第1話 僕が爆死する話(物理)- 8 -
走りながら『で、電ノコ!』と僕は思った。
交番に来たとき、警官さんが言っていた。こんなもん、チェーンソーか電ノコでもなきゃ外せない。ホームセンターだ。ホームセンターに行けば電ノコがあるはずだ。それで手錠を切ればいい。
「あの! すみません!」と僕は叫んだ。
しらっちゃけた朝の街。まばらな通行人。誰も反応しない。どうしてこっちを見てくれないんだ! こんなに困ってるのに!
「すみません! この近くに、ホームセンター! ホームセンターないですか!? 電ノコが必要なんです! この手錠! 切らなきゃいけないんです!」
喉が張り裂けそうになるくらい、大きな声で叫ぶ。叫んでるうちに、悲鳴が上がった。女性の悲鳴。「何あれヤバ」というひそひそした声も、嫌に耳に入る。スマホで写真を撮る音が聞こえた。ぴろんという動画を撮り始めるときの音も聞こえた。なのに誰も僕に電ノコを持ってきてくれない。ホームセンターの場所を教えてくれない。
近くをたまたま通ってきた人に僕は掴みかかった。その人はイヤホンをしていた。僕が話しかけると「ええ? なんですかもう」と迷惑そうにイヤホンを外す。
「すみません、助けてください! この辺に、電ノコ売ってませんか! 手錠、これ、外さないといけなくて……!」
「なんなんですかあなた、やめてください。警察呼びますよ」
「いま交番から走ってきたんですっ! ホームセンターの場所! 知りませんか! どうしても教えて欲しいんです!」
何度言っても、駄目だった。乱暴に振り払われる。思ったより力が強い。僕は貧弱なんだ。ヘトヘトだし、手の先に重い爆弾がついてる。もんどり打って、僕は転んだ。地面に倒れ伏した。大きな道の合流する場所。昼間は歩行者天国になることもある通りの、交差点のど真ん中に倒れる。もうどっちが上でどっちが下かもわからない。
無理なのか、という考えが頭を過ぎる。僕は死ぬのだろうか、と。そんな非現実的な文面が、僕の目の前に表示される。
どうせ死ぬなら。どうせ死ぬなら。巻き添えを、出さない方がいいのではないだろうか。お母さんはいつも言っていた。
『幸せになりたければ誰かの役に立ちなさい』
バカ。と思った。バカ、バカ、そんなのおかしい。巻き添えを出さないようにしたって、いくら被害を少なくしたって、結局僕は死ぬんじゃないか。爆弾が炸裂して、死んじゃうんじゃないか。そしたら僕は、どうやって幸せになるというんだ。
その時、もしかしたらドッキリなんじゃないか、という考えが頭をもたげた。
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