第29話 なぜ、そこで、結婚の話?

 「…そういうことか」

 悪魔たちが、また、ニヤニヤしていた。

 ハシャが、面白そうにしていた。

 「おい、ハシャ?何か面白いことが、感じとれたのか?」

 「ああ。面白い」

 「なあ、ハシャ。何がそんなに、面白いんだよう?金を、寄付しただけじゃないか」

 「それしか、見えなかったのか?」

 「何を言っているんだよ、ハシャ」

 「ほら、見ろ」

 「今度は、何だよう」

 変な生き物たちは、すっかり、姉妹のことが、気に入ってしまっていたのだった。

 「モンヤ…。よく、聞き耳を立てろ」

 悪魔の聴力は、人間の数万倍もあると、言われていた。

 「ああ?」

 それに、ハシャには、モンヤ以上に知力もあった。姉妹の事情がハシャに盗み取られていたのは、明らかだった。

 「おい、ハシャ。お前には、はっきりと、何が聞こえたんだ?」

 「フン。下級悪魔のお前なんかには、あの子たちの心の奥が、理解できまい」

 「何だと?」

 「ククク…もう、いくぞ!」

 「ちぇっ。嫌な、感じ」

 バササササ…。

 悪魔たちは、スピードを上げて、飛んだ。

 「なあ!教えてくれよう!ハシャ!」

 「…」

 「良いじゃないかよう!」

 「…」

 「後で、チョコレートあげるからさあ!」

 「…」

 「キャラメルも、あげるからさあ!」

 「…う」

 「もう1つ、つけてやるから」

 「…わかったよ」

 「よし、契約だ!」

 「良いか?モンヤ。あの妹はなあ」

 「何だよ!」

 「あの妹のほうは…。コンビニでクリスマスケーキを買った後にもらった釣り銭、あれっぽっちの金を、ありったけの価値の思いが込められた宝物だと、言い切った」

 「それで?」

 「ちっぽけに見えて、ちっぽけなんかじゃあ、なかったんだとさ。そう、言い切った」

 「あんな金が、か?」

 「どうやらあれは、幸せを与える価値をもっていたんだそうだ」

 「なんだって?」

 「あのちっぽけな金は、あの子にとっては、大きな幸せの価値があったんだとさ。あの子は、困っている人たちのもとに、向かった。幸せを、分け与えようとしたわけだ」

 「…」

 「どうしたんだ?モンヤ」

 「…よく、わからん」

「そうか」

 モンヤには、どうしても、理解できないことがあった。

 それは、大きく言えば、2点。

 「なぜあの子は、その金を自分自身のために使ってしまわなかったのか?」

 「なぜ、他人に寄付をすることによって自分自身が幸せになれると思ったのか?」

 するとハシャが、こんなことを言った。

 「あの子はなあ…。あの子は、金の、本当の使い方を知っている子だったんだよ」

 心を読まれていたモンヤは、困った。

 「金の、本当の使い方だと?」

 「ああ…」

 ハシャは、学校の、あるべき先生のような目をしていた。

 「あの子は、他人への幸せが自分の幸せにもなると感じ取れる子、だったんだな」

 「なんだよ、それ?」

 「いい話じゃあ、ないか」

 「どういうことなんだよう、ハシャ!」

 「いい話だよ…」

 「どういう話なんだよう!」

 「お前が、そんなレベルだっていう話だ」

 「何だと?だってそんな、金を、平気で他人に寄付するなんて、どの教科書にも、書いていないことじゃないか!教科書にないことなんだから、学校の先生だって、そんなことできないぜ?」

 「…わかってないな」

 「どういうことなんだよ!ハシャ!」

 「こんなクリスマスには、おあつらえ向きの話じゃあ、ないか」

 ハシャは、彼女の事情を、こう、受け止めていた。

 モンヤには、教育者を装って、良く、言って聞かせていた。

 「良いか、モンヤ?」

 「…」

 「あの子、ツキノは、高齢者に金を使ってほしいと、考えた。そうすれば、まずその高齢者が、幸せになれるかもしれないからだ。もっとも、高齢者が、身体を上手く動かせずに金を使いにくいこともあるがな。だがそれは、不幸じゃない」

 「そうなのか、ハシャ?」

 「ああ」

 「何で?」

 「身体を動かすのがおっくうであっても、通販で、買い物をしてもらえるかもしれないだろう?」

 「ああ」

 「そうすれば、あの子の母親のコールセンターの仕事が、大きな意味をもてる」

 「考えたな」

 「事情によっては、社会は、大きくまわっていける。金というものは、貯めれば良いというものでも、ない。将来の予期せぬ出来事に備えようとするのは良いが、そのために、金の流れ道、社会の血流を止めてしまうのでは、意味がない。そんなんじゃ、幸せは、遠ざかる。それを誰かに気付かせることも、必要。じゃあ、どうすれば良いか?」

 「…」

 「あの、ツキノっていう子は、自分自身の力だけでは、社会の事情を解読できないことを、わかっていた」

 「…」

 「自分自身の力だけでは、無力だ。かといって、政治家に金を渡すわけにもいかない。何をされるか、わからんしな。クク…」

 「ああ」

 「学校の先生なんかに、渡してみろ」

 「…それは、悪魔的だな」

 「悪魔が、言うな」

 「ハシャ、悪かったな」

 「だからあの子は、高齢者に金を渡そうと考えた。どう使ってくれるのか、それで、社会が本当に上手く回るのかは確信がもてなかった。…が、選択肢は、それでしかなかったろう」

 「…」

 「考えたな。高齢者に甘い蜜を与えて、責任を考えさせる。そのことで、仮にメリットがなくても、あの子の責任にはならない」

 「…ハシャよ?」

 「何だ?」

 「あの子なりの、飴と鞭政策っていう、ことなのか?」

 「…あるいはな」

 「…」

 「あの子は、そこまで、先を読んでいたんだろう。あの、ツキノっていう、子…。なかなか…頭の、良い子じゃないか」

 「ハシャ?」

 「ああ?」

 「お前、今日は、良くしゃべったなあ」

 「…まあな」

 「そんなにもしゃべるのは、数百年ぶりくらいだろう?」

 「だな…」

 幸せの価値の、贈与選択…。

 妹には、直接高齢者に金を渡す方法も、あったはずだ。

 クリスマスなら、クリスマスらしく、高齢者の枕元に金を置いていく方法も、あったかもしれない。

 だがツキノは、それをしなかった。

なぜか?

 それは、そういう行為が単なる金のばらまきになってしまうことに、気付いてしまったからだろう。

 きっと…。

 「高齢者以外の第三者経由で寄付すればこそ、新しい気付きも生まれ、社会の回転が進むんじゃないかな?」

 なるほど。

 高齢者が正しい意味で金を使える環境が整えられれば、より、幸せになれたのか?

 母の仕事がなくなることも、なかったろうに…。

 金も、幸せも、使いよう。

 作る人、売る人、サービスを提供する人たちの皆が、幸せになれる価値を秘めていた。

 金などは、幸せに動くことによって、皆を幸せにしていける価値を出せた。さらに究極には、そうすることによって、社会全体の事情が幸せになれたのだ。

 「…なあ、モンヤ?」

 「…」

 「お前、わかったか?」

 「…何となく」

 「あれは、そういう子、なんだろうな。幸せのありか、物の価値というものについて、あるべき眼で考えられる子、だったんだ」

 「そうか…」

 ハシャは、日常と似合わず、久しぶりに、長い言葉を吐こうと張り切っていた。

 「なるほどな。あの子は、いろいろな事情をくみ取って、社会に適応しようとしていたんだな。そういうことだよな、ハシャ?」

 「だな」

 それぞれの悪魔口調が、日常に戻った。

 「なあ?ハシャ」

 「…」

 「今はもう、俺たちがあの姉妹を観察していることも、なさそうだな」

 「だな」

 「ハシャ。早く、悪魔界に帰ろう。ほら、ハシャよ。ちんたらしていると、あの方々から、怒られるぞ!スピードを、上げよう!」

 「だな」

 「お互い、難儀なものだ。上司、怖いからなあ。人間の事情に感銘を受けていたなんて知られたら、激辛に、まずい。あの方々によって、俺たち、消滅させられかねん」

 「お前なんか、下級悪魔だしな…ククク」

 「それは、この際、良いじゃないかよう!ほら、早く、帰るぞ!」

 「だな」

 バササササ…!

 さらに、スピードを上げていった。

 そのとき、メゾン・オトナシの部屋では、私が、家族の皆に、素晴らしいご褒美を出してあげていたところだった。

 「部活のクリスマス会の準備でもらった、小ぶりのクリスマスケーキを、どうぞ!」

 「お姉ちゃん?その、心は?」

 「家族が、クリスマスというその大切な安息日に無事に集まれたことを、感謝!」

 「メリークリスマス!」

 私が、張り切って言った。

 「お姉ちゃん?そうじゃないでしょう」

 妹に、すぐ、怒られた。

 「お姉ちゃん!ハッピーホリディズよ!」

 「どうして?」

 「私たちの国は、そうでもないけれど…、アメリカなんかじゃあ、多民族。いろいろな人たちが、いろいろな事情で、集まっているわけじゃない」

 「うん」

 「メリークリスマスは、キリスト教のお祝いの、言い方よ?他の人の事情も、考えてよね。ハッピーホリデイズ、つまりは良い休暇をって、言ってよね」

 「ごめんなさい」

 そう言いつつ、思い出した。

 他人の事情を考えた言い方についてなら、私も、聞いたことがあった。

 文化や民族、宗教や思想についての社会的差別や偏見をしないよう、公正で公平な表現が用いられるのだった。そうした言い方のことを、ポリティカル・コレクトネスなどと、いったはずだ。

 そういえば、キリスト教徒でない人にはクリスマスカードを送らないなんて運動すら、あるくらいだった。

 「お姉ちゃん?クリスマスパーティは、年末パーティと呼びましょう」

 「はい」

 「クリスマス休暇は、冬休みと呼ぶようにする動きも、あるのです」

 「はい」

 「お姉ちゃんって、事情が読めない人だよね」

 「…」

 もっとも、クリスマス規制はいきすぎで、おかしいじゃないかという声も、あったようだが。

 「ハヌカと呼ばれるユダヤ教の神殿清め祭や、クワンザと呼ばれるアフリカ系アメリカ人の感謝祭は認められるのに、キリスト教系のクリスマスが問題視されるのはおかしいじゃないか?」

 そうした強い意見も、あったのだった。

 また、昨今のヘイトスピーチとよばれるものなども、危険。

 それをしてしまったら、思想に基づく伝統や文化が否定され、事情の糸をつむぐことが無意味だと、みなされてしまうからだ。

 「もうすぐ大学受験、か…私たちの事情の糸は、差別されないようにしなくっちゃね」

 そう。

 私は、大学受験生。

 それなりに、勉強は頑張っていたつもり。けれども私は、迷っていた。

 実を言えば私は、受験勉強はしていても、大学受験をする気にはなれなかったのだ。

 本腰を入れられない高校生活に、なってしまっていた。

 私には、そのことを、家族そろうこのときにこそ話したいという気持ちが、あった。

「私、大学にはいかないかも…」

 そうつぶやくと、母が、予想通りに、反発対応。が、その内容は、変わっていた。

 「ユキノ!そんなことを、言って…。もしかして、もしかして、あなたは、結婚なんてことを、考えていたんじゃないの?」

 バッカスの酒で酔っていたのか、予想外の恐ろしいことを、言い出してきた。

 母は、つまらないほど、真面目顔だった。

 「クリスマスケーキ理論っていう言葉は、知っているわよねえ?」

 残酷な言葉が、振ってきた。








 

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