第34話 それは、ドSな質問ですよ

 「ユキノ?外は、寒いよ」

 「そうね。お母さんは、おばあちゃんと、あたたかくしていてね?じゃあ。ちょっとツキノを、なぐさめてきまーす」

 私たちは、部屋の外に、出た。

 「お姉ちゃん?外は、やっぱ、寒い」

 「そりゃ、そうだ」

 「全然、慰めにならないじゃない」

 「仕方ないなあ。私は、もってきたのに。ほら、これを巻いていなさい」

 私は、妹の首を、私のマフラーで巻いてあげることにした。

 「お姉ちゃんは、優しいねえ」

 「それは、どうも」

 「真綿で首を絞めるって、こういうことを言うのかな?」

 「やめなさいよう」

 「…あとどれくらいで、クリスマス?」

 子どものころだったなら、妹には、こう切り返せたのに。

 「さあ。わからないねー」

 今それが言えないのは、想像以上に、もどかしいことだった。

 当時なら、無邪気に言い返していたところだ。が、私は、それも悲しすぎるかと踏んでいた。

 姉としては、凛としていなければ、ならなかった。

 「あと、100年くらいかしら」

 仮想現実的に、言い返してあげた。

 「姉妹って、不公平だなあ」

 「お姉ちゃん?何か、言った?」

 「言ってません」

 私たちは、ときおり空を見上げながら、しみじみと、歩いていた。

 白い胞子が、顔にかかってきた。

 「本当のところは、さあ」

 「何ですか?」

 「お姉ちゃんは、どうして、大学にいかなかったの?私にばっかり、がんばり屋さんをさせて、ずるい。教えてよ」

 ずいぶんとまあ、ドSな質問だった。

 「ずるく、ない。ずるいのは、あなた。妹の、存在よ。姉妹って、不公平だねえ」

 「何で?」

 「…」

 「何で、不公平なの?」

 「…不公平だから」

 「何よ、それ?」

 「不公平だ」

 「不公平なのは、誰?私?」

 「…」

 「社会の事情は、皆、不公平だ。お姉ちゃんは、どんな事情で、進学しなかったの?あんなにも、お母さんに、がんばり屋さんをさせられていたのにさ。…お姉ちゃん、頭、良かったのに。何が、引っかかっていたの?教育の闇が見えてきちゃって、怖くなっちゃったの?」

 「…」

 何も、言い返せなかった。

 「お姉ちゃんの高校にも、将来、学校の先生になりたいって考えてた生徒が、いたんでしょ?」

 「そりゃあ、まあ」

 「お姉ちゃん、辛くなったの?」

 「…」

 「その人たちが学校の先生になっちゃったら、社会が傷付きそうで、悲しかったの?だから…」

 「もう、いいよ」

 「良く、ないでしょう?」

 「…」

 「学校の先生は、怖いよねえ…。あの人たちが、歌謡ショーのステージに立たなくて、良かったねえ」

 「…」

 「不思議な日、だった」

 「そうね」

 「あのとき、未成熟だった家族は、無残だったわ」

 「じゃあ、今なら、無残じゃないの?」

 「わからない」

 「私たちの家族は、満足のいく成長ができたのかしら?」

 「わからない」

 「…あれは、どこに、いっちゃったのかしらね?」

 「わからない」」

 「…私たちの、価値」

 「お姉ちゃん?やめようよ」

 「わかりました」

 「価値って、たくさんの成長の中で、たくさんの事情を育んでいたんだねえ」

 「だよね…」

 「お姉ちゃんは、いろいろ、おぼえていたんだね。機動戦士の話をもらったことは、忘れちゃったのにさ」

 「…」

 「それでも、クリスマスケーキ事件のことは、ちゃんと、覚えてたんだ?」

 「…忘れられるわけが、ないじゃない」

 「あの、歌謡ショーのことも」

 「…」

 「お姉ちゃんは、それで…私を、これ以上傷付けたくない思いになっちゃったから」

 「…」

 「だから…大学には…」

 「もう、いいじゃない」

 「うん…ごめん」

 私は、気分を変えようと、思った。

 「ツキノ?ちょっと、コンビニ、寄っていかない?」

 「えー?コンビニー?」

 私たちは、子どものころ、クリスマスケーキ事件でお世話になってしまったあの思い出のコンビニに、入った。

 「この店、いつでも良いものねえ」

 「でも、お姉ちゃん?あのコンビニ店員さんは、もう、いないよ?」

 「わかってるわよ」

 「そうか…。物忘れかと、思っちゃった」

 「違います」

 私たちは、そこで、いくつかチョコレートを、買ってみた。

 もちろん、家族皆で、食べるためだった。

 「お姉ちゃん?私が、持つ」

 「そりゃあ、どうも」

 「成長したでしょう」

 「どうだか」

 「えー?」

 「ツキノ?思い出しちゃうでしょう」

 「え?」

 「あのころのことを、さ」

 「お姉ちゃん?あのころって?」

 「あのころ」

 「どのころ?」

 「このころ」

 「このころコミック」

 「…そういうのは、やめなさい」

 「…で、いつのころ?」

 「10年くらい前、あなたがまだ小学校に上がりたてのころ、よ」

 「…やっぱりだ。どうしても、その話に、つながっちゃうんだねえ」

 クリスマスケーキ事件の日のこと、だ。

 小学生だったツキノは、クラス担任に上手く使われて、絶対に忘れられない惨めな経験をした。

 「お姉ちゃん…?やめよう」

 「そうね」

 「トラウマで、何度も思い出しちゃう」

 「そんなんじゃ、ないかもよ?」

 「そんなもんだよ。お姉ちゃん?早く、帰ろうよ」

 「うん」

 異邦人のように、歩いていた。

 静かな町に、人の気配は、なかった。

 「お姉ちゃん?静かだねえ。誰も、いないみたい」

 「ううん。今は、見えないだけ」

 「そっか。ちゃんと見えれば、そうなのかもね」

 「…」

 「あのときの私たちも、だよね。お姉ちゃんは、そう言いたいんでしょう?」

 「うん…」

 高層マンションが、見えた。

 そのマンションは、メゾン・オトナシと比べ、ずいぶんと、豪華に見えた。

 たぶん。

 パッと見では、わかるものも、わからなくなってしまうものだ。マンションの事情だって。

 1 00にも見えたそのマンションの部屋の窓が、明るかったり明るくなかったり。また、明るかったと思ったら消えたり、消えていたと思ったら明るくなったり。楽しそうにしていた。モグラ叩きゲームのようだった。

 メゾン・オトナシが、見えた。

 明かりが点いていたのは、そのうち、10部屋ほどだった。

 「ただいま」

 「おかえりなさい」

 「あれ?おかあさん?」

 「なあに?」

 「おばあちゃんは?」

 「出かけちゃった。どこだと、思う?」

 「その話は、もう、いいわ」

 「お姉ちゃんと、チョコレートを、買ってきた。食べよう。何がいい?」

 「あなたが、運んできたの?珍しい」

 「お茶、淹れようか?」

 「お姉ちゃん。私が、淹れる」

 「お母さんさ、面白いものを見つけちゃった。一緒に、見ましょうよ」

 母が、なぜかウキウキ声で、言ってきた。私たち姉妹が共同で使っていた机の引き出しを、開けた。




 



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