第63話 想定外



<中国>


バッキンダック主席は政務室でイライラしているようだ。

お茶を何杯も飲み、部屋の中をウロウロしたり、椅子に座ったり立ち上がったりしている。

側近たちも怖くて声をかけれない。

そんな中、1人の側近がバッキンダックの部屋に入って行く。

「失礼します」

その声にバッキンダック主席がジロッと睨む。

「しゅ、主席・・チベットに向かっていた・・」

報告者の報告を待たずにバッキンダック主席が発言する。

「おぉ、どうだったのかね? その魔法使いとかと接触できたのかね?」

目を大きくして聞いていた。


「は、はい・・それが・・」

「ん? どうしたのだね。 はっきり言いたまえ」

報告者の額に汗が浮き出ていた。

目線も下向きになり、バッキンダック主席を見ることができない。

「は、はい・・その・・接触はできたようですが・・」

「おぉ、接触できたのか! それで我が国に来てくれるのか? というよりも、チベットは我が国だ。 もちろん来るのだろう・・で、いつ来るのかね?」

「・・・」

報告者は黙っている。

「君、どうしたのだね? 来るのには軍の航空機を使ってもらっても構わないぞ」

「え、は、はい・・その・・」

報告者は言いよどんでいる。

「君ぃ、はっきりしたまえ。 私は事実だけを聞きたいのだ。 報告とはそういうものだろう」

バッキンダック主席の言葉に、報告者は意を決したのか、生唾を飲み込むと前を向いて報告する。

「は、はい主席、報告します。 帰還者なるものに向かった軍が全滅しました」

・・・

・・

しばらく沈黙の時間が流れる。

バッキンダック主席の顔の表情がゆっくりと変化する。

ニコニコしていたのが、難しい顔になった。


「どういうことかね? 軍が全滅?」

報告者は緊張で今にも弾けそうだ。

「は、はい! 全滅です、大隊規模で向かったのですが全滅です」

バッキンダック主席はイラっとした。

全滅、全滅と連呼する。

何を言っている?

我が軍が全滅するわけはないではないか!

相手は1人の人間だぞ。

何故、軍が全滅するというのだ?

「君・・何を言っているのか理解しかねるが・・正確に報告してくれないか」

バッキンダック主席は、落ち着いた口調で話す。


「は、はい。 大隊を持ってチベットの村に向かったのです。 そして村に到着し、帰還者なるものと接触に成功しました。 その後、北京に向かって出頭しろと伝えると拒否されました。 仕方なく村人たちを人質にして要求したのです」

報告者は言葉に注意しながら話す。

バッキンダック主席も、聞きながらうなずいている。

なるほど・・間違えてはいない。

村の連中と天秤にかければ従うだろう。

どういうことだ?

何を間違えたのだろうか?

「君、チベットの自由というか、民族は存続させると言ったのだろうね?」

バッキンダックが確認する。


「は、はい、それはもちろんでございます。 チベット地区の存続は継続させるし、今よりも待遇はよくすると提案しました」

バッキンダックはうなずく。

「で、ですが・・その提案の後です・・帰還者がチベットに干渉するなと言ったのです」

「何? 干渉だと・・何を言っているのだ、その者は・・チベットは我が国だぞ」

「えぇ、我々も確認しました。 その後です・・その者は今から現実を知ることになるだろうと言ったのです」

「現実を知ることになるだと・・?」

バッキンダック主席がつぶやいている。

報告者が一呼吸置く。


おそるおそるバッキンダック主席を見ながら報告を続ける。

「すると突然、帰還者と接触した者たちが殺害されました」

バッキンダック主席が報告者を睨む。

「しゅ、主席・・すぐに軍の攻撃を開始させました。 ですが、村に攻撃の効果がないのです」

「なんだと?」

「はい、私も映像を見て驚きました。 村に何か膜みたいなものがあるのか、村の周辺で爆発が起きているのです。 空中ででもです。 その攻撃の際中に、我が軍が次々に撃破されていきました。 相手に武装した集団や兵器は見当たりません。 しばらくすると、人らしきものが高速移動しているのです。 その者が移動する度に我が軍に被害が広がっているのです。 ほんの数分の出来事でした。 我が軍の生き残りはいなくなりました・・いえ、1人生き残りがいました。 その者に伝言を残しておりました」

報告者は言葉を飲み込むと、うなずいて報告を続ける。

「その伝言が、我々の有志と共に今こそ紅蓮の翼を羽ばたかせよう。 お待ちあれと・・」

報告者は報告を終えると、その場で突っ立っていた。

動けなかった。


バッキンダック主席はどこを見ているのかわからない。

ただ、震えていた。

震える右手をゆっくりと持ち上げて握り拳を作る。

右手の拳から血がにじみ出ているようだ。

バッキンダック主席はそのまま壁に拳を叩きつけた。

ドン!

「この・・恩知らずの愚民どもめ・・鉄槌を下してやる」

バッキンダック主席はジロッと報告者を見る。

「何をしている。 サッサと軍の出動準備をせぬか!!」

大きな声を出して報告者を見た。

・・ドサ。

報告者はそのまま倒れ気絶していた。


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