第1話 僕が爆死する話(物理)- 9 -

 もしかしたらドッキリなんじゃないか、という考えが頭をもたげた。それは天啓に思えた。救われたような気持ち。


 そうだ、絶対ドッキリだ。こんな劇的な出来事が自分の人生に起こるわけがない。だってこんな嫌なことが起こるなら、同じくらい良いことも起こらなかったらおかしい。理不尽だ。バランスが取れない。


 そうだ、きっとドッキリ番組だ。ディレクターさん、さすがに趣味が悪すぎるよ。下手な人にやったら訴えられちゃうんじゃないだろうか? まあでも慌てふためく僕の姿はそれなりに面白いかも知れない。ちゃんと撮れ高があったらいいな。


 そこまで考えて、いや、違うと考える。ドッキリじゃない。さっきの警官は本当に怪我をしていた。本物の血が流れていた。ドッキリじゃない。その可能性が高い。そんなのただの現実逃避だ。駄目、駄目、集中しろ、考えろ。


 爆発したら、どうしよう。僕は手に繋がる爆弾を見る。残り五分。爆傷には三種類ある、と女の子は言っていた。一次爆傷は衝撃波。二次爆傷は飛散物。三次爆傷は吹っ飛ばされて、頭をどこかにぶつけるのだ。


 嫌だ。嫌だ。痛い。そんなの絶対に痛い。爆弾で死ぬ人はどれくらい苦しむのだろう。衝撃波で気絶したら、痛まずにすむだろうか。


 死ぬ、死ぬ、しぬ? 死ぬってなんだ? 死んだら僕はどうなるんだ? 僕のこの、意識や、考えている頭は、人格は、いったいどこへ行ってしまうんだ? もしかしたらずっと痛いのかも知れない。嫌だ。そんなの絶対嫌だ。


 僕は、そんなに価値がないだろうか。この世界に何も残せてない。まだ、まだ二十七歳なんだ。これから挽回しようとしていたところなんだ。まだ全然本気じゃない。頑張れた。いろんなことができた。それなのに、死ぬ? 僕がいなくなる? 嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 ハッと、僕は気づく。


 爆弾は、そんなに威力が高くないかも知れない。爆弾からなるべく距離を取って、腕で顔を守れば命だけは助かるかも知れない。腕は、もしかしたら無くなってしまうかも知れないけれど、それでも死ぬよりましだ。


 ――というか、そうだ。腕を切ればいい。手首から先を切り落としてしまえば、手錠は外せる。そうだ、最初からそうしておけばよかった。くそ、くそ、僕はなんて馬鹿なんだ! もう間に合わない。腕を切り落としている時間なんて、残されていない。


 僕は、目を開けた。いつのまにか、へたりこんで目をつぶって泣いていた。タイマーを見ると、あと、三分もなかった。

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