉じて村長が動くまで待っていた。


「大老・・この村には結界を施しておきます。 物理攻撃などは無効化されるでしょう。 それに害意あるものが侵入できないようにしておきます。 ご安心を」

テンジンはそう告げると、村長の家を後にした。

村を歩きながら結界のポイントごとに杭(くい)を打ち込んでいく。

村の連中は笑顔でテンジンを迎える。

・・・

すべての杭が打ち終わった。

テンジンが詠唱し村に結界が施される。

水色っぽい半透明の膜が広がってゆき、村全体を覆っていった。

村の運営を任されている人たちに、結界の説明をするとテンジンは村の外へ出る。

向かうは北京だ。


<テツとクソウ>


俺はクソウと一緒の部屋でコーヒーブレイクしている。

部屋に案内されて食事の用意をしているのでしばらく待機してくれと言われていた。

時間は11時前。

クソウが俺を見て笑う。

「佐藤君、メリケン首相だが・・今頃どんな話をしているのだろうね」

俺に聞いているようでもあり、1人つぶやいているようでもあった。

「さ、さぁ・・おそらくこれからのロシアとの関係について・・でしょうか?」

「フッフッフ・・違うな」

おっさん!

わかっているのなら、初めから俺に振るな!

心の声です、はい。


クソウが笑いながら俺の方を向く。

「日本の・・というより、君のことだよ、佐藤君」

「は? 俺の・・ことですか?」

クソウはうなずく。

「君は力を見せすぎた」

は?

何言ってんのおっさん・・協力しろと言ったじゃないか。

じゃあ、あのままクラウスやアンナを見殺しにしていれば良かったのか?

一応、即席でも仲間になったやつらだ。

そんな薄情なことできるはずはないだろう。

どういうことだ?

俺は真意を図りかねた。


「クソウさん・・どういうことですか?」

「うむ・・君の力が・・いや、帰還者の力がもはや近代兵器とは種類の違うものだということがわかってきた。 君たちの気分次第で一国の命運が左右されるといっても過言ではない」

「ク、クソウさん・・俺はそんなこと考えたこともないですよ。 それにそんな面倒くさいことはしませんよ」

「うむ・・わかっている。 だが、他者はそうは思わないだろう。 それに民族文化が違う。 日本の世間などという言葉は、諸外国にはない」

俺は言葉が出て来なかった。

やはり政治に巻き込まれたらロクなことにならない。

わかっていたはずだ。

だが、どうすることもできない。

「佐藤君・・私もドイツがどんな感じで接するのか肌で感じたかったが、イレギュラーな事件が起きた。 予想外だ。 一度帰国しよう。 幸い我が国には帰還者がまだ存在する・・」

クソウがそこまで言った時だ。

俺は席を立ちあがった。

クソウのSPが反応する。

クソウが目配せをしてSPを制止。


「クソウさん・・彼らを余計なことに巻き込まないでください。 まだ学生なのですよ。 もし彼らを危険な目に合わせたら、私も覚悟があります」

クソウが俺をジッと見つめてうなずく。

「わかっている佐藤君。 私もそんなバカな真似はしない。 取りあえず諸外国にその存在を知られないようにするだけだ」

俺はゆっくりと席につく。


クソウは微笑みながらうなずく。

怖いねぇ・・佐藤君、それはわかっているよ。

だがね、国というのは常に騙し合い、自国の利益のみを考える。

協力しようなどと言っても、いつ裏切るかわからない。

ただね、君の存在が大きなアンカーとなる。

誰も我が国を侮ることができなくなった。

私たちが手綱を取り間違えなければ問題あるまい。

仲良くやって行こうじゃないか。

クソウはそう思いながら佐藤を見る。


ドアをノックする音が聞こえた。

コンコン・・。

「失礼します。 お昼の用意ができました。 どうぞお越しください」

メリケン首相の関係者が迎えに来た。


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