第24話 ポケットの中の戦争、コンビニ編
「あれ?お姉ちゃん?ポケットの中に、まだ、なにかはいってるよ!」
ポケットの中の戦争は、実は、まだ、終結していなかったのだ。妹は、ポケットの中から、1枚の紙を、取り出した。
それは…50 00円札、だった。
「良かったね、ツキノ?」
妹は、念願の大きなクリスマスケーキを買うことが、できた。コンビニカウンターのまわりの空気すべてが、幸せに澄み渡ろうと、張り切っていた。
「どうして、妹のポケットは、情をこぼしてくれたのか?なぜ、50 00円札が入っていたのか?どんな事情が、染まっていたのか?」
私たちにはもちろん、店員ハルカにも、わからないことだった。
「ハッピークリスマスケーキ!」
「お客様?良かったですね?」
そのケーキを、受け取った。
「ありがとうございました」
ハルカといった店員が言うと、それに同調して、店の奥から、男性の声がしてきた。アオイといった、店員からだったのだろう。
「ありがとう、ございました」
母の言った、皇帝を中心とした上の立場の人には何も言えないという、無意識の服従という非正規労働者のもつ苦しみのことについて、考えていた。
「まさか、ね…」
長女の立ち位置も、先輩店員の立ち位置も、似ていたのか?
「もしかしたら、あの、アオイといった男性店員も、何かを恐れて、はじめは黙っていようと思った。でも、黙り続けようとしたら、このコンビニではおそらく格上のハルカという店員に、従うしかなかった」
何となく、また、つまらないことを、考えてしまっていた。
社会では、あの運動会の例を出すまでもなく、差別的な発言が起これば、無関係を装えていたまわりの人たちも、決まりの悪い思いをしたものだ。
「…それって、俺のことなのかな?」
男性は、不安に思っただろう。
これが、ハルカに服従するアオイの心理だったとは、考えすぎ?
「いくつもの事情に差はあれども、大雑把に言えば、こちらだって、無意識に、差別をしていたのかもしれない。それって差別じゃないよなと思えていたのは、こちらだけなのかもしれない。気付いたら、実はそれは、差別になっていた。かえって、社会の事情を複雑にしていたのかもしれないぞ」
そう、思っていたのでは、ないだろうか?
不安になり、気持ちが悪くなって、ストレスの吐け口を求め、吐いたらまた不安に思っていく。
「コンビニだって、そういうスパイラルが起きていたんじゃないの?実存なんて、どこにも、なかったのよ」
1人ハイデガーに、陥っていたのだった。
そうしながら、姉としての地位をゆるぎなくさせるためにも、自分自身の事情をも、解読していこうとしていた。
「あーあ。お母さんは、社会で、馬のことを鹿だと言っても、誰にも注意されない世代にこき使われて、非正規という不公平なパワーに、どう、バランスをとっていくんだろう?」
こうして、弱い立場の人は解放されていくのであって、弱い家族の事情も解かれるべきなんだと、強く、信じられてきたのだった。
「でも、やっぱり、考えすぎだって言われれば、それまでだけれど」
私は、優秀すぎたのか?
家族は、多様な形態だ。
「じゃあね。さようなら」
そう言って、離れ離れになってしまう選択も、できなくはなかった。いつかは会えると、信じられたから。
だが今は、それをしてしまえば、気持ちの崩壊だ。もう、事情を解くゲームも、楽しめなくなっていくだろう。
職場という母たちの社会も、多様な形態だ。
けれどもそこでは、家族形態でのことのように、離れ離れになる選択はとりにくかかったものだ。
一旦、職を辞してしまったなら、再びそこに戻るのは、難しいことだったからだ。
しかし、今は、とりあえず、そう考えるのはやめにした。
それよりも私は、姉として、妹の笑顔をこそ見届けてあげられなければならなかったのだ。
「お姉ちゃん!」
「…」
「ねえ、お姉ちゃん?」
「ご、ごめん。何?」
「これで、先生とのやくそくをまもれるね!」
「そ、そうね」
「あの先生って、すてきだもんね?」
「…いや、それは、洗脳されていると思う」
「どうして?」
「小学校の、先生だからよ」
「でも、お姉ちゃん?」
「…はい」
「がっこうの先生にも、いいひとはいるって、お姉ちゃんも、いってくれたじゃない」
「そうだっけ?」
「…このまえ、いったじゃないの」
「うーん…」
「ちょう大がたクリスマスケーキじゃなかったけど、これで、いい」
「そう?」
「小さくても、心がこもっているから」
「そっか」
「ケーキも私も、すくわれたから!」
「ふーん。なるほどねえ。ケーキの事情って、複雑だねえ…」
私たちは、店員ハルカに手を振って、コンビニから、外に出た。
今、クリスマスの日を例に、全国的に、こんなことが言われていた。
「催事ケーキ市場は、減少気味」
1つに、家族形態の縮小による個食化が、影響していたらしかった。
クリスマスケーキが苦戦を強いられるようになった理由は、数点、考えられた。
まずは、先ほどの話のように、家族形態の変化。
世帯人数が、減ったから。
そのことで、小さめのケーキが好まれるようになった。
他にも、材料の高騰によって、クリスマスケーキの購入が遠ざけられてしまったためでもあるのだ、とか。
あるいはまた…。
「ケーキって、豪華で特別な食べ物なんかじゃないよね」
そう思う人が増えていったため、なのだとか。
私が、妹くらいの年齢のころは、クリスマスは、特別なイベントだった。
それこそ、そのときにしか味わえないその幸せな味が、恋しかったものだ。
世の中の事情は、複雑さを、増すばかり。
クリスマスケーキの価値は、そんな複事情の中で、移り変わる運命なのだろうか?
一方、コンビニでのクリスマスケーキの売り上げは、伸び続けていたとのこと。
なぜなのだろうか?
「お姉ちゃん?」
「な、何?」
「ケーキをぶらさげて、なに、かんがえこんでいたの?」
「いやまあ…。あなたがケーキを持ってって、言ったから。って、それは、良いか。ケーキの価値について、考えていたのよ」
「ふーん」
クリスマスケーキは、努力家だった。
クリスマスケーキは、絶えず、自分の存在価値をアピールしていた。客に、振り向いてもらえるように、と。
コンビニのクリスマスケーキたちは、工夫を、重ねていた。最近は、少人数でも食べられる小さめケーキや、アソートと呼ばれる詰め合わせケーキを出して、人気なのだとか。
だから、コンビニケーキの売り上げは、順調だったというわけなのか?
コンビニケーキたちは、皆を幸せにする努力を、重ねてきていたのだ。
「ツキノは、知ってる?コンビニケーキってね?皆に選んでもらえるよう、たくさんの努力を、しているのよ?小さくても、良い。たくさんの幸せを込めて、詰め合わせの味を感じてもらえるようにしていたのよ」
「お姉ちゃん?それって、とっても、おもしろいよね?あれこれシェアして、すきなものをたべるんでしょう?」
「まあ、そんな感じかな」
「えらべるはばが、広がった」
「まあね」
「あれもこれも。でも、あれかこれかだって、いいのかも」
「はあ?」
「あれもこれも…。あれかこれか…。ツキノ?その言葉、何だったっけ?」
「ひみつ」
…楽しいんだけれど、疲れる妹だ。
「今の私は、思想脳労」
つぶやいた私は、規則正しくケーキをぶら下げ続け、一昔前の漫画にあった、酔っ払いのおじさんのようになっていた。
「お姉ちゃん?」
「何よ」
「クリスマスケーキは、やっぱり、人にやさしいものだったよね?」
「そうね」
「こうみんかんまで、まだかなあ」
「ケーキ、あなただって、持ちなさいよ」
「いや」
「いいじゃないの」
「いやよ、つかれるもん」
「何、その、意志薄弱っぷりは?」
「えー」
「元気な小学生らしくも、ない」
「お姉ちゃん、それは、アカハラだ」
「違います。そういうのは、アカデミックハラスメントとは、言いません」
「お姉ちゃん、しっかり、もってよ。たいせつなクリスマスケーキなんですからね」
「小学生め」
「いいじゃないの。すてきな、JK。クリスマスケーキは、しあわせかえしのそんざい。それをもてるお姉ちゃんも、しあわせ。だから、良かったじゃないの」
「…はあ?」
「いいじゃない。お姉ちゃんなんだから」
「ちぇっ。わけわかんない」
「ケーキをもてた人は、人を、しあわせにできる力をもつ。だからお姉ちゃんだって、とっても、しあわせになれるはずよ?」
「…」
「ケーキをはじめにもてたお姉ちゃんは、はじめに人をしあわせにできて、その人のえがおをだれよりもはやく見られることになるんです。お姉ちゃんは、そういうアドバンテージを、手にできたわけです。人も、しあわせ。お姉ちゃんも、しあわせ」
「あ、そう…」
「お姉ちゃん?なんだかそれって、さいだいたすうのさいだいこうふく」
私はまた、わけのわからないことを、言われてしまった。
「あなた、一体、どういう小学生なの?」
「じゃあお姉ちゃんは、どんなJKなの?」
私を、憐れんだ目で見てきた。
「小学生の、クセに!」
私は、また、負け惜しみを言ってやった。
「いいですか?クリスマスケーキを、ほんとうにほしい人がいたと、します」
妹先生による教育が、はじまった。
どうなる、ことやら…。
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