第1話 僕が爆死する話(物理)- 4 -

 外に出ると、冬のさやけた朝だった。


 時刻は朝六時三十分。道行く人もまばらで、中には電柱に背を預けて眠りこけている人もいる。僕は近所の交番の位置を思い出しながら、白い息を吐いて歩いた。


 ジュラルミンケースは死ぬほど重くて、二日酔いも合わせて酷い吐き気がしたけれど、僕はなんとか交番までたどり着いた。


 彩綾さあやの意見を鵜呑みにしたわけではないが、確かに怪しい物かも知れない。いやさ、むしろそのケースは昨日の女の子の忘れ物かも知れなかったし、なんらかのどうしようもない諸事情で、このケースと僕を手錠で繋がらなければいけなかったのかもしれない。


 というか、そもそも単純に基本的に、右手に重い荷物がくっついていて自分の意思では外すことができない、というのが結構きつい。警察の手でもなんでもいいからお借りして、早く外してもらいたいところだった。


「あのー、すいません」と声をかけながら交番に入ると、いやにガタイのいい、筋肉質の警官さんが、椅子に座って暇そうにしていた。テレビで朝のニュースを見ながら、気配で僕の存在に気づいたのか、面倒くさそうに発声する。


「はいはい、こんにちは。どうされましたよ」


 声にはドスが効いていて、もみあげがもじゃもじゃとしていた。制服はどこもかしこもパツパツ。野獣のようなワイルドさ。いいなあ、僕の身体と交換して欲しい。


 悪役プロレスラーみたいで怖かったけれど、僕が机の上にジュラルミンケースを置くと(その拍子にケースが重すぎてガタッと大きい音をさせてしまった)目を剥いて僕の顔を見た。


「は? なんだよそりゃいきなり。なんだ、手錠なんかして」


 実は、かくかくしかじかでして。

 事情を説明すると、警官さんは笑った。


「は、なんだよそりゃ。絶対騙されてるじゃねえのお前さん。それで? こんなデカいケースをここまで抱き締めて来たってか。傑作だなおい!」


 警官さんは「なんだよそりゃ」と繰り返しながら笑い続ける。結構ウケている風だ。警官さんが思ったよりも気さくそうだったので、僕も安心する。


「あのー……それでこれ、外せますかね? 手錠って、警察は専門みたいなものでしょう、多分?」


 そのように伝えると、


「ふーむ」と言って警官さんが僕の手錠をじっと眺める。

「んん、詳しくはわからねえが、どうやら本物くせえなあ、こいつ。とんでもねえ具合にキマってるSMの女王様とかだったんじゃねえの、その女。こんなもん持ち歩いてんのはよっぽどのマニアだぜ」


「鍵とかありませんか?」


「そりゃ持ってるけど、これは俺様の手錠の鍵だからな。お前の手錠を開けるんだったら、そりゃもちろんその手錠の鍵が必要になるぜ」


 僕は「俺様って一人称の人、人生で初めて出会ったな」と思いながら「ああ、そっか。それもそうですね」と返す。


 と、しげしげケースを眺めていた警官さんが「おっ? なんだよこりゃ?」と眉を上げた。


「この手錠は鍵がねえから、チェンソーとか電ノコとか、そういうのがねぇと外せねえけどよ――こっちのケースの方は、特に鍵がかかってねえみたいだぜ?」


「へ?」と僕は素っ頓狂な声を上げた。

「マジですか?」


「マジもマジよ。見たところかなり邪魔そうだし、一旦開けて、中身だけでも出しちまおうか?」


 ぱち、ぱち、と金具を操作して、警官さんがあっという間にケースを開けられる状態にする。蓋を開ける前、警官さんはちょっと勿体ぶって悪そうな顔をした。


「もし金塊とか入ってたら俺様に一本くれや、ってな。へへ、冗談だよ」


 なんだか喧嘩番長みたいな警官さんだ。だが金塊が入っていたらそれこそあの女の子に返さなければいけない。僕は後ろ頭を掻いてどうしたものかと考えながら、警官さんがケースを開けるのを待った。


 ――中に入っていたのは、爆弾だった。

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