第33話 あの約束、覚えてた?

 ハシャは、当時の姉の心にうずいていた事情を、推理した。姉はあのときに、こう考えていたのではなかったのか、と。

 「なぜだか良くわからないけれど、私たちは、楽しみにしていたコンサートを見ることが、できた。とっても、幸せだった。とっても、ラッキーなことだった。私もあの子も、お母さんも。それに、おばあちゃんだって。皆が、笑い合えた。でも、どうしてだったんだろう?今日、私たち家族の幸せは、私たちの家族の力でつかめたものだったのかな?冷静になってみよう。そうよ…。これは、姉としての私の責任不足が、原因。私がチケットを良く確認しなかったから、こんな奇跡が起きちゃっただけじゃない。これは、私のミスね。こんなんじゃあ、姉、失格じゃない。私は、皆を、傷付けちゃうところだった。このミスは…。このミスは…取り戻そう。私は…私は、大学へは進学しない。私、働こう。家族を、守るためにも。このミスは、絶対に取り返す。大丈夫よ。私には、超優秀な妹が、いるんですもの…。あとは、あの子に、託そう。私、働こう!そうして皆を、守っていこう!」

 悪魔たちは、ビクビクしていた。

 「…」

 「ハシャよ」

 「ああ…」

 「これが、人間か」

 「ああ」

 「わけが、わからん」

 「ああ」

 「あの姉妹は、特別だろ」

 「だな」

 悪魔たちは、困り果てていた。

 たったあれっぽっちの金のために、人生を変えるような子がいたとは。

 「ハシャよ…。俺は、あの子たちに、情けないことを、しちゃったのかなあ?」

 「それは、違う。…かも、しれない」

 「まいったなあ。本来悪魔は、人間の情に流されてはならないはずなんだがな。悪魔が、悪魔らしくもないぜ」

 「だな」

 「俺たち悪魔のアイデンティティって、何だろうな?気味が、悪い」

 姉は、自らの存在価値を、家族の在りし形の思いや事情に心を重ね合わせた。そして、その流れの中で、家族事情の幸せある存続を願っていたのだろうか?

 何のために?

 「あんな、ちっぽけなことのために…」

 モンヤは、震えた。

 だがハシャは、震えなかった。それよりもむしろ、誇らしくしていたように見えた。

 「モンヤ…。お前は、どこまでもわかっていなかったんだな」

 ハシャが、にやにやしていた。

 「あれは、そういう姉妹なんだな…」

 「キヒヒ」

 「俺は、悪いことをしてしまったな」

 「…いや。実は、そうでもなかったな」

 「はあ?」

 「…モンヤ。お前は、味なことをしたんだな。悪魔らしくも、ない」

 「何で?」

 ハシャはそれ以上何も言わなかったが、その通りなのかも、しれなかった。

 モンヤのしたことによって、家族は、無料で、観るべきものを観ることができた。悪魔契約で得られた無料チケットは、優秀な姉の進学をあきらめさせる引き金を、引いてしまったのかも、しれなかった。だが、それによって、家族は、かえって結束を強められるようになれたとも、言えた。1つの家族を、よみがえらせることができたのだから!

 「私は、本当の自分の存在価値を、見つけよう。家族を、もっともっと、幸せに。私の未来は、妹に託そう」

 いつしか姉は、そう信じられるように、変わっていけたのだ。

 妹もまた、そんな姉の使命や気持ち、事情をくみ取り、変わっていけるようになったことだろう。

 悪魔は、味なことをしてしまったのだ…。

 姉妹の事情の糸は、美しく紡がれた。

 「人間ってさあ、面白いよな。ハシャよ」

 「だな」

 「あの姉妹が特別なのかも、しれんがな」

 「かもな」

 悪魔たちが、笑い合っていた。

 そうして悪魔たちは、こう約束し合えたのだった。

 「これからも、あの家族がどうなっていくのか、見ていこうじゃないか」

 悪魔的な事情が、空を、覆っていた。

 「ハシャ?」

 「…何だ?」

 「人間の気持ちを知るのも、面白いもんだな。それによって、俺たち悪魔のユーウツも、少しは緩和されるだろう」

 「ああ…」

 「これからの楽しみが、増えたぜ!」

 「だな」

 「俺たちは、どうせ、あと10 00年と少しくらいしか、活躍できん。たまには、あの家族を、見にいこうか。あの姉妹が、どうなっていくのか…。あの家族が、どうなっていくのか…。引き金を引かせたのは、俺だ。俺には、見届ける義務がある」

 「ああ…」

 おかしなことが、起きていた。

 やるせない悪魔たちが、いつの間にか元気に、幸せになっていたのだ。

 これも、ユキノやツキノ、ハルカがクリスマスケーキに祈った、幸せになる方法が叶ってきたからなのだろうか?

 その、夜。

 メゾン・オトナシの部屋で、食卓に着いた家族4人が、おしゃべりを楽しんでいた。

 「ねえ、ツキノ?大学進学のことは、どうするの?お姉ちゃん、それ、すっごく楽しみで、すっごく、気にかけているの」

 姉がそう切り出し、家族の会話が進んだ。

 「紅茶でも、淹れましょうかね」

 母が、立ち上がった。

 「私、アッサム」

 「ツキノ。あなたも、手伝いなさいよ」

 「わかったよう」

 妹も、立ち上がった。

 「あれ?そういえば、おばあちゃんは?ツキノは、知ってる?ねえ、お母さん?おばあちゃんは、どこいっちゃったのかしら?」

 ちょうどそのときに、扉が開く音がした。

 「ただいまで、ごんす」

 「おかえりなさい、おばあちゃん」

 「何、飲みますか?」

 「おやおや」

 「私、アッサム」

 「アッサム、好きだったっけ?」

 「いつまでも、世話の焼ける子ねえ。何の紅茶にしたって、美味しい美味しいって、言ってくれてたのに…」

 「まあ、まあ。お母さん」

 「お姉ちゃん、知らないんだあ」

 「何がよ」

 「今、ジオンではアッサムが流行っているって、ネットにあったのよ?」

 「…何の、ネット…?」

 「おばあちゃん、どこ出かけてたの?」

 「そろそろお迎えババア会、ですじゃ」

 「それ、地区の集まりか何かですか?」

 「秘密ですじゃ」

 「お、きた!秘密結社!」

 「ツキノ、はしゃがない!」

 「でも、それっぽい」

 「お母さんまで!」

 「そうじゃった、そうじゃった…」

 座ったおばあちゃんが、立ち上がった。

 「おお、機動戦士!」

 「ツキノったら、やめなさいよう」

 「わかったよう。でも、その言葉もらったっていって何も文句言わなかったんだから、良いじゃないの」

 「…そんなこと、言った?」

 「私、お姉ちゃんに、言ったじゃないの」

 「それって、いつ?」

 「思い出せ、思い出せ!」

 「…」

 「それでおばあちゃん、どうしたの?」

 「ツキノ?切替え、早すぎ」

 「良いじゃない。妹って、このくらい、弾けているものなんだから」

 「ふうん」

 「…よっこらしょ」

 「やっぱり、機動戦士!その言葉もらうって言ったもんね!」

 「そうだったかしら?」

 「このカノ婆が、ケーキでも、出しましょうか。そろそろお迎えババア会の午前の部でもらった素敵なケーキを冷蔵庫にしまっていたのを、思い出したんじゃ」

 「あら。そんな…。おばあちゃんが気を遣ってくださるなんて」

 「いいんですよう」

 「ラッキー!それで、おばあちゃん?」

 「何じゃな?」

 「そのケーキは、誰にもらったの?」

 「もう!ツキノったら」

 「このケーキは、ですな。ババア会の料理長にいただいたもんでごんす」

 「料理長?」

 「タムラさんという、人です。塩がない塩がないって騒いでいたんですが、よく考えたら、このケーキに塩はいらんです。タムラさん、照れて、顔、真っ赤。面白い人じゃ」

 「ふーん」

 「で、その会は、どこにあるんですか?」

 「秘密ですじゃ」

おばあちゃんが、ニコニコしていた。

 「それで、ツキノ?」

 「何?」

 「大学進学は、どうするの?」

 「そうよう、お母さんにも、聞かせて」

 おばあちゃんは、黙って、お茶を飲んだ。

 私は、おばあちゃんの出してきたケーキを、頬張った。何とか会の切り分け方が悪かったのか、私のケーキには乗っていたイチゴが、妹のケーキには、乗っていなかった。

 「お姉ちゃんばっかり、ずるい」

 「やばい」

 私は、素直に、イチゴを引き渡していた。

「よし、よし!」

 妹は、幸せそうに微笑んで、フォークを手にとった。おばあちゃんが、

 「聞かせてあげては、どうでしょう?お母さんは、優秀なユキノちゃんが大学に進まなかったこともあって、ツキノちゃんが、気が気でならないんですじゃ。娘の将来。親心に、とっても気になるんだと、思いますよ」

 おばあちゃんも、ケーキを頬張っていた。

 「優秀なお姉ちゃんが大学に進学しなかったから、そのぶん私がどうなるのか、気になるのか。大学かあ…。大学にいっちゃったら、私、何を思うことだろう?どこかで新しい先生の暴力が生まれるのを見させられて、かといってそれを止めることができなくって。児童生徒を救えなくって…。それで私、苦しむことになっちゃうのかなあ」

 アッサムを、しみじみと飲んでいた。

「何、言ってるのよ…。あんたは。あなたが、私に代わってがんばり屋さんになれ」

 私も、アッサムを飲んだ。

 「そうよ、ツキノ?お姉ちゃんが、そう言っているんだし」

 「ちょっと。お母さん」

 「あ。おばあちゃん、それ、私の菓子」

 「良いじゃないかえ」

 「大学かあ。難しいなあ。もう、先生のパーソナルスペースは、嫌だしなあ。私…。大学には、進学しないかも」

 妹がそう言うと、家族皆が、驚かされた。

 「あれだけの高校にいったのに…」

 「落ち込まないで。お母さん」

 ショック、だった。

 一番ショックだったのは、姉である私だったのかも、しれなかった。

 「そんなこと、言わないでよ」

 私がそう言ったのも、当然だった。

私は、大学に進学したい気がなかったわけではなく、いや、優秀であったがためにその道を進むのが当然視されていたにも関わらず、あきらめざるを得なかったのだ。

 大学にいってしまったら、破綻した事情の糸を修繕できなくなってしまうと恐れた。そこに、妹の登場。私は、妹の優秀さに賭けられると、期待でいっぱいになれたのに。

 「私…、だからこそ、ツキノに…」

 そんな声が聞こえたのかどうか、母が、優しく言った。

 「ツキノ?心配しないで。学費とかが、心配なの?心配、いらないから。お願い。あなたには、大学にいってほしいの。たとえそこが、不都合な場でしかなかったとしても。努力して、変えていけば良いんだし」

 懇願を強めたその母の瞳を見ると、私とおばあちゃんは、何も言えなかった。

 「お願い。お母さんは、大学にいけなかったの。それもあってかどうかは良くわからないけれど、お母さん、結局は、上手く就職できなかった。大学にいければ、最高のモラトリアムを感じて、楽しく就職して、有意義に退職できたのかもしれないのに」

 母の目は、本気の子どもになっていた。

 妹は、もじもじしていた。

 そうして妹は、もじもじを続けながら、ボソッと言った。

 「うん。努力は、してみる。でも私…まだちょっと、足りないから…」

 私が黙っていると、妹は、もじもじを止めて、もう一度言った。

 「お姉ちゃん?」

 「何?」

 「もうちょっと、待って。もうちょっと。もうちょっとがんばらないと、私、お姉ちゃんに言われた約束を、守れなくなっちゃうあらさ」 

「私に言われた、約束?何だっけ?」

 私は、のんきに、構えていた。

 「えー?お姉ちゃん、忘れちゃったの?」

 ポッ。

 窓の外を、雪がちらつきはじめていた。本格的に、冬が、やってきたのだ。

 私たちの事情には、常に、冬が関わってくるようだった。

 「私、頭を、リフレッシュしたい…」

 妹が言ったので、私も、声を添えた。

 「お母さん。買い物に出かけてくる」




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