第30話 落ち込むなよ、JK
「クリスマスケーキ理論」
もちろん私は、知っていた。
妹は、知らなかったようだ。
「何、それ?私、その言葉を、知りたいんですけれど」
「ツキノも、まだまだ、だったね。勉強できても、甘さが残ったか。それを、知らないなんてね」
姉としての威厳が保てたような気が、してきた。
「…良かったわねえ。お姉ちゃん?」
「何?その、嫌みな言い方」
まあ、よく考えれば、妹がその言葉を知らないのも、無理はなかった。
妹は、まだまだ、子どもの身なのだ。
たまに変な言葉を知っていたから、クリスマスケーキ理論も知っているかと思ったが、そうでもなかった。
それはそれで、私には、気持ち悪いくらいに、誇らしかったものだ。
「お姉ちゃん、それって、何だっけ?」
「それ?」
「クリスマスケーキ理論」
「嫌な、言葉よ」
妹の誘導に引っかかり、ちゃっかり、説明をさせられていた。妹の誘導テクニックは、憎たらしく、成長していた。
「クリスマスケーキ理論っていうのは、さあ…。ああ、何でもないわ」
母は、そう言うなり、そそくさと、玄関を掃除にいった。
「お姉ちゃん、それって、何だっけ?頭の良いお姉ちゃんに、教えてもらいたいな」
「…、女性の結婚年齢観を、指した言葉ですよ」
「はい。お姉ちゃん、お疲れ様」
私の高校のクラスでも、この言葉については、意見が飛び交ったことがあった。
やっぱり、高校生にもなれば、気になっていたのか?当然、博識あるクラスは、この言葉を知っていたというわけだ。
「今の時代じゃあ、ダッサイ理論」
「…的外れ」
「っていうか、セクハラ」
「…あ。お姉ちゃん?その言葉、いいね!同感」
…私の通っていた高校では、クラスメイトが、紛糾。この言葉を知らなかった生徒は、違う意味で、紛糾。
「お姉ちゃん?」
「何ですか?」
「それって、古い感覚言葉だったよね?」
「…まあねえ。家庭に戻ってきて、奥様方が処理に困っているという。あの、お母さんも泣かせた定年退職世代が、社会で存在価値を出していた時代の言葉、だもの」
「うわあ。お姉ちゃん、すごい言い方」
「だって…。本当じゃないの」
クリスマスケーキ理論という言葉が云々言われたのは、好景気時代のことだった。
こんな問いかけが、結婚年齢間に引っかけられて、うだうだと、言われはじめていた。
「クリスマスケーキが一番売れるのは、いつ?それって、あれに、似ていないか?」
結論的には、クリスマスケーキが1番売れるのは、一般的に、12月も24日だった。
それを踏まえれば…?
「お姉ちゃん、泣けてきたよ…」
「落ち込むなよ、JK」
クリスマスケーキは、24日を過ぎれば、売れにくくなった。25日や26日では、旬を過ぎてしまったと思われたからだ。
クリスマスケーキは、25日にもなれば、たとえば、3割引に。さらに過ぎれば、5割引ということになっていく。だんだんと、売れる見込みがなくなり、販売のハードルが下げられるということだ。
これに、女性の結婚年齢観を当てはめようとしたのが、クリスマスケーキ理論。
もちろん、高校のクラスメイトが口々に言っていたように、今の社会感覚では、事情のズレが大きすぎて、立派なセクハラ理論だ。
その理論は、好景気時代には、真面目に見られた考え方だった。
女性の年齢が24歳を超えてしまうと、男性からの結婚オファーが、変化。
女性は、クリスマスケーキという自分を売り込むためには、値引きをしなければならなくなるという。
25歳、いや、25日にもなれば、クリスマスケーキに、値引きのシールが貼られていくように…。
「ハードルを下げますから、私を、買ってください!」
ひどい理論も、あったものだった。
「ツキノ?聡明なあなたも、小学生。だから、知らなかったんでしょう?」
「うーん…。そういう言葉があるのは、聞いていたんだけれどさあ」
「あ、そう」
「たぶん」
姉というライバルにたいする見栄っ張りだと考え、誇らしくなった。
が、すぐに、悲しくなっていた。
「もう、完全に、セクハラよ。その理論が考えられたのは、好景気の時代。今の社会の事情には、合わないわ。そんな理論は、成立しない。っていうか、成立させない。私のクラスメイト、プンプンだったわよ」
「でしょうねえ」
「ツキノは、ずいぶん前に体験したクリスマスケーキ事件を、思い出しちゃったでしょう?」
「たぶん」
「おお。強がっちゃってるなあ」
「そんなんじゃ、ありません」
「最悪理論よね…。大学いかないで、あなたに、夢を託したかったのになあ」
「夢?」
「…何でも、ない」
私は、どうしてそんな最悪の理論を解説してしまったのかわからなくなり、奇妙な思いだった。
私たちの住む国は、世界的にはまだまだ遅れているとはいえ、女性の社会進出がこれほど押されてきた今の社会では、死語も良いところだった。
情けないのは、理論の視点だったか。
その理論は、結婚市場から女性が除外されていくことを面白おかしくも記念日にかけて説明するだけの、ポンコツ。
「でもさ。どうしてお母さんは、そんなにも、クリスマスケーキにはそんなポンコツがあるって、小学生の私に、教えようとしたのかな?」
妹は、私の教育に、ただ、懐疑的。
「だって、ツキノ。あなた、知識の鵜呑みに、とりつかれていたからよ。知識を取り入れられても、それを正しく使うことが、できない。それを、知らない人に、かみ砕いて教えてあげることも、できない。それじゃあ、社会の事情は、読めません。家族の、事情だって。あなたの小学校の先生だって、そうだったんじゃないの?お母さんはね?きっと、そういうのは危険なことなんですよーって、伝えたかったのよ」
私は、苦し紛れに、言ってあげた。
「事情なんて、変わっていくよね…」
そんなクリスマスケーキ理論も、黙ってはいなかった。
妹ではなかったが、こちらも、成長をしていたようだ。
こんな新理論も、考えられていた。
「31日までOKの、年越しそば理論」
「新年を迎えてもOKの、おせち理論」
ただしこれも、感心はできなかった。
女性を、賞味期限のある食べ物に例えていた点には、変わらなかったのだから。
「ワイン理論っていうのも、あるけれど」
玄関掃除を終えた母が、新情報をもってきた。
「お母さん?何、それ?」
「何、何ー?」
「お茶、くださいな」
「私が、やる」
「あら、ツキノ。珍しいわね」
「あ、お湯、お湯」
「ちょっと、寒くない?」
「どうして?
「何、何?」
「…窓、開いてるし」
「うしし」
「開けっ放しは、誰?お母さん?」
「お茶葉は、いつもので良いの?」
「あ…。犯人は、私だった」
「やった!お姉ちゃん、自白」
「ツキノ、はしゃぐな。そうだ、私、閉めとくの、忘れてたんだ。おばあちゃんが、屋根の大時計を見ようとしてたから」
「うしし」
「私、足がかゆい」
「お姉ちゃんって、ポンコツ」
「おばあちゃん?その紙、とって!」
「やめて!それ、私がとっておいた、新聞パズル!」
「うしししし」
「クリスマスケーキは好きだけれど、クリスマスケーキ事件は、起きないように」
「あ!それ、お姉ちゃんじゃなくて、私が言うセリフだったのに!」
ワイン理論というのは、こういうものだったようだ。
「ワインは、必ずしも、若いから美味しいとか、熟成しているから美味しいという事情をもっていない。ワインには、それぞれ、飲み頃がある。期限、時間に関係なく、年齢にも関係なく、良い時期はいつでもある」
ただしそれも、賞味期限論となってしまっている点は、否定できず。
「ツキノ?これも、セクハラよねえ」
「だよねえ、お姉ちゃん?」
「それでさあ…」
「何?」
私は、妹に、ポンコツめいた解説を、はじめてしまっていた。
「ツキノ?あなたは、市場から除外されたりはしないでね?お姉ちゃんは、除外されちゃったとしてもさ。私たちの社会は、クリスマスケーキを、追いかけ続けている。その事情もまた、理解しなくっちゃいけないのかもね?」
そう言ってあげたのは良かったが、言った私自身、良くわからない言葉となっていた。
時間が過ぎるのも、早いもの。
さらに10年近くが、経っていた。
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