第31話 クリスマスイブの日のように

 奇しくも、悪魔界も、冬だった。

 あの、クリスマスイブの日のように。

 悪魔界でごろごろ横になっていたモンヤを置いて、ハシャが、飛び立とうとしていた。    

 「お?どこへいくんだよ、ハシャ?」

 「人間界だ」

 「人間界?」

 「ああ」

 「どうしたんだよ、ハシャ?」

 「ああ」

 「人間界ねえ…。どうしてなんだ?」

 「いいじゃないか」

 「良くないだろ。何が目的で、あんなどろどろした、気持ちの悪いところにいくって、言うんだ?ここでのんびりしていれば、良いじゃないか。ガムでも、あげようか?」 

 「いや、いい」

 「なんだよ。すぐに、いっちゃうのか?大丈夫なのか?何されるか、わからんぜ?」

「いく」

 ハシャは、珍しくも、頑固だった。

 「人間界なんかにいって、どうするんだ。あんなところ、面白いこともないだろう?」

 「いや、ある」

 「あるのか?何が面白いって、いうんだ」

 「面白い」

 「だから、さ。何が面白いって、いうんだよ?ハシャ、教えてくれよう!」

 が、ハシャが答えることは、なかった。そのまま、何かに引きずられるようにして、飛び去ろうとしてしまうのだった。

 「ちぇっ。なんだよ、ハシャの奴。無視なんかしやがって…!人間界なんて、人間界なんて…!何が、面白いんだよう!」

 「…」

 ハシャは、飛び立つのをためらいつつ、またも、何も答えなかった。

 「仕方が、ない。ケーキでも買って、待っているよ。売れ残って、安くなっているころだからな。買っておこう。帰ってきたら、一緒に、ケーキを食べるぞ!おーい!おーい!聞こえているだろう、ハシャ!」

 「…」

 それでもハシャは、何も返さなかった。

 「また、無視かよ…」

 モンヤは、果てのないあくびをはじめようと、奮闘中だった。

 「ケーキを用意しておくから…あれ?ケーキかあ…。こんなシチュエーション、どこかで見たことがあるような気がするなあ。思い出せないなあ、この気持ち。何なんだろうなあ?悪魔的に、もどかしい」

 また、あくびが出そうになっていた。

 「じゃあな。モンヤ」

 ハシャが、飛び立った。

 「こういうときだけは、答えてくれるんだものな。まったく、人間界なんて…」

 モンヤは、不満のとりこだった。

 また、あくびが出てきた。

 が、出そうになっていたあくびが、一瞬にして、引っ込んだ。

 「あ!ああ!思い出したぞ!」

 モンヤの身体が、跳ね上がった。

 「ハシャ!待ってくれ!」

 バササササ…。

 モンヤもまた、飛び去った。

 「待ってくれよう!ハシャー!お願いだから、俺を、置いていかないでくれよう!」

 悪魔には、気になっていたことが…どうしても、見たいものがあったのだ。

 悪魔たちが、見なければならなかったものとは…。

 そう…。数年前に人間界で見た、ユキノとツキノという姉妹の姿だった。

 あの姉妹は、どうなったのか?

 特に、妹のほうだ。

 妹は、念願のクリスマスケーキを手に入れて、大切に、運んでいった。そのケーキを頼んだ張本人であった人間に無下にあしらわれた後で、どうなっていったのか…?

 「ハシャ、待ってくれ!あの姉妹は、どうなったんだろうなあ?俺、見たくなった。一緒に、見にいこうじゃないか!」

 「…思い出したか」

 「俺も、いくぞ!」

 「…」

 「あの姉妹を取り巻く家族の事情は、どう、変化していったんだろうなあ?」

 「こいよ」

 クリスマスケーキの上にゆらめくキャンドルの灯を、自分だけものにしなかった人間を見たのは、久しぶりだった。

 その後の事情を、見たくて、ならなくなっていた。

 「ハシャよ?」

 「…」

 「ツキノっていう子、さあ」

 「…」

 「あの子、もらった金を、他人に寄付しにいったんだよなあ?」

 「ああ」

 「何で、あの子は、あんなことを選択したんだっけ?」

 「…」

 「理由を、忘れちまったよ。あんなことをする人間は、珍しいからな」

 「…」

 「自分自身のために生きるのが、正常な人間なんじゃあ、なかったのか?」

 「…」

 「あの子のお母さんの働いていたコールセンターに、平気で文句を入れられた社会人がいただろう?」

 「定年退職…」

 「そうだ、その、家庭に金をもってくることで存在価値を出せた、あのあやふや世代の生き方が、普通だったよな?」

 「…」

 「他人の事情を読んで生きていくあの子たちは、普通じゃなかったよな?」

 「…さあな」

「何で、ああいうことをしたんだっけ?」「…お前は、全然、理解できていない」

 「そうか?」

 妹がなぜ金を寄付できたのかについては、数年前、答えが出ていたはずだった。

 モンヤは、その事情、妹の思いを忘れていた。

 「幸せなクリスマスケーキに、なれますように」

 妹は、そうして、高齢者に寄付をした。

 悪魔的に冷静な目で見たのなら、理解できるはずもない行動だった。

 寄付をした相手であるその高齢者らは、どう考えても、妹らの世代にとっては、負担の存在だったろうからだ。

 妹たちは、年金などに代表される公的扶助ルールに、メリットが感じられない中で、取り込まれた。

 それにより、大人になるまで、いや、大人になってもなお、見ず知らずの人を支えていかなければ、ならなくなった。

 「何?この理不尽な事情…?あの人たちなんて、嫌い。寄付なんて、できるわけがないじゃない」

 そう思っても、おかしくはなかった。

 それなのに、妹には、寄付ができた…。

 「…ハシャ?コンビニのクリスマスケーキ事件、覚えているか?」

 「ああ」

 「懐かしいな」

 「だな」

 その後、町には、コンビニが増えた。高齢者の数も、コンビニの数や思いを遙かに凌駕して、増え続けていった。

 「あの子は…。もしかしたら、高齢者には愛すべき孫がいることを踏まえて、金を寄付しにいったのかもしれないなあ」

 そのときの、新たな、モンヤなりの結論だった。

 きっとこう考えたのだと、悪魔推測をしていたのだ。

 「そうだ。高齢者を豊かにできれば、その人たちの孫世代も、豊かになれるんじゃないのかな?」

 考えられた計算、だった。

 「高齢者が豊かになれば、その孫は、いろいろな物を買ってもらえ、いろいろなことを教えてもらえたりし、豊かになれるはずだ。そうして豊かになれた孫と、私たちは、行動を共にする。それができれば、私もまた、豊かになれるんじゃないだろうか?良いモノを買ってもらえ、良い体験ができるかもしれないし。クリスマスケーキが、無事に買われたときのように、私、幸せになれる!社会すべての事情が、幸せになっていけるんじゃないだろうか?」

 …そう考えていたのでは、なかったか?

 妹の計算は、斬新だった。

 「私が、幸せになれちゃうように!」

 あざとい妹という生き物なら、そう、願っていたはずだ。

 姉という生き物なら、たぶん、できないことだった。

 妹にとっては、幸せへのルートは、たくさん。クリスマスケーキ理論なんか、無視しちゃえば良いのだ。

 「なあ、ハシャ?」

 「…ん?」

 「新しい考え方が、できた」

 「そうか」

 「少しは、進歩した考え方だ」

 「…」

 「さすがは、あの妹だ」

 「…何だ?」

 「ハシャには、教えないね」

 「…」

 「クリスマスケーキの事件だけに、クリスマスケーキ理論なんか無視して、幸せをつかみにいったんだろうなな。意気揚々と考えながら、あの子は、母親と老人ホームに向かったんだろうぜ。…この金で、皆さんのかわいいかわいい孫たちを元気にさせて、私たちにも幸せな未来をください、ってな」

 「…」

 「妹っていうのは、ちゃっかりと、しているよな?姉妹って、そういうコンビなんだろうかな?」

 「…」

 「あの子、やってくれるよな…」

 「…」

 「ハシャはさー…。普通に、黙りっ放しだよな。お前には、絶対に、妹の立ち回りは無理だ。っていうか、そもそも、俺たち、人間じゃないけれどな」

 1人の少女のちっぽけな金が、たくさんの事情の糸を解きほぐして、たくさんの人を幸せにするきっかけを作れたなら、どれだけ、幸せなことか!

 それが、クリスマスケーキ理論の真の意味に、つながっていたのだろうか?

 そのとき、モンヤが、何かに気付いた。

「おい、ハシャ!いたぞ!」

 モンヤの脳内にあった悪魔センサーも、なかなかの精度だった。

 「ハシャ、あれは、あの子のお姉さんだよな?」

 「…だな」

 「いこう。降下する」

 「…」

 悪魔たちが、人間界に、降り立った。




 



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