第32話 10年後の姉妹

 「おい、ハシャよ!」

 「何だ?」

 「ここは、どこなんだ?」

 「屋上だな」

 「屋上だって?」

 「だな」

 「屋上って、どこの?」

 「学校」

 「学校、だって?やばい雰囲気だな。嫌な感じが、するなあ…。まさか…。小学校とかじゃあ、ないだろうなあ?俺、嫌だぜ」

 「安心しろ。違う」

 「そうか、良かった。小学校は、特に、困るよなあ。先生が、無能」

 「悪魔に、そこまで言われるとはな」

 「ハシャ、どうだ?何が、見える?」

 「あれから、10年ちょいか…」

 「そうか。そうだったな。じゃあここは、小学校じゃないな。中学校でも、ない。まさかここ、高校の屋上か!」

 「ああ。高校、だな」

 「それにしても、きれいな屋上だな。誰も、いない。タバコ吸っている奴とか、いないのな?なあ、ハシャ?何なんだよ。この、良い子の仮面をかぶった、高校は!」

 「…地元随一の、進学校だそうだ」

 「あっそう。それで?ここであの子の気配がしたのは、間違いないんだが」

 モンヤの頭は、的外れの魚を釣り上げてしまった漁師のように、なっていた。

 「じゃあ、ハシャ。俺たちは、10年後のあの姉妹を追って、あの妹の通う、高校の屋上なんかにきちゃったっていうのか?」

 「だから、そう言っている」

 「冷たいな。わかった。わかりましたよ」

 姉妹のうち、妹は、高校生になっていた。

 それなら、姉のほうは、どうなったのか?また、母親はどうなったのか。あの、おばあちゃんは?モンヤが気になっていると、ハシャが、妹の心の中を読み始めた。

 「ハシャ。わかったか?教えてくれよ」

 「まあ、待て」

 あの姉妹は…。

 家族は、どうなっていたのか?

 「おお」

 「何だよ。ハシャ」

 結果、家族の皆が無事であったことが、わかってきた。

 妹は、教室内の席に座って、ほお杖をつきながら、こんなことを考えていた。

 「お母さん。今ころ、部屋でゆっくりしているかなあ?ちゃんと、休んでいてくれているかなあ?もう、パートも早期退職しちゃったわけだし…。オトナシでおとなしくしていれば、良いのに。って、シャレじゃあ、ないけれど。でも、部屋の片付けとか近所の付き合いとかで、身体、動かしちゃうんでしょうけれど。がんばり屋さんだからなあ」

 悪魔が、心を落ち着け出した。

 「そうか。お母さんは、元気。良かった」

 「キヒヒ…」

 「じゃあ、あの子のお姉さんは、どうなったんだ?教えてくれよ、ハシャ」

 「それなら、もう読んだ」

 ハシャは、素っ気なく返してきた。

 「何だよ。ハシャ。お前、俺の考えていることも、読んだのか?」

 モンヤが言うと、ハシャは、一刀両断。

 「残念だが…。悪魔の心の中までは、悪魔は、読めないことになっている」

 「ああ。そうだったな。それで、ハシャ。あの子のお姉さんは、あれからどうなったっていうんだよ?なあ、ハシャには、わかったんだろう?それも、教えてくれよう」

 「いいだろう」

 ハシャによれば、お姉さんのほうも、元気だったということだった。おばあちゃんもまた、健在。今は、オーシャンブルブルーババア会という謎の地域サークルに属して、バカンスで、温泉に出かけているという。

 家族は、相変わらずの健康団体だった。

 だがハシャは、疑問だった。

 「?」

 姉は、極めて優秀な子だったはず。その点から考えれば、今ころは進学していても、おかしくはなかった。

 それなのに、妹を通じた姉の気配からは、学問の気配がしないのだ。

 妹は、思いがけないことを考えていた。ハシャが読んだ妹の心は、こう悩んでいたようだった。

 「あーあ。お姉ちゃん、早く、仕事から帰ってこないかなあ。今日って、寒いなあ。風邪、ひいてないかなあ。仕事、かあ…。お姉ちゃんは優秀なんだから、絶対に進学すると思っていたのに。就職しちゃうんだから。決意があったんだなあ。お姉ちゃんは、すごいなあ。決められたコースを進んで、疑問もなく高校に通っている私って、なんていけない人なんだろう。お姉ちゃん…大学にいけば、良かったのにな。そうすれば、今なら漏れなく、幸せに遊べただろうしなあ」

 ハシャは、モンヤに、良い情報を伝えていた。

 「元気だ」

 「何だって、ハシャ?」

 「あの子のお姉さん、働いている」

 「え、働いているのか?お前、それ、本当なのか?」

 モンヤは、不思議でならなかった。

 「あの、優秀なお姉さんが、働いているのか?大学には、いかなかったっていうことなのか?なぜだ?」

 「…さあな」

 「お母さんが、退職したからなのか?だから、代わりに働いているのか?おい、どういうことなんだよ?ハシャ!」

 「やめろ。飛沫感染だ」

 「あのお姉さん、優秀一直線だったじゃないか」

 モンヤは、食らいついた。

 「モンヤ…。お姉さんのほうは、社会の事情にいろいろと失望して、学問を続けられなくなったんだろう」

 「何だって?」

 「…」

 「それってさあ、どういう意味なんだよ?なあ、ハシャ?」

 「…感じてみろ」

 「ちぇっ。下級悪魔なんかに、そう言われるとはな」

 「…モンヤだって、そうだろ」

 「はい、はい」

 妹は、ハシャが読んだ通りの内容を、つぶやいていたようだった。

 「お姉ちゃん…。そんなに、クリスマスケーキ事件に、失望しちゃったのか…。優秀すぎたから…。真面目になりすぎたから、かなあ?…お姉ちゃん。早く仕事終えて、帰ってあげて。お母さん、さみしいと思うし。おばあちゃんのほうは、鉄人みたいに、丈夫だろうけれどさ…。今日は、寒いよね。暖まりたいよ。皆で、幸せな夕食を楽しもうよ」

 そんな妹が、健気だった。

 「ハシャ?お姉さんは、勉強をするのが、ばかばかしくなっちゃったのかな?」

 「…さあな」

 「大学なんか、楽々入れたはずだ。優秀だった、もんな。家計が大ピンチなわけでも、なかったみたいだし」

 「…だな」

 「お姉さんは、優秀だったさ。特待生としても、入学できたはずなのにな。上手くいけば、給付型奨学金だって受けられたろう。惜しいことを、したんじゃないのかな?あの姉妹、あの家族には、一体どんな事情が、のしかかっていたんだろうなあ?」

 「…」

 「クリスマスケーキに関係したことでなければ、良いんだがなあ?」

 「…あ」

 考えごとをしていたハシャの身体が、無残に崩れた。

 「まさか!」

 「何だよ、ハシャ!」

 「…こういう人間。3 00年くらい前にも、見たことがある」

 「何だって?」

 「おい、モンヤ」

 「な…何だよ、ハシャ?」

 「お前…あの子が小学生になったかならないころも、あの子を見ていたんだよな?」

 「ああ。見ていた…。チケット事件のとき、だな」

 「それは、どんな事件だったんだ?」

 「どんなって…」

 記憶をほじくり返すのに、6秒も、かけられていた。

 「ああ、思い出したぜ。さすがは、このモンヤ様の、記憶装置だぜ」

 「…それで?」

 「わけのわからない出来事もあったものだと、見ていたよ」

 「…どんな?」

 「あれは、出来事だった」

 「…だから、どんな?」

 「あのとき俺は、ある契約に失敗して、むしゃくしゃしていたんだったな。くそう!思い出してきた!あの子たちを見たのは、そんなときだった。俺は、あの子に、何かを無料で見せてやるから、代わりにお前たちの財産をいただくとして、契約させたんだ。そうして俺は、契約を遂行しようとした。…その契約によって、俺は、あいつらの財産をいただいた。その財産、何だったと思う?」

 「さあな…」

 「驚け!あいつらの財産とは、何だったのか?」

 「…で?」

 「ただの、弁当箱だったんだよ!」

 「そうか…」

 「あいつら、バカにしやがって!」

 「…」

 「俺は、人間に、騙されたんだ!」

 モンヤは、怒りで震えていた。

 「本当に、騙されたのか…?」

 「何だと?」

 「モンヤ。お前、わからないのか?」

 「ああ?ハシャ、何が言いたい!」

 「キヒヒ…。あの子たちは、うれしかっただろうな…」

 「何かを、無料で見られたからか?」

 「それもある…」

 「俺が、無意識に、立て替えてやった…」

 「そうだ。返済金を、背負わせてな」

 「おい!それじゃあ、まるで、あの子たちが借金を背負ってしまったような言い方じゃあ、ないか!…あ、あれ?」

 「気付いたか…モンヤ」

 「そんなバカな!ハシャ!」

 「俺は、あの子たちを救う素振りをして、実は、負債を、背負わせちゃったわけか!」

 モンヤの口が、開いたままに、なった。

 「そんな…」

 「お前も、定年退職世代のようだったのかも、しれんな?キヒヒ」

 「何だよ!この、心理人生ゲームのようなものはさ!」

 「…、モンヤ?」

 「何だよ!」

 「人間と悪魔の事情も、複雑怪奇だったようだな」

 「悪魔が、人間に、ずっと、こんな意味のわからない事情ゲームを、させられていたっていうのか?」

 「キヒヒ、モンヤ…」

 「何だよ!」

 「俺は、300年ほど前にも、これと似た状況を見たぞ」

 「何だって…?」

 「こういう人間は、たまにいる」



 

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