第1話 僕が爆死する話(物理)- 7 -

 僕は警官さんの腰のホルスターに目を止めた。


「じゅ、銃っ! 銃銃銃! 銃で鎖撃ってください!」

「銃!? そうか! いや、でも跳弾が……」

「言ってる場合じゃないでしょう! 爆発するんですよこれ! 早く撃ってください!」

「くっそ、くっそ、なんだってんだ。なんだってんだよこりゃあ!」

 警官さんは腰のホルスターから慌てて拳銃を取り出した。一発、上に向けて引き金を引く。空砲だ。警官の銃の一発目には空砲が入っている。どこかで聞いたことがある。


 そして、二発目。


 ふう、ふう、と息を整えながら、警官さんは僕の手錠の鎖に狙いをつける。

「頭隠せ、机の下に!」

 怒鳴るように言われて、僕は腕をぴんと伸ばしたまま、言われた通り机の下に隠れた。……、と少しの間。


 早く撃ってよ!


 そう思った瞬間、ガン! と大きな音がして、腕が乱暴に引っ張られた。キィンと聞こえなくなる耳。手首に手錠が食い込んで、千切れるかと思った。肩の関節が外れるかと思った。


「痛い!」と思わず口にして、歯を食いしばった。その拍子に唇を強く噛んでしまった。鉄の味が広がる。でもそんなことより、と顔をあげた。涙が目に滲んでいる。違う、そんなことはいいんだ! 目に入った情報を脳に無理やり処理させる。


 すると、警官さんが、足を抱えて倒れていた。血が出ている。跳弾が当たったのか。運悪く。痛そうだ……、いや、でも鎖を切るためには仕方が……ていうかそうだ、肝心な鎖は――!


 僕が手を降ろそうとすると、腕に重たい抵抗があった。手をおろすと、ジュラルミンケースが引きずられて、ガタガタと僕の目の前へ落下した。鎖は――切れていない。ジュラルミンケースの中の時限装置が、残り時間が七分であることを示している。


「う、うわっ、うわあああああッ!」


 僕はその場で、暴れた。


「切れて、切れてよ! なんで切れないの!? 早く外れてよ早く!」


 言っても仕方がない。時間の無駄だ。それでも暴れずにいられなかった。がちゃがちゃがちゃ、と鎖が音を立てる。手首の皮膚が切れて、血が滲んだ。


 どうしてだ、と思った。僕が何かしただろうか。どうしてこんな目にあわないといけないんだろうか。なんで僕が、爆弾なんか。昨日の、赤いドレスの女の子。僕は彼女になにかしたか?


 さっきニュースでやっていた生中継のタイトル。【腹が立ったから東京都爆破してみた】? なんで、なんで僕なんだ! 僕なんか、東京都となんの関係もない! それなのになんで!


「うう……」と。

 ううう、と。

 苦しそうなうめき声が聞こえた。


 見れば警官さんが、足を押さえて起き上がろうとしていた。僕はそれを呆然と見つめた。右手にはまだ銃を握っている。苦しそうな表情は、こちらを睨んでいるようにも見える。この人は僕を、殺す気なんじゃないか。撃ち殺す気なんじゃないか。そんな不安が、ふっとよぎる。しかし、違った。


「ま、まだ――」

 警官さんは、這うようにしてこちらに近づいた。

「まだ、四発、ある」


 一瞬、言っている意味がわからなかった。まだ、四発。どういうことか。つまり、まだ四発撃つつもりなのだ。僕が無理やり撃たせた。そのせいで跳弾に当たった。怪我をして、血が出た。それなのに、この人はまだ、僕を助けてくれようとしているのだ。あと四発、鎖を撃ってやろうと言っているのだ。今度は跳弾で、下手したら死ぬかも知れないのに。


 僕は、立ち上がった。そしてそのまま駆け出した。


 背後から「おい、待て!」と怒声が聞こえる。やがてサイレンも聞こえてくるだろう。だけどそのサイレンが響くころに、僕は生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。わからない。あと六分しか時間はない。

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