第23話 あれもこれもは、悪魔の言葉?
それから、3年が、過ぎた。
その日は、クリスマス・イブ。
小学生も低学年に上がっていた妹は、大学進学のことなどを考えなければならなくなっていた私とは違って、楽しくて楽しくてならない日に、なっていたことだろう。
「小学生は、良いなあ…」
ちなみに昨日が、終業日。
我が高校も、昨日から休日となっていた。
妹は、町内クリスマス会の準備があるんだとかで、朝から、公民館に出かけていた。
「お姉ちゃん。ただいま」
うわさをすれば、何とやら。
妹が、帰ってきた。
なぜか、うれしそうだった。
「うれしそうに。もう幼稚園生じゃないんですから、そんなにニコニコしないでよ」
そうは言ってみたが、妹は、ニコニコ。
「じゃあ、姉ちゃん?」
「何よ」
「小がくせいになっちゃえば、ニコニコしちゃ、いけないんですか?お姉ちゃんは、そういうことを、言いたいんですか?」
相変わらずの理論派、理屈屋、だった。
「そういうことでは、ありません」
「じゃあ、何よ」
「小学生め」
「こうこうせいめ。この小がくせいのてんしのようなほほえみを、わらわないでよ」
「フン。どこが、天使よ」
「てんしです」
「あなたなんか、悪魔じゃないの?」
「ちがいますよーだ!」
「小学生の、クセに」
「小がくせいだからこそ、お姉ちゃんみたいなJKのパンプチンにはわからないうれしさが、あるんですよーだ」
「あ、そう」
妹には、妹なりの事情があったようだ。
「じゃあ、何?もうすぐ昼食になるから、それで、うれしかったの?」
「ちがいますー!」
「今日はお母さんも家にいて、出かけられそうだから?だから、うれしいの?」
「うーん」
「まあ、おばあちゃんは、愛しの老人ホームかどこかに出かけちゃったみたいだけど」
私が毒突くと、妹は、良い反応を見せた。
「そうじゃないったらあ!」
怒っていたんだか喜んでいたんだかの、微妙な声を、あげたのだ。
「だから、何が、そんなにうれしいのよ」
母だけは、私の横で、落ち着いていた。そっと、床を拭いていた。
その母が、立ち上がった。
「ねえ、ツキノ?何が、あったの?」
「えへへ」
「お母さんに、教えて」
「えへへ」
「幸せそうな顔を、しちゃって。お前が幸せだと、お母さんたちも幸せになれるような気がしてきちゃって、良いけれどさ。お母さんになら、話せるかな?良かったわね。何か良いことが、あったんでしょう?」
母による、考え抜かれた尋問、だった。
「お母さんには、話せるんじゃないの?」
そう言われた妹は、すぐに、飛びついた。
「じゃあお母さんには、はなしてあげる」
妹は、見事に、釣り上げられた。
「お姉ちゃんは、黙っていてください!」
「わかってるわよ!」
母は、他人の感じていた幸せの事情を、自分の幸せのように感じられる人、だった。母は、華麗に、妹の幸せを、自分の事情の網に絡め取ろうとしていたのだった。
メゾン・オトナシの庭に、だんだんと、陽が射してきた。
私は、母の姿を見て、自分の心の卑しさを恥じるようになっていた。仕方なく私は、妹に面と向かって、迫っていた。
「お姉ちゃんにも、聞かせてください」
「…どうしようかなあ」
妹は、もったいぶって、教えてくれた。
「小がっこうのクラスの、あこがれの男の先生に、会ったの。今日、こうみんかんで、あいさつされた。…クリスマスイブだね。こんや、じかんある?あいてる?ってね!」
はしゃいでいた。
「お気楽小学生、め…」
「お姉ちゃん、良いでしょう?」
「そうだったの。がきんちょの、クセに」
「えへへへへ」
私が毒突いても、上手くかわして、笑っていた。
「何が、えへへへへ、なんだか…」
それでその、妹が憧れていたという男性クラス担任は、こう言ったそうだ。
「今夜は、この公民館で、先生と一緒にクリスマスケーキを、食べようよ。先生は、公民館にいる。大きなケーキを、買ってきてくれないか?金、渡すからさ」
「う…」
私には、何だか、嫌な予感がしてきた。
「小学校の、若い男性担任…」
妹は、落ちかけた。
「ツキノちゃん?約束だ。じゃあ、頼んだよ。先生、公民館で、待っているから」
妹は、そのクラス担任にいくらかの小銭を渡されんだ、そうな。
「意味深な、クリスマスイブですこと。それであなたは、舞い上がっちゃったわけ?」
「だって、しかたがないじゃない」
「うわあ、小学生。小学校のクラス担任なんかにそそのかされやがって…」
「いいじゃない。だって、先生、なのよ?すてきじゃない。あんていしているし」
「でも、あの人たちの中には、心が安定していない人も、いるじゃないの」
「してます!」
「さあ。どうだか」
私は、妹がお使いマシーンと見なされてしまっていたと案じ、気持ちが悪くなった。
が、妹の気持ちも考えて、それ以上は、何も言わないことにした。妹は、舞い上がっていたというより、麻痺してしまっていたといったほうが、言い得て妙だったのかも。
「今日は、寒い。明日の日曜日、皆で公園にいくのは、中止になりそうね」
「そうねえ。仕方が、ないわよねえ」
母も、悲しそうな顔を、見せていた。
「そうね。でも、あのべんとうばこさえ見つかれば、さむくったって、出かけたい」
妹だけは、元気そうだった。
「ツキノったら…。余計な、ことを…」
そんなこんなで、クリスマスイブ。
メゾン・オトナシの近くには、コンビニがあった。私は、妹を連れて、そのコンビニにケーキを買いにいこうと、決めた。
「いらっしゃいませ」
私と妹が、入店。
「ドアなんか、さっさと開いちゃってよ」
ケーキを買うことに、何の幸せも感じていなかった私は、悪魔的な言葉を吐いていた。
「プシュー…」
私には、入口ドアのその単調なゆるやかさが、許せなかった。
妹は、幸せそうに、店に入ってすぐ、ケーキ売り場のコーナーに走っていった。
…と思いきや、意外。
まずは、レジカウンターにいた女性に、声をかけたのだった。
「礼儀正しいじゃないの」
妹は、カウンターに詰め寄った。
「ケーキ、ください。ください、ケーキ」
私には、何だかそれが回文のように感じられて、おかしかった。
良かったのは、カウンターの女性が、妹の様子を見て、こう言ってこなかったことだ。
「あら、かわいい」
私は、部屋でゆっくりしているであろう母のことを、考えていた。
母は、こんなことを、言っていたものだ。
「かわいいって、よく言うけれど…。それって良い言葉には聞こえるけれど、実は、困った言葉でもあるのよ?ユキノ?あなたは、そういう言葉は、仕事場では、なるべく使わないようにしなさい。わかった?」
「どうして?良いんじゃあ、ないの?」
理解できない忠告、だったからだ。
「でもねえ、ユキノ…?」
「何、お母さん?」
「人によっては、良くない言葉に、なっちゃうの。人には、いろいろな事情があるんだし。それを傷付けたりしないように、しなくっちゃ」
「どうして?」
「かわいいですねじゃあ、客のことを子ども扱いしていることに、なっちゃうからよ。そう言われたくない人だって、たくさん、いるんだから。人の事情を、よく考えて。もちろん、エスパーじゃないんだから、読めないものは、読めないけれど。そういうのって、とっても難しいことなんだけれどね?」
私は、そう、言われたはずだ。
「知らなかったなあ…」
たとえば、結婚、出産時などでも、同じようなことになるそうだ。
花嫁に、これに似た言葉をかける人は、多かったはずだ。
「あら、そのウェディング姿、妹さんそっくりで、きれいですね」
微笑ましい光景、だろう。
だが、その花嫁に姉でもいた場合は、ちょっぴり、話がこじれることがあったそうだ。
「妹そっくりだと、きれい?じゃあ、姉そっくりだったら、どうなっちゃうの?姉の私に、失礼じゃない!」
つまりは、そうなりかねないのだ。
出産時も、同じようなもの。
「お母さんに、似ているわね。ぱっちりお目々に、唇。お母さん似で、良かったね」
よく、見られた光景。
だがそれは、事情の糸の、落とし穴。
「お母さんに似て、良かったね」
それは、この裏返しだったからだ。
「お父さんに似なくて、良かったね」
人にかける言葉は、難しかった。ときに、人を傷付け、事情を台無しにすることにも、なってしまうのだから。
または、電車内。
「おじいさん、どうぞ、お座りください」
優しく声をかけ、席を譲った人。
良い、光景?
中には、そう言われて怒る人も、いた。
「何だ、君は!私を高齢者扱いするつもりかね!私は、まだまだ若い!失礼だな!」
事情を読ませる声がけは、難しかった。
一般良識としては、素直に、座りたい。
「席を譲ってくれるのかい。そいつは、ありがたいねえ…」
たとえそこに、納得のいかない事情が、隠されていたとしても…。
席を譲ってくれた人の気持ちや、その事情も、考えていきたいものだ。
社会は、複雑怪奇だ。
そうして話は、コンビニに、逆回転。
「かわいいには、注意」
私は、母によるその話をに、不満だった。
「でも、ツキノのいっていた幼稚園の先生は、子どもたちには誰でも、かわいいわねって、言っていたじゃないの」
そのとき母は、素早く、突っ込んできた。
「当たり前です。幼稚園児は、皆、かわいいものです」
私は、異様に、恥ずかしくなったものだ。懐かしかった…。
「じゃあ、お母さん?小学校では、どうなの?かわいい、かわいいは、変?」
それだけは、言わなかったはず。
今の小学校においては、先生よりも、児童の方がしっかりしているケースが、増えた。
「あら、かわいい先生ですねー」
私には、小学校の児童が先生の頭をさすっている姿が浮かんできてしまって、密かに、笑ってしまっていたのだ。
当時、母は、黙っていた。
もしかしたら、母もまた私と同じようなビジョンを描いてしまい、話を続けるのがばかばかしくなっていたのかも。
妹によるコンビニコミュニケーションが、続いていった。
妹は、店員女性に、救われていた。
「ケーキでしたよね?クリスマスケーキでしょうか?ケーキのコーナーは、そちらでございます。いろいろとありますから、じっくり見て、選んでいってください」
「はい」
「たくさん、ありますからね」
「わかりました」
「決まったら、教えてくださいね?」
私という、明らかに年上の姉がここにいたわけで、その私にべったり任せておいても、問題はなさそうだった。
だが、その店員は、そうはしなかった。
そうやって妹の行動、自発性や自尊心を大切に扱ってあげて、幸せを引き出してあげようと、考えていたのだろうか?
良い、教育者なのだった。
きっと。
その女性店員は、レジカウンターの奥にいた別の店員に向かって、目配せをした。
「ケーキは、これで全部だったわよね?」
目配せ相手は、男性店員だった。
「はい、そうですよ。ハルカさん」
「そう、ありがとう」
「あ、そうだ。そのケーキコーナーには、クリスマス限定のケーキを、置いています。だから、なるべく、そっちをプッシュで。本社自慢のケーキ、らしいです。売れ残ったりしちゃったら、怒られちゃいますからね」
「わかった、わかった」
「じゃ、奥は頼んだわよ、アオイ君」
忙しそうな2人、だった。
「ハルカさんに、アオイ君、か…」
私は、ケーキコーナーでいろいろ眺めては驚いていた、動物園か水族館客の妹から一旦目を離し、カウンターのほうを見ていた。
「すごいなあ…」
こんなにも忙しそうなクリスマスイブにまで働かなくては、ならないなんて。
どこも、人材不足なのだろう。
こんなところにも、社会の事情の糸が、絡まっていたのだ。
「お姉ちゃん?はたらくのかわってあげられたら、しあわせなのにね」
「いろいろ、あるのよ」
社会に絡まっていた、様々な、事情の糸。コンビニの事情だって、同じようなもの。
事情の糸は、複雑怪奇。
クリスマスイブにまで、こんなに働いてくれる人がいなければ、ならない。見ていて痛いが、その人がいてくれるからこそ、私たちは、美味しいクリスマスケーキを食べることが、できるのだ。
「お姉ちゃん?だれかがたいへんな思いにならなければいけないって、かなしいね?」
生意気なことを、言っていた。
「トコ、トコ、トコ…」
からくり人形のように歩いて、カウンターに、向かっていった。
「ケーキのこと、おしえてください」
店員ハルカは、ちょっと笑っていた。
「ええ。いいですよ」
「ちょう大がたのクリスマスケーキは、ありますか?」
「超大型は、高いよー?」
店員ハルカは、また、笑っていた。
「じゃあ、ちがうケーキにします」
あっさり、妹。
「どれにしますか??」
「どんなケーキが、ありますか?」
妹は、ケーキコーナーに、戻っていった。
「これは、なんですか?きりかぶ」
「それは、フランスのケーキで、ブッシュ・ド・ノエルと、いいます。ブッシュは、フランス語で、木とか丸太とかっていう意味です。隣りは、同じくフランスのケーキ、パチチョイオと、いいます」
「パチチョ?」
「パチチョイオです。フガスっていう、小さな穴の開いたパンを使うケーキで…。それは、いいか。砂糖漬けの果物と、ナッツのケーキです」
「オー!果物、たくさん」
「そうね。果物が、盛り沢山。洋なしやリンゴ、ドライイチジク、ドライレーズンとか…。全部で13の果物が使われています」
「怖い数字」
「…うーん。でも実は、良い数字かな?」
「どうして?」
「13は、イエス・キリストと12の使徒を足した数だからです」
「おー!」
「数にも、たくさんの意味が、あるのですよ?イタリアでは、17日の金曜日が、不吉なんです。スペインでは、13日の火曜日が、不吉。どうして、なんでしょうねえ?。フランスなんかじゃ、13日の金曜日こそラッキーな日だと考える人たちがいて、その日は、宝くじの売り上げなんかが急上昇っていう。いろいろ、あるんですよ?」
「おー!」
「インターナショナル事情のコミュニケーションは、不思議なものですね」
「おー!」
「ありがとう。感動してくれると、教えたほうもうれしい。教え甲斐が、あります」
「じゃあ、これは?プリン?」
「プリン、正解!イギリスの、クリスマスプディングと、いいます」
「おー!あがさ・くりすちーのしょうせつで、そんなの、あったかも」
「…あ、そうなんですか?」
「たしか、ほうせきをめぐるたくさんのじじょうが、いったりきたり」
「…そう。まあ、良くわからないけど…。クリスマスプディングは、ドライフルーツやナッツが入った、スパイシーでジューシーなプディング。具材にプラムが使われているから、プラム・プディングとも、いいました」
「おー!」
「その隣りにあるのは、同じくイギリス、ダンディーケーキです。オレンジの皮とか特製のマーマレードが使われた、フルーツケーキ。上にアーモンドが載せられているのが、特徴でしょうか?」
「おー!」
「気に入ってくれましたか?」
「ねえ、ねえ、これは?まっしろ」
「真っ白なのは、ドイツの、シュトーレンです。ドイツ語で、洞穴じゃなかった、えっと、坑道を意味しています。トンネルのような形をしているケーキだから、ですね。焼き上がったそのケーキの上には、粉砂糖が、まぶしてあります」
「それが、その、まっしろの?」
「そうです。砂糖で、真っ白なんです。産まれたばかりのキリストを産着で包んでいるように見せているんですね」
「おー!まっしろ」
「それで、その隣りが、同じくドイツ、マルチバンです。マジパンとも、いいます。砂糖とアーモンドを練り合わせた、飴のような食感と味の菓子って、ところでしょうか」
「おー!マルチ、バンバン」
「うふふ。その隣りが、それもドイツの、レープクーヘン。蜂蜜や香辛料、果物の皮とかナッツを使って作った、焼き菓子です」
「おー!」
「それからその奥は、イタリアの、パネトーネ。焼き菓子の、マフィンみたいでしょ?ドーム型で…保存期間が長いのが、特徴」
「おー!」
「隣りが、同じくイタリア、パンドーロ」
「こうそくどうろ」
「うふふ。先端のない星形をした、円錐ケーキでしょうか?言い方が、難しいですね。バニラの香りが特徴で、それにドライフルーツが入れば、さっきのパネトーネ」
「これは?」
「そっちは、フィリピンの菓子。ビコっていう菓子です。甘い餅っていう感じです」
「おー!」
「そっちは…。オーストラリアやニュージーランドのもの。パブロバと、いいます。焼いたメレンゲをベースに、ホイップクリームとフルーツで、盛りつけたものです」
「おー!」
「それからそっちは、ロシアの焼き菓子。プリャーナクとか、プリャーニキって、いいます。菓子の上に、絵や図柄が刻印されているのが、特徴です」
「おー!」
「どうです?こんな説明で」
「…」
「どうですか?」
「きまりましたよー!」
妹が言うと、ハルカといったその店員は、予想以上に、安心してくれていた。
「あのケーキを、ください」
「どれですか?」
「あれもこれも、ぜんぶ!」
「えー?あれもこれもって、本当に?」
「でも、そんなにたくさんのケーキは、買えないんじゃないの?あれもこれもじゃなくって、あれかこれかに、してみようか?」
「じゃあ…これにします!」
「え?クリスマス限定ショートケーキ?」
「はい」
「ここまで説明して、結局、ショートケーキかよ!」
「ごめんなさい」
「冗談、冗談。じゃ、これね?」
「はい」
「クリスマス限定ケーキ、ですね?ま、良かったかな。限定もの、だもの。選んでくれて、幸せです。でもちょっと、大きいんじゃないでしょうか?」
「大じょうぶです。小さく切って、せんせいと、たべます」
「あら、そう…。でも、そうじゃなくって…。これ、重いよ?」
「お姉ちゃんが、もってくれるそうです」
「げ?マジ?」
妹の顔は、幸せに満ち、手は、ポケットの中を、探っていた。
「あった!」
数枚の硬貨を、カウンターの上に置いた。
「え?うっそ…」
私は、顔を、青くしてしまった。
小銭も、小銭。
少額のコインばかり、だったのだ。
これには、困った。たったそれだけのコインの集まりで、大きなクリスマスケーキを買えるわけが、なかったのだから。
「うわ。…わざわざもたせたのだから、充分に大きなクリスマスケーキを買える金をもっているはずだと思ったのに」
そういえば、先生は、若い男だった…。
「しまった…!」
若い人になってしまうと、物を買うにはどれくらいの金が必要になるかなどの予想が、つかなくなってしまうらしかった。想像力も乏しければ、そうなってしまうのだ。
「今の学校の先生って、こんなにも、想像力がないレベルなのか…」
妹が、かわいそうで、ならなかった。。
「ひどい…」
妹は、しぼんでいった。
姉として、そんな妹を見て、何とか立ち直らせてあげたかった。
妹は、もう一度、ポケットの中を探っていた。が、何も出てこなかったようだ。
「ウソだと言ってよ!」
妹が、そう言ったかどうかは、不明。
とにかく妹によるポケットの中の戦争は、無残にも、終結していた。
妹の集めた小銭たちは、どう徒党を組んだとしても、大きなクリスマスケーキに勝てるレベルには、なかった。
「なんとかして、あげたい。でも…」
店員ハルカもまた、つらそうだった。
ハルカは、アルバイト雇用の身。
正社員でもない以上、決定権は何もなし。
本社からの了承やオーナーの命令がなければ、動けないのだった。
人情の事情がからんできて何とかしなくちゃいけなくなっても、店の商品を勝手に値引きなどをして売っては、ならないのだ。
優秀な店員も、こういうときは、無力。
正社員というものが、狂おしいほどに、うらやましいものだったろう。
そんな、ハルカのような対応にたいして、こう言ってしまう人も、いただろうか。
「若者は、なっていない!客、しかも小さな子が困っているのに、手助けもできないからだ!あんな小さな子相手に、手も差し延べられないとは!今どきの店員、特に若者は、どうしてそう、人情がないんだ!」
…高齢者などは、特に、言いがち。
その意見は、ある意味では、正しかった。
高齢者の言おうとしていることも、わからなくは、なかった。
しかし、それは、人情が幅を利かせられる社会で生きられた人だからこその、意見。
今の社会は、そうした人情が通るバックグラウンドを、もっていなかった。
…絶望。
終身雇用でがっちり守られ、何度もチャレンジができた好景気組とは、異なっていた。
「ごめんなさい」
店員ハルカは、謝り続けていた。
その姿は、あたかも、かつて謝り続けていたユキノたちの母の姿と重なって、気持ちの悪い空気を、流していた。
しばしの沈黙後、妹は、泣いてしまった。
強かったはずの妹が、余計に、かわいそうでならなかった。
「泣かないで!」
私もまた、懸命な店員と共に、懸命になって、妹をなぐさめていた。
状況が一変したのは、次だった!
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